90年の歴史を持つ登り窯、鎌倉其中窯

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こんにちは。さんち編集部の山口綾子です。
鎌倉を拠点に活動されている陶芸作家・河村喜史(かわむら・きふみ)さん。過去には芸術家・北大路魯山人が使用していたという「其中窯(きちゅうよう)」と呼ばれる登り窯を扱って、精力的に作品づくりをされています。今回は貴重な“窯入れ”(かまいれ)の制作現場を詳細にレポートさせていただくことができました。さらに、ものづくりの考えまでたっぷりとお話を聞かせていただきます!

明け方近くまで行う窯入れ

2月某日の21:00。鎌倉にある喜史さんのご自宅を訪ねました。今日は喜史さんの作品たちの窯入れの日です。
窯入れとは、陶磁器を制作する(作陶)工程のクライマックス、本焼きの部分にあたります。大まかな工程としては、
(1)土作り (2)成型 (3)乾燥 (4)素焼き (5)絵付け、釉薬(うわぐすり)をかける
(6)本焼き (7)完成、となります。
喜史さんの窯入れは年に1~2回のみ。仕事のある合間に上記の工程をお1人で担当し、さらに数百点の作品を制作するとなると1~2回が限度なのだそうです。窯入れは、今日の夜明けと共に始めていらっしゃるとのこと。(すでに15時間!)張り詰めた空気…というよりは活気付いている雰囲気で、たくさんの見物客の方々が集まっています。喜史さんと少数のお弟子さん…という状況を想像していましたが、少し意外な状況です。

窯入れのスタッフ、見物客の方々
窯入れのスタッフ、見物客の方々

喜史さんが扱う窯の種類は「其中窯」と名付けられた登り窯(のぼりがま)という種類の窯です。登り窯とは「陶磁器を大量に制作するために窯をいくつかの各間に仕切り、斜面などの地形を利用して第一室の燃焼の余熱を各間に利用する窯の形態」を言います。
「其中窯」は京都式の登り窯で、特徴としては煙突がなく、“くれ”という土か泥のような材質でできています。(土くれのくれから来ているのでは?と河村さん談。)魯山人が京都から職人を連れて来て作らせたのではないか、と言われています。なだらかな傾斜の上に立つ荒々しい土の塊は、かなりの迫力です。

坂の上から見た其中窯
坂の上から見た其中窯

窯は1の間、2の間と呼ばれる部屋ごとに20~30cm四方の穴が空いており、時折その穴から真っ赤な炎が噴出します。喜史さんご本人を窯の中心でお見かけするも、とても話しかけれる雰囲気ではありません。喜史さんは、炎の噴出する穴の中心を目を逸らすことなくじっと見つめています。赤く噴出した炎が収まり、しばらくすると「はい!」という大きな掛け声で喜史さんが反対側に立つスタッフに合図を送ります。喜史さんの合図と共に、向かい合わせの両穴から薪が入れられます。

このときの窯の温度は1000度近く
このときの窯の温度は1000度近く

登り窯は、人の手でつきっきりで温度調節をする必要があります。向かい合わせの両側から薪を入れるのは、1箇所の穴では奥まで均一に炎が渡らないからです。1番下の1の間から上の部屋へ、下の部屋の熱を利用して上の部屋が温まります。この登り窯は5の間までありますが、今は大体2、3の間まで使用することが多いそうです。この窯をほぼ丸1日かけて、徐々に温めていきます。

薪の準備も喜史さんが行います
薪の準備も喜史さんが行います

薪を入れるタイミングと薪の量は火を見つめる喜史さんの体感によるものです。スタッフが数名いらっしゃるので、時には交代で進めますが、今日は喜史さんが窯の前に出ずっぱりでした。窯の中を少し覗かせていただくと、もう、とてつもなく熱いです。中を覗き込むのは私には不可能です…!中は1000度を超す炎が渦巻いており、土の窯なので直に熱さが伝わってきます。喜史さんが近くで見ていらっしゃるのが信じられません。

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これも長年の制作の中で慣れてしまうものだとか。中で対流している火の流れを見極め、薪のタイミングを計ります。窯が大きいので上下左右の温度・酸素量が均一ではなく、コントロールになかなか苦労されるそうです。窯の上に温度計を差してありますが、中の温度は一定ではないので差してある1つの地点の温度がわかるだけ、あくまで目安なのだそうです。

窯の上にある温度計
窯の上にある温度計

喜史さんの肉眼以外にも、目安となるものが中に入れてあります。ガラスの材質でできた「色見」と呼ばれる三角柱の器具です。作品の隣に置き、熱による三角柱の曲がり具合を見て温度を確認し、作品の焼き具合を見る温度計のようなものなのだそう。ただ、これも目安でしかなく、大切なのは窯の炎の色なんだそうです。

色見は東北で生産されていましたが、震災で作ることができなくなった為、最近は輸入ものが多いそうです
色見は東北で生産されていましたが、震災で作ることができなくなった為、最近は輸入ものが多いそうです
窯の中の色見はこう見える
窯の中の色見はこう見える

陶芸家仲間が窯入れを見に来ると「色見は何を使ってるのか」とか「何度で焼いてるんだ」とか気にする方もいらっしゃるのだとか…!
また、窯入れは夏よりも冬の方がうまくいくそうです。暑さだけではなく、気温が低い方が空気(酸素)の密度が高いので早めに温度が上がるとのこと。

窯入れの説明をしてくださったのは奥様とスタッフのお1人…と思いきや、なんと喜史さんの作品に惚れ込んだのをきっかけに窯入れのお手伝いをするご縁になったお客様なんだそうです!(失礼しました…。)せっかくなので、お客様、根本さんに河村さんと出会われたきっかけをお聞きしました。

根本さんは薪を入れるタイミングの計測を担当されていました
根本さんは薪を入れるタイミングの計測を担当されていました

「西麻布にある創作日本料理のお店にお邪魔したときに、食後に出されたお茶の湯のみがすごく素敵で。どこの湯のみですか、と聞いて喜史先生の作品ということを知ったんです。ちょうど展示をされていたところにお伺いしたら、窯を見においでと言っていただいてからもう3~4年ですね、窯入れから手伝わせてもらっています。喜史先生のように窯入れを公開されているのはかなり稀で、他の陶芸家の先生は窯入れには他人を近づけないことがほとんどです。集中したいのと同時に、作品の命運がかかっている神聖な場所でもあるんですね。喜史先生の場合は、どういう過程で作品が出来上がっているかを見てもらった上で、作品を手にとっていただきたい…という考えを持っておられるので、窯入れにはいつもたくさんのお客様が来られているんです」

神聖な場なので、塩とお神酒が置いてありました
神聖な場なので、塩とお神酒が置いてありました

だからたくさんの見物客の方々がいらっしゃったんですね。謎が解けました。作品を好きになってもらえたことがきっかけで、こんなご縁に。「作家にとったらこんなに幸せなことはないですよね!」と奥様は朗らかに笑っておられます。喜史さんのお父様も陶芸家ですが、お父様は真逆で窯入れには人を寄せ付けず、喜史さんと弟さんのみが手伝っていたそうです。

奥様の加代子さん
奥様の加代子さん

昔からのご近所の方たちは、登り窯からうっすらと立ち上る煙を見て「ああ、河村さんの窯入れだね」と気づかれるのだとか。今日の取材はこのあたりにさせていただき、次回の窯出しにまたお邪魔します…!

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