麹に魅せられて。創業120年の老舗蔵「丸秀醤油」の多彩な味噌造りと醤油造り

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彼は笑っていた。大きなタンクが並んでいる醤油蔵の中で、嬉しそうに、誇らしそうに。そして愛しそうに。「麹たちが頑張ってくれていると思うと、自然と笑みがこぼれてしまうんです‥‥(笑)」

日本各地を見わたすと、天然醸造を守り続ける味噌蔵や醤油蔵はあるけれど、これほど〝麹〟を育てる技術やノウハウを多彩に保持している蔵はそう、ないだろうと思う。稗(ひえ)や粟(あわ)といった日本の穀物をはじめ、海外からやってきたキヌアまでも麹にして、醤油や味噌を造ってしまうのだから。

麹が違えば、味も、香りも違う

訪れたのは佐賀県佐賀市にある「丸秀醤油」。1901(明治34)年の創業以来、昔ながらの天然醸造を守りつづける老舗蔵だ。丸大豆と小麦を原料に麹を造り、2年間の長きにわたり発酵・熟成させた「自然一醤油」は同店の不動の看板商品だ。

2年熟成の「自然一醤油」には天然醸造ならではの旨味とコク、香りがある

そんな同蔵を2017年に継いで六代目となった秀島健介さん(先ほどタンクの前で満足そうに微笑んでいた方)は、いろんな穀物を麹にしてしまうスペシャリストでもある。麹の可能性を探る「麹ユニバース」という新たな取り組みもスタートさせた。

麹ユニバースとはあらゆる食材を麹化し、素材に新たな価値を見出そうとする取り組みだ。今回紹介する商品もその一貫。ほかにも海苔の麹化に着手し、世界で初めて海藻を原料にした醤油づくりにも成功している。

東京の大学で醸造技術を学び、「丸秀醤油」に入社。実は、入社して麹を育てるまでは「これほど麹に魅せられるとは思っていなかった」という

「そうですね‥‥どんな穀物も麹にできるんじゃないか、とは思います」

麹とは、米や麦、大豆などの穀物を蒸して、麹菌という菌を繁殖させたもの。米に麹菌を繁殖させれば米麹、麦に繁殖させれば麦麹といい、米麹を使った味噌は米味噌、豆麹を使えば豆味噌と称される。

秀島さんが造るものの中には米味噌や麦味噌といったおなじみの味噌がある一方で、キヌア麹味噌や八穀麹味噌といった珍しいものもお目見えする。

中川政七商店のコンサルティングを受けて登場した、ブランドのイメージを反映させたパッケージ

「もちろん味も香りも、麹それぞれ。まったく違いますよ」と秀島さんは嬉しそうにポツリ。嗚呼、いったいどんな味なのか。気になるところだが、その前に。

歴史の荒波が、多彩な麹づくりの原点に

そもそも同蔵が多様な穀物を用いて麹を造るようになったのには理由があった。一見、目新しいことに挑戦していると思われがちかもしれないが、そうではない。着手したのは75年以上も前のことであり、ある意味、自然の成り行きだった。

「はじまりは戦時中のこと。食糧不足だし、配給制だったこともあり、味噌や醤油の原料となる米や大豆がろくに手に入らなかったそうです。そのときに、僕の曾おばあちゃんが手元にあった稗や粟を代替物として麹を造り、それを元に味噌や醤油を造ったのが最初だとされています」

曾祖父は出兵し、一人残された曾祖母は蔵を何とか守ろうと雑穀を利用した。いわば苦肉の策である。そこから多様な穀物を麹にする技術が培われ、同蔵の一つの個性として、脈々と受け継がれることになったのだ。

人間の都合ではなく、麹菌ファースト

もちろん、麹造りは容易なことではない。

たとえば醤油をつくるとき、丸秀醤油では麹に丸大豆と小麦を使用する。蒸した大豆に炒った小麦をまとわせて、麹菌をふりかけたら、3日間かけて麹菌を育てていく。このとき大豆の蒸し方一つ、麹を育てるときの温度や湿度、風量を一つでも間違えれば、元気な麹には決してならないという。

「自然一醤油」のための麹。2日目。触れると生暖かい

大事なのは「麹菌を穀物の芯にまでしっかりと破精込ませることです」。

破精込む=はぜこむとは、麹菌の菌糸が穀物の内部に食い込んだ状態のこと。麹菌が大豆の内側にきちんと伸びてはびこっている状態が良い麹であり、良い麹であればこそ、その後2年間という長きにわたる発酵・熟成を乗りきることができる。いわばおいしい醤油になるための重要なエネルギー源というわけだ。

「同じ大豆であっても収穫時期や水分量、麹をつくるときの気温や湿度などによって、大豆の浸水時間や蒸すときの蒸気圧、蒸し時間を秒単位で微調整する必要がありますし、ほかの穀物を使うのならなおさら。稗なら稗の、粟なら粟の、それぞれに合わせた麹づくりをしなければなりません」

同蔵で麹にしている穀物たち。サイズや粒感、外皮の硬さなどもまったく違う

緻密で繊細。神経をすり減らす作業であるが、秀島さんはそれを「楽しい」と言った。

「目には見えませんが、五感を研ぎ澄ますと、麹菌がどうしてほしいのかが分かるんです。麹の息づかいを感じるというか。喜んでいる声が聞こえるというか(笑)。
たとえば温度を上げたり、湿度を下げたり、そのときその瞬間に麹菌が最も過ごしやすい環境を整えてあげると、麹菌はそれに応えるように成長してくれるんです。

それに麹菌は敏感です。人間の都合で手入れすると、やっぱりどこか違和感のある麹になる。それでも80点くらいの麹はできるけど、僕が目指すのは100点の麹ですから、あくまでも麹の状態に合わせて、僕のスケジュールを組むようにしています」

麹のことを話す秀島さんはこの笑顔

「麹菌がうまく成長したときは匂いからして違うんですよ。ほくほくとして独特の甘い香りがするというか、どこか綿菓子みたいなおいしそうな匂いがするんです」

八穀麹味噌からキヌア麹醤油の味わいたるや

さて、大事に育てられた麹で仕込まれた味噌や醤油の味わいはいかなるものか。

たとえば「八穀麹味噌」。使用しているのは大麦・白米・黒米・赤米・緑米・粟・はと麦・稗の8種類。通常、雑穀味噌というと、ベースの味噌をつくって熟成時に雑穀を混ぜることが一般的だが、もちろん丸秀醤油ではそれぞれの穀物に麹菌を破精込み済みだ。

その味わいたるや「とても複雑(笑)。穀物それぞれの味わいを感じることができますが、8つの旨味や香りが渾然一体となって、非常に深みのある味わいになります」

珍しいのは「キヌア麹味噌」と「キヌア麹醤油」。キヌアといえば栄養豊富なスーパーフードとして今でこそ人気があるが、同社で扱い始めたのは2001年のことだとか。

「キヌアは厳密には穀類ではなく、ほうれん草の仲間です。どこか葉物野菜のような青っぽい香りの持ち主ですから、和風の味噌というよりは洋風の発酵ペーストといったイメージに近いかもしれません。醤油に関しても大豆や小麦を使っていませんからすっきりとして、さらりとした味わいに」。いずれもアレルギー対応の商品としても人気が高い。

さらに八穀麹を応用した「煮物の素」「炒め物の素」は手軽な万能調味料である。

たとえば肉じゃがをつくるとき。「煮物の素」があればほかの調味料は一切不要。それだけで深みのあるまろやかな味わいに。炊き込みご飯や野菜の煮物をつくるときにも活躍するし、冷や奴にそのままのせても、納豆に混ぜてもいい。

また野菜炒めをつくるときには「炒め物の素」を使うだけで味が決まる。ほかにもナムルや卵焼きの調味料に。鶏肉や魚を漬け込んでソテーすれば麹の力で柔らかジューシーな仕上がりになるという。

そして今。

秀島さんがチャレンジしているのはピスタチオやピーナッツ、くるみなどのナッツ類を麹化すること。

「これがなかなか難しくて‥‥」と秀島さんは嬉しそうに笑う。新しい味噌や醤油が生まれるのも、そう遠い日ではないかもしれない。

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<取材協力>
丸秀醤油株式会社

佐賀市高木瀬西6-11-9 ※蔵元直売所「麹庵」併設
0952-30-1141

文:葛山あかね
写真:藤本幸一郎

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