織姫が縁をむすぶ織物の町・浜松を訪ねて

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世界のトヨタを生んだ織物産地、浜松の今。

天浜線を終点の新所原( しんじょはら )駅で下車。お昼時に着いた駅構内ではテイクアウトのうなぎ屋さんが営業していました。さすが浜松!ここから東海道線に乗り換え、浜松のお隣、高塚駅へ向かいます。

直虎とうなぎの幟がはためく新所原駅。浜松市内はどこも直虎の文字が躍っていました

浜松というと、うなぎや楽器のイメージが強いですが実は知る人ぞ知る織物産地。

温暖で日照時間の長いことから綿の栽培が盛んになり、江戸期には農家の閑散期の副業として次第に機織( はたおり )が発展。一帯で作られる生地は広く「遠州織物」と呼ばれます。

実はトヨタ、スズキといった名だたる自動車メーカーは、もともとこの一帯の織機( しょっき )メーカーとして創業していること、ご存知でしょうか。

特にトヨタ創業の祖である豊田佐吉が発明した動力織機は、明治期に入って遠州織物が産業として飛躍する大きな立役者となりました。

産地の活気あふれる様子は、昨年のNHK朝の連続ドラマ小説「とと姉ちゃん」でも主人公の小橋常子が少女時代を過ごした町として描かれています。

「ピーク時には生地を織る機屋( はたや )さんが産地全体で2000〜3000軒はあったと言われています。このあたりにも、通りに織機の音が響き渡るくらい機屋さんがあったそうなのですが、今はほとんど見られなくなりました」

そうして空いてしまった機屋さんの建物の中に、遠州織物を使ったシャツブランドのショールームをオープンさせたのが、松下あゆみさんです。

お話を伺った松下あゆみさん

結婚を機に浜松に移り住んだ松下さんは2014年、ある機屋さんとの出会いがきっかけで遠州織物を活かしたブランド「HUIS( ハウス )」を立ち上げます。

ブランド設立から3年目の今年、夢だった実店舗のショールームがちょうど7月7日にオープンということで、ひと足早くお店にお邪魔させていただきました。

元は機屋さんの工房だった建物。その一部がHUISさんのショールームとして7/7にオープンします

HUISさんのブランドコンセプトは「日々の暮らしの中に馴染む上質な日常着」。その言葉通り店内には、飽きのこないシンプルなデザインのシャツやストール、スカートなどが並んでいます。

家族で着られるよう、キッズサイズも

面白いのが、どの商品も共通する雰囲気を持ちながら、それでいて手で触れた時の厚みや柔らかさがそれぞれに違うこと。手に取るたびに肌触りが変わります。

桜などの植物から色素を抽出したボタニカルダイのストール。ふんわりと軽くやわらかい
細番手の糸を使った極薄手のストール。向こうが透けて見える。左にあるしっかりした生地のジャケットもこのストールも同じ遠州織物だというから不思議です

「実はここにある商品の生地ほぼすべてを、1社の機屋さんにお願いしているんです」

その「1社の機屋さん」というのが、松下さんがブランドを立ち上げるきっかけになった古橋織布有限会社さん。HUISオリジナル生地の開発のほとんどを一手に引き受けています。

もともとものづくりに関心のあった松下さんが、手に触れた瞬間に惚れ込んだというのが古橋織布さんが作る生地の独特の風合い。

今では産地の中でも珍しくなったという古い型の織機、シャトル織機が生み出す質感だそうです。幸運にもその現場を見せていただくことができました。

古橋織布さんの工房。同じように見えて、機械ごとにカスタマイズされてあり、それぞれ得意な生地があるという
機械にセッティングされた経糸( たていと )の間をこのシャトルが走り、生地が織り上がる
シャトルが往復する間に糸が減る。糸巻きが空になったら自動で次の糸がセッティングされる仕組み

「今うちでメインに使っているシャトル織機は、50年ほど前、ちょうど浜松の織物業がもっとも賑わっていた頃に作られたものです。

すでに製造が終了している機械ですが、生地の風合いが他の織機と全く違います。柔らかくて手肌に気持ちいいので、うちではシャトル機械で作る生地を大事にしています」

シャトルを通すために経糸が上下に動く分、シャトル織機で織る生地は空気を含んでふんわりと柔らかな風合いの生地になるそうです

ご案内いただいたのは古橋織布で企画営業を務める濵田さん。地元東京で服飾の専門学校を出た後、「職人とデザイナーの通訳になれるように」と浜松でものづくりの現場に飛び込んだIターン組です。

工房内をキリリと見渡しながら空調の具合などを確かめる濵田さん

もともと遠州織物とは浜松一帯で織られている生地を広く指すもので、織り方や模様に決まった特徴はないのだそうです。

機屋さんの仕事の多くは「賃織( ちんおり )」といって、産元さん( 産地の生地を専門に扱う商社さん )や生地の企画会社から指定された生地を精度高く仕上げていくもの。

様々なオーダーに柔軟に応えていく高い技術は、世界的な高級ブランドにも生地を提供するなど業界でも認められてきました。

様々な規格の生地が保管される出荷スペース

ところが、50年ほど前のピークを境に海外や大手メーカーとの競争を強いられ、機屋さんが激減。古橋織布さんでは約20年前から自社で生地の企画、営業販売まで行う方向転換を図り、今では作る生地の98%が自社開発の生地だそうです。

通常、企業デザイナーなどが商品づくりに生地を探すときには、生地商社さんなどに依頼するのが一般的で、HUISさんと古橋織布さんのように、企画者と機屋さんが直に打ち合わせるケースは珍しいとのこと。

「私が古橋さんの生地に出会えたのは、産地を取りまとめる組合の事務局長さんの紹介があったから。作りたいイメージを持って機屋さんと直にやりとりできるのは、お互いの距離が近い産地ならではの強みですよね。
古橋さんと一緒に作りたい生地が、まだまだたくさんあります」

頷きながら濵田さんも、「賃織の方がはるかに作業としては楽なんですが、デザイナーさんと相談しながらイメージ通りの生地が出来上がった時は、何より面白いです」と、笑って語られました。

古橋さんのショールームには自社開発の生地サンプルがずらりと並ぶ。ここからさらにリクエストに合わせた生地が開発される

「これが遠州織物だ」という表現の枠をあえて持たずに、相手のニーズに合わせて生地を作る。HUISさんで手に触れた風合いの数々は、まさに遠州織物の特長が活かされたものでした。

そろそろ浜松で織姫様をめぐる旅もおしまい。初生衣神社を後にするとき、宮司の鈴木さんがされていたお話を思い出します。

「織姫というと縁結びのイメージがあるかと思いますが、初生衣神社でおつくりしてきた織物は、糸は三河の糸を使い、生地は三ケ日で織り、最後は伊勢神宮に奉納いたします。

すべて、ひとつながりにつながっているんです。ここの織姫様は、恋愛に限らず仕事や土地との縁、様々な『むすび』の神様ですね」

織物の神様として信仰を集めてきた初生衣神社。その由緒ある土地がのちに織物の一大産地に発展していくというのも、何か不思議なむすびつきを感じます。

七夕の日、空を見上げてお祝いするのもいいですが、「織姫」ゆかりの地を訪ねてみたら、今に生きる織物の物語に出会うことができました。 –>

<取材協力>

初生衣神社
静岡県浜松市北区三ヶ日町岡本698

HUIS
静岡県浜松市西区入野町180-1( 直営ショールーム )
http://www.1-huis.com

古橋織布有限会社
http://www.furuhashi-weaving.jp/


文・写真:尾島可奈子

*こちらは、2017年7月7日の記事を再編集して公開しました

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