本物の菓子木型で楽しむ、和三盆づくりを体験
エリア
こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。
ここのところ和食と並んでその美味しさ、美しさが見直されてきている和菓子。あわせてお干菓子や練り切りの型抜きに使う菓子木型も、その造形の美しさから人気を集めています。
今、菓子木型を作る職人さんは全国でも数人。前回はそのうちの一人、四国・九州では唯一の職人である市原吉博さんの工房を香川県高松市に訪ねました。
その市原さんから「菓子木型が実際にどんなふうに使われているか、ぜひ見て来て下さい」と見送られて向かうのは、工房から歩いてすぐの「豆花(まめはな)」さん。市原さんの娘さんがオープンさせた、木型を使った和三盆づくりの教室を訪ねます。
いざ、人生初の和菓子作り
市原さんの菓子木型を使って和三盆体験ができる「豆花」さん。運営するのは市原さんの娘さん、上原あゆみさんです。
小さな看板を頼りに教室の開かれる一軒家の中に入ると、緑色の照明、白壁にはたくさんのオブジェ。外からは想像もつかない、アート作品のような空間が広がっていました。
「すごいでしょう。内装は高松市出身のカミイケタクヤさんという作家さんに作ってもらったんです」
和三盆体験ができる豆花さんがこの場所にオープンしたのは2008年。それ以来、家族連れやカップル、自由研究の小学生まで幅広い年齢、バックグラウンドの人が和三盆や練り切り体験をここでしてきました。
「旅行の方だと20〜30代の女性が多いかな。地元の方が、県外の友達が来た時に連れて来てくれることも多いですね。和三盆は香川らしいものだし、自分で作って持って帰れて、見た目もキレイで日持ちもするし。こんなにいいものはないですよ。じゃあ、さっそくやってみましょう」
今日体験するのは木型を使った和三盆のお干菓子づくり。他に練り切り体験もできるそうです。図案は10種類。桜や猫、鯛、オリーブと、季節の物から生き物、縁起ものまで様々です。気に入った柄を3つ、生地につける色を一色選んで、いよいよ体験スタートです。
「細かな模様までしっかり出るでしょう。普通の砂糖と違って和三盆はキメが細かいから繊細な表現ができるんです」
完成したお干菓子は1,2個を上原さんが点ててくださるお抹茶と一緒にいただいて、残りは小さな箱に詰めて持ちかえることができます。手作りでも1ヶ月くらいは持つそうです。
大人も子どもも未体験
ここまで1時間ほど。一緒に体験した女子大学生の2人は、このあと小豆島に行くと言って急ピッチで体験を終え、楽しそうに次の目的地へ旅立って行きました。一緒に作りながら聞いたところでは、こちらに来てからこの体験を知って、前日に急きょ申し込んだそう。
「最近体験ブームでしょう。和三盆というよりも『香川・体験』で検索して来られる方がすごく増えているんですよ。高松は城下町だったので、古くからある優れた工芸品がたくさんあって、体験できるものづくりも多い。文化的には特殊な街ですね。ただ、細かな工芸品の体験って小さい子は難しいでしょう。その点和三盆は小さい子もできるから、三世代で来てくださったりもします。うちは見学だけの参加はお断りしているんですよ。来た方には全員体験してもらいます。付き添いのつもりで来たお父さんも、やりだしたら一番楽しんでいる、というパターンが多いですね」
付き添いのつもりだったお父さんまでいつの間にか夢中になれるのは、「大人も子どももみんな経験したことがなくて、やってみると簡単にできる」ことが大きいと上原さんは話します。
「木型って普段は博物館でガラス越しに見るもので、触ることもできないでしょう。でも、木型のへこんでいるところが立体の和菓子になるのを見ると全然違うんです。ガラス越しだけではあまりにもったいない。ですが、木型は買おうとすると高額です。子どもたちが触れる機会はなかなかありません。それで、気軽に参加できるワークショップ形式にして、地元の子ども達に『地元にこんなにいいものがあるんだよ』と知ってもらいたくて始めました」
実は上原さん、教室を開く前はなんとケーキ屋さんに勤めていたそうです。
元パティシエが和菓子を好きになった日
「木型職人の家に生まれながら、木型でどうやって和菓子を作るかも知りませんでした。もともとはずっとケーキ屋さんで洋菓子を作っていて、和菓子は和菓子屋さんが作るもの、という頭があって。身近なはずなのにどこか遠い存在だったんですね」
その距離が大きく縮まったのは、2007年ごろのこと。当時人気だったNTTドコモのキャラクター「ドコモダケ」をモチーフに世界各国のアーティストが作品を発表する「ドコモダケアート展」に、市原さんが「ドコモダケ」を象った菓子木型を提供。和菓子職人が木型を使ってその場で和菓子をつくるパフォーマンスに、黒山の人だかりができていました。木型から和菓子が生まれるごとにお客さんから歓声があがるその光景を、参加者の家族として来ていた上原さんは目の当たりにしたそうです。
「自分にとっては当たり前にあった木型を、みんな珍しそうにしている。家に帰って試しに砂糖を買って自分で作ってみたら、自分でもできたんです。固いイメージがあった和三盆も、食べてみたらとっても柔らかくて、美味しくて。『これは、しないといけないな』と思いました(笑)」
未だにあの感動は忘れられない、と上原さんは目を細めます。
「この木型だって、見れば作る前から貝ってわかるでしょう。でも、和三盆を詰めてコロン、と出てきた時の驚きはつねに新鮮です。毎日同じことをとやり続けているけれど、パッと桜のお干菓子が出たらやっぱりキレイだなと思うんですよね。もう飽きたなと思ったことは一回もないです。それよりももっと、キレイに作りたいなと思う」
「体験しに行く」から、「その人に会いに行く」へ
「父は木型職人なので和菓子は作れません。私は木型は彫れませんが和菓子を作ることができます。だからこれからは、父と私だからこそできることをやっていこうかなと思っています。今考えているのは、私が父の菓子木型を使った和菓子作家になること。ものよりも結局は人です。ただ体験に来るだけでなく、どんな人が作っているのかな、会いに行きたいな、体験もしたいな、そう思ってもらえる人になりたい。自分のやっていることの価値を高めていければ、菓子木型がもっと生きてくるかなと思うんです」
木型のことを語る上原さんは、本当に目がキラキラとしています。
「父はよく、全国に菓子木型を愛好する『木型ガール』がたくさんいて、という話をするのですが、いやここに一番の木型ガールがおるだろう、と。私ほど木型を愛してやまない人は世界にいないだろうといつも思うんですよ(笑)。それはね、もう親子だからっていうんじゃないんです。私にしたら菓子木型はコミュニケーションツールなんです。和菓子を作る道具以上の、初対面の人どうしの会話のきっかけにもなるような。だから婚活パーティーにも呼ばれたりします。かなりカップル率があがるみたいなんですよ(笑)初めて見るものを、一緒に作って一緒に食べるって、いい体験でしょう。これに変えられるものが他になにかあります?(笑)」
和三盆体験を終えてもう一度市原さんを訪ねると、「これから生き残れるのは営業力のある職人やと思う」とポツリと語られました。
素晴らしい菓子木型を作りながら「ザ・職人」のイメージすら覆す市原さんのユーモアある会話や振る舞いは、「またこの人に作ってもらいたい」と思わせる、市原さん流のおもてなし。来た依頼をとことん引き受けて、技術と少しのユーモアで返していくのは、依頼先として選ばれ続けるための覚悟のように思えます。その姿が、「会いに行きたいな、と思ってもらえる存在に」と話す上原さんの志と、重なりました。
腕が立って饒舌な菓子木型の職人さんに、世界一菓子木型を愛する未来の和菓子作家さんの体験教室。また、会いに来ようと思いました。
( 前編、菓子木型職人の市原吉博さんのお話はこちら )
木型工房 有限会社市原
香川県高松市花園町1-7-30
087-831-3712
https://www.kashikigata.com/
*事前に申し込めばショールームの見学が可能
和三盆体験ルーム 豆花
香川県高松市花園町1-9-13
TEL:087-831-3712
https://www.mamehana-kasikigata.com/
*事前予約制
文・写真:尾島可奈子
※こちらは、2017年4月20日の記事を再編集して公開しました。