靴下やさんが靴下作りをやめて作った、指が通せるアームカバー
エリア
こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。
「さんち」でも何度か登場している靴下。もう靴下についてはよく知っているよ、という人も、同じ靴下の機械から全く違う商品を編み出せるのをご存知でしょうか。ある靴下やさんが作る、指が通せるアームカバーが初夏のこの時期に人気だと耳にして、靴下の一大産地、奈良を再び訪れました。
「うちは靴下の機械で靴下以外のものばっかり作っているから」
そう笑うのは出張康彦(でばりやすひこ)さん。1927年頃に奈良の中でも靴下生産の中心地である広陵町で創業した株式会社創喜(そうき)の3代目です。子供靴下を中心にものづくりを続けてきた同社は、康彦さんの代で大きな方向転換を図ることになります。
靴下やさんが靴下作りをやめる時
「1989年頃には、円高で海外からどんどん安価な製品が入ってきていました。国内では日本のものづくり神話がもてはやされていた頃でしたが、実際に海外旅行に行けば、日本の靴下を見かけることはなく、海外製のものばかり。大量生産による価格競争ではかなわないと判断して、靴下作りをやめたんです」
靴下やが靴下作りをやめる。社運をかけた決断は、もう一つのアイディアとともに実行されました。
「同じ編み機を使って別のものを作ればいい」
ただし海外にはなく、日本でも希少なもの。サポーターやヘアバンドなど筒状のアイテムを作りながら、他社に真似できないものが作れる機械を探して、出会ったのがバンナー機という編み機でした。
ハサミを使わず生地に穴をあける
「一般的に靴下の編み立て機は、筒状に何十本と編み針がセットされた釜が糸を通しながら回転することで、筒状に生地を編んでいきます。だから靴下を編むには、釜がぐるりと一回転した方が効率がいい。でもバンナー機は、両サイドから2本の糸が通るようになっていて、左右から半回転ずつしながら靴下を編んでいくんです」
靴下を作るには効率が悪い。けれど、左右の編み立てが噛み合う箇所の針だけ数本、糸を通さないようにプログラムを組めば、編み地に穴をあけられます。
「穴があくなんて、靴下ではいらない機能ですけどね」
そう話すのは康彦さんの奥様、出張緑さん。息子さんの耕平さんが2014年に代表取締役に就任するまで、4代目を務められていました。
4代目・緑さんのひらめき
「バンナー機でのものづくりを模索していた当時、日本は美容・健康ブーム。赤ちゃんのアレルギーなども問題になって、絹の糸を使った肌にやさしい洗顔手袋を作ったんです」
バンナー機の特性を生かして、親指を通して使うミトンタイプの洗顔手袋を開発。これが後のアームカバー作りにつながっていきます。当時、美容健康ブームの波の中で取りざたされていたのが、紫外線による健康被害問題でした。緑さんはこの頃、ひじまで長さのある手袋を変形させた、布製のアームカバーを見かけます。
「ちょうど1994年頃です。紫外線をカットできる機能糸なども登場していました。このアームカバーを、布でなく、編みでも作れるんじゃないかと思ったんです」
この時開発の原型になったのが、先に作っていた洗顔手袋でした。編み地に穴をあけるノウハウを生かし、機械に手を加えて、親指を通して使えるアームカバーが誕生します。
靴下作りをやめても、やめなかったもの
「ぐるりと筒状に作った編み地に、あとからハサミを入れて穴をあけることはこの機械でなくてもできます。ところが、それでは穴の縁がほどけないよう縫いとめたり圧着させる必要があるので、穴の周りの生地が固く、伸びなくなります。
アームカバー用に手を加えたバンナー機なら、編んだ風合いそのままにただ穴があいている状態なので、肌あたりが抜群にいいんです。この”身につけた時の心地よさ”は、靴下をメインに作っていた時からずっと大事にしてきました」
さらに、軽やかに身につけられるよう、本来ならこの機械に向かない細めの糸を適用。
「もっと薄手に、軽くしてほしい、というのは、一緒に商品を企画したデザイナーさんからの要望だったんです。この機械ならこの糸が適番(機械に負荷なく効率的に編める糸の番手)、という考えがすっかり頭にあった私たちには、目からウロコでした」
適番でないために糸が切れてしまうなど、トライアンドエラーを繰り返しながらようやく完成した商品は、発売2年目には前年の倍の注文が入るほどのヒット商品に。現在では製造を再開させた靴下の編み機が3台に対し、指が通せるアームカバー専用の機械は9台。オンシーズンには朝8時から夜の10時・11時までフル稼働させているそうです。
「もうこの機械は製造されていません。中古のものが出たと聞くと引き取りに行って、各地から自然と集まってきました。現役で動いている機械は、全国でも極めて少ないと思います」
靴下やさんの生命線である靴下作りを手放し、発想の転換で、同じ技術を使って時代にあったものを新たに生み出してきた創喜さん。そんな貴重な機械を、撮影して大丈夫ですか、と事前に尋ねると、
「大丈夫、写真でわかる世界じゃありませんから」
と冗談めかしながらも力強く、康彦さんが笑いました。
<掲載商品>
指が通せるアームカバー(中川政七商店)
<取材協力>
株式会社創喜
文・写真:尾島可奈子