「うぶけや」の毛抜きが短い毛もスッと抜ける理由

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東京・人形町「うぶけや」さんの毛抜き

女性の美を支えてきた道具を厳選して紹介する「キレイになるための七つ道具」。

数年前、「すごい毛抜きがある」と仕事の先輩が熱っぽく教えてくれたのが、今回訪ねる「うぶけや」さんの毛抜きでした。

1度訪ねた際の記憶は、そこだけタイムスリップしたかのような店内に、ひっきりなしに出入りするお客さんの熱気。しゃっきりとして上品な女将さんの物腰、語り口。

なぜか気後れして本命の毛抜きを買わず、かわりに買った携帯用の爪切りは、今も愛用しています。人生2度目のうぶけやさんは、当時と変わらず、東京・人形町のビルの間に挟まれるように、そこだけ違う雰囲気をまとって建っていました。

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カラカラと扉を開けると、見上げる高さまで様々な形の刃物が飾られています。

「いらっしゃいまし」

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うぶけや8代目の矢崎豊さんが迎えてくれました。

うぶ毛でも剃れる・切れる・抜ける

うぶけやさんは1783年に大阪で創業の刃物屋さん。1800年代に入って江戸の長谷川町(現・堀留町)に江戸店を出店します。そこから縁あって移転した人形町界隈は、西に行けば日本橋、南に行けば築地市場という立地。当時の一大歓楽街でした。

新たに商いを始める人は「銀座にお店を出そうか、人形町にお店を出そうかと迷ったくらい」だったそうです。そんな華やかな街で明治維新を迎えたうぶけやさんは、築地に当時あった居留地から頼まれて、日本で初めて洋裁用の裁ちばさみを作ったという歴史もお持ちです。

「店名は初代の㐂之助(きのすけ)が打った刃物が『うぶ毛でも剃れる・切れる・抜ける』と、お客様から評判を受けたから。三大アイテムが、包丁・ハサミ・毛抜きです」

中でも毛抜きは、その抜群の使い心地で20年ほど前からメディアに取り上げられるようになり、時に欠品してしまうこともあるほどの人気アイテム。

「注目されるようになったきっかけですか?特にはないんです。うちは昔からのやり方で品物を作って、昔からの価格で売ってるだけで」

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うぶけやさんの毛抜きには、長さや刃先の幅でいくつか種類があります。一番人気は口幅(刃先のところの幅)が約3mmの、価格3,300円(税別)のもの。1度に作れる数は120〜200本。それが1ヶ月と持たず売れてしまいます。

薬局や、今では100円ショップでも買えてしまう毛抜きを、わざわざ人がうぶけやさんに買いに来る理由はどこにあるのか。そもそも刃物屋さんって?毛抜きって刃物なの?まだ、いろいろとわかっていません。まず「品物を作る」って、矢崎さんが刃物を打つのでしょうか。

「いやいや、うちで刃物をトンテンカンテンするわけじゃないんですよ。初代㐂之助は鍛冶職人でしたが、うちは2代目から“職商人”という形をとっています。

自分でお店を持って、腕のいい職人に刃物を作らせ、自分のところで刃をつけて(仕上げをして)、納得のいくものを販売する。職人であり商人でもある、というわけ。昔はもっと多くの刃物屋さんがあって、大体みんなこの形態でした」

うぶけやさんが創業した江戸時代、世の中が平和になって仕事にあぶれた武器職人や刀鍛冶が、家庭用品のものづくりにどっと流れます。一大消費地だった江戸では、家庭用品の需要も多かったようです。腕のいい職人がゴロゴロといた時代と場所で、職人を抱えて商いをする、職商人という形態を取るようになったとのことでした。

「種類、サイズ別を含めると全部で300種類くらいの刃物を扱いますが、道具によって全て職人さんが違います。毛抜きはずっと同じ職人さんのところに頼んでいて、もう4代続く付き合い。

それぞれの仕入れ先から、仕上げ前の半製品の状態でうちに刃物が届く。例えば包丁は、こういう板みたいな格好でくるんですよ」

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見せていただいたのは、刃がつく前の包丁(写真奥)と、うぶけやさんで研いで刃がついた(ものが切れる)状態の包丁(写真手前)。

「研ぎにも荒研ぎ・中研ぎ・仕上げと段階があって、先代の親父の頃は本業を引退した鍛冶職人さんに荒研ぎまで頼めていました。ところがちょうどバブルの頃に入って、彼らのせがれが仕事を継がなくなった。サラリーマンの初任給がどんどん上がって行った頃です。

そこで私が昔から付き合いのあった研ぎの工房に弟子入りして、今では荒研ぎからうちでやるようになったんです」

カラリ、とちょうどお客さんがやってきたところで、「じゃあ続きは奥でお話ししましょう」とお店の奥の研ぎ工房にご案内いただきました。

「うぶ毛でも抜ける」毛抜きができるまで

お店の裏に回ると、大きな荒研ぎ・中研ぎ用の機械と通路を挟んで、ちょうど囲炉裏のような格好で仕上げの作業スペースがあります。ここで息子さんで9代目の矢崎大貴さんと二人、お店で扱う品物の仕上げやお客さんから預かった修理品の研ぎを行っています。

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今私たちと入れ替わりでお店に出て接客中の大貴さんは、ちょうどさっきまで毛抜きを研いでいたところだったようです。

「せがれは店に入って4年になるかな。研磨なんかはうまいですよ。あいつは器用だからね、僕よりもうまくなるんじゃない」

そう話しながら矢崎さんが、毛抜きの仕上げの研ぎを見せてくださいました。

まず毛抜きを強力なライトにかざして上下の噛み具合を見てから、粉末状の研磨剤を刃先で挟んですり合せていきます。

目に悪いため、サングラスを着用してライトに刃先をかざす。
目に悪いため、サングラスを着用してライトに刃先をかざす。
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すり合わせがピタッと平らになったかを確かめるのは、指の感触だけ。白っぽい刃先が研磨剤で黒くなっていくのを、時折封筒のような固い紙で挟んで拭っては、また研磨剤を挟んですり合わせていきます。

コリコリコリ、と刃先を左右に動かします。
コリコリコリ、と刃先を左右に動かします。
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刃先が研磨剤で均一に黒くなって、指でもすべすべした感触になったら、今度は水研ぎ。研磨剤の時と同じように、刃先で水を挟んですり合わせ、さらに摩擦感をなくしていきます。

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最後は粒度の異なる研ぎ石で仕上げ。刃先のわずかな面の部分が、たがいにぴったり平らに合わさっているか、噛み合わせた時に刃先同士、前後左右が揃っているか。目視と、指先の感覚、研いでいる時の音の変化で確かめていくそうです。

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「光の方に噛み合わせた刃先をすかせて、隙間があるかないかを見る。全く光が漏れてこなかったら、ピタッとあっているということです。これでよっぽど細い毛じゃない限り、根元から挟めば切れずにスッと毛が抜けます」

ピタッと重なり合った刃先。
ピタッと重なり合った刃先。

こんなことをやっていたら1日に何本もできないでしょ、と笑う矢崎さんが続けて、どうしてうぶけやさんの毛抜きが支持されているのか、その一端がわかるお話をしてくれました。

うぶけやさんの当たり前

「職商人は、半製品の状態の刃物をある程度自分で仕上げられるわけでしょう。ハサミっていうのはこういう具合になっているから切れるんだ、とか自分でわかるんです。店に出入りする職人と、もうちょっとこういう具合がいいやな、と話ができる。

お客様とも、こういう使い方をしたいんだというリクエストに対して、じゃあこういう材料のこういうものがいいんじゃないですか、というおすすめができる。修理依頼があれば、自分のところで直せる。もちろん他で買われたものも修理します。

それが戦後、ものを作れば売れる、という時代がやってきました。仕上げまでやってくれる下職さんという人たちがたくさんいた頃でもあったから、店は売るだけでよくなった。毛抜きも刃物屋さんでなく、化粧品メーカーさんが作るようになっていきました。

大量生産で、価格もどんどん安くなった。それがバブルの頃を境に、下職さんたちがいなくなって、店だけが残ったわけです。そうすると例えば包丁を修理に出しても、自分のところで直せないから1ヶ月お待ちください、となってしまう。安いものは使い捨てられていく。

そんな中で、暮らしの道具全体が見直されてきたんでしょうね。毛抜きというのは本来、ただ挟めば抜ける。すべりが悪くなったらお店で研いでもらってまた使う。

うちでもお母さんが毛抜きを使っているのを見て、高校生の娘さんが買いに来られることがあります。逆にお母さんが、『娘に取られちゃったのよ』って2本目を買いに来られたりね。そういうものを欲しい、と思うお客さんが増えてきたんじゃないかな」

初めてうぶけやさんに来た時の、真剣に買い物を楽しんでいるお客さんの熱気や、その一つひとつに物腰柔らかく、けれどもしゃっきりと応対する女将さんの格好よさを思い出しました。

長く大事にできるものが欲しい。それを、真剣に作っている人から買い求めたい。うぶけやさんに来るお客さんも、私に熱心に毛抜きをすすめてくれた先輩も、私も、同じ思いなのだろうと思います。

「うちは当たり前のことを8代続けているというだけなんだけど、それが周りから奇異の目で見られるようになっちゃってね」

笑って話す矢崎さんの、当たり前という言葉に当たり前でないものを感じながら、さて、私はどれにしようかな、とお店に戻って矢崎さんの説明に耳を傾けるのでした。

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うぶけや
東京都中央区日本橋人形町3-9-2
03-3661-4851
定休日:日曜、祝日
営業時間:午前9:00〜午後6:00(土曜〜午後5:00)
https://www.ubukeya.com/

9代目の大貴さんと。
9代目の大貴さんと。

※こちらは、2017年3月22日の記事を再編集して公開しました。

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