鎌倉のhotel aiaoiが、ホテルに居ながら鎌倉の日常を体感できる理由

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一大観光地でありながら、住みたい町としても不動の人気を誇る古都・鎌倉。

今日はそんな鎌倉に実際に暮らすご夫婦が「暮らしの延長」として2016年にオープンさせた、看板のない小さなホテルのお話です。

江ノ電に乗って、hotel aiaoiへ

江ノ島電鉄長谷駅。アジサイ寺としても親しまれる長谷寺が有名だが、実は駅から見えないだけで意外なほど海が近い。

駅から海へと向かう途中に、看板のない小さなホテルがある。名前を「hotel aiaoi」(ホテル アイアオイ)。

街道沿いのビルの階段を上っていくと、2階から宿のある3階に上がるところで深い青色の壁が現れる。「静謐(せいひつ)」という言葉が似合うような空間が、そこから始まっていた。

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「aiは『藍』と『会い』。aoiは『青い』。鎌倉は、空と海の藍色と青色でできているんですよ」

穏やかな笑顔で小室剛さん・裕子さんご夫妻が迎えてくれた。

全6部屋の小さな宿 hotel aiaoi

一般の人も利用できるカフェラウンジを過ぎて、宿泊客専用のフロアには靴を脱いで入る。

足裏に床の感触が心地よい。見ると表面が細かな波のように凹凸と波打っている。

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「なぐり床というんですよ」

テキパキとフロアの案内をしてくれるのはご主人の剛さん。

hotel aiaoiは全6室の小さなホテルだ。部屋はどれも、青色が象徴的に使われている。ベッドカバーの青い布は、剣道着と同じ生地だという。

シングル、ツイン、ダブル、ロフト付きとあり、部屋ごとに雰囲気が異なる。どの部屋にするか迷ってしまう。

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ひと通りホテル内を案内いただいてラウンジに戻ると、窓からゆっくりと夕日が差し込んでいた。

キッチンカウンターでお茶をいただきながら裕子さんにお話を伺うと、宿ができるまでの物語の向こうに、表情豊かな鎌倉の町の顔が見えてきた。

鎌倉に暮らして気づいたこと

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「お互い鎌倉が好きで、結婚を決めた場所も鎌倉でした」

プロポーズを受けたその日に泊まった宿で鎌倉在住の女性と懇意になったことが、のちの鎌倉暮らしと、その先の宿オープンの契機になる。

新居を持とうと鎌倉への引越しをその女性に相談し、紹介してもらった不動産屋さんを訪ねると、その日に出たばかりという物件が2人の希望する住まいの条件を全てクリアしていた。強い縁を感じて住み始めた町が、稲村ヶ崎だった。

「はじめは鎌倉であればどこでもいいと思って、こだわりなく住み始めた稲村ヶ崎がとてもよかったんです。

海から歩いて3分。買い物は魚屋さん、お肉屋さん、八百屋さんが隣同士に並んだご近所へ買いに行っていました」

今でも肉を手切りするお肉屋さん。自分の目で直接仕入れたいいものだけを並べる魚屋さん。

作りたい料理に必要な食材を目指して買いに行くのではなく、とりあえずお店に行って、何がいいか相談しながら買うという買い方に、自然となった。

お話好きの魚屋さんとは、ちょっと買い物のつもりが30分話し込んでしまうこともよくあったという。

「そういう経験ってスーパーにちょっと行くだけでは絶対にないことで、買い物という時間の厚みが急に増してきたんです。

友達が遊びに来る時も、家で料理を食べてもらうだけでなく、買い物から一緒に行っていました」

築60年はたつという平屋建ての家での暮らしも、大きな発見があった。よく手入れされた心地よい古民家だったが、やはり古さゆえのすきま風や虫の出入りはある。

「自然があったところに家が建って一番最後に私たちが来ているから、文句が言えないんですよね。寒かったら自分たちが厚着したり、工夫を楽しんでいました。

虫は、蜘蛛だけでもいろんな種類があるんですよ。朝よくこの子いるな、とか梅雨時期にはこの大きい子が出るな、とか。

そういうことと一緒に生活するのが当たり前だと思えたんです」

生活の大事なものの優先順位が、パタパタっと変わっていったという。ただ、その分苦労することもあった。

お互いに職場は東京にあり、仕事が忙しい時には終電で帰って朝7時には家を出る生活。

日に日に好きになる稲村ヶ崎での暮らしと東京での仕事との間で、裕子さんは体が半分ずつに別れていくような感覚があったという。

「私はオン・オフを分けるのが苦手で、全部一緒がいいんです。ちょうど同じ時期、主人は以前からやりたいと言っていた宿を鎌倉で開こう、と考えていたころでした。

私も宿ならオン・オフ分けずに生活に近い仕事ができるかなと思って、『じゃあ、一緒にやろう』となったんです」

鎌倉での暮らしの先に見つけた、宿を開くという選択肢。

そんなスタートだったので、今でも2人には、いわゆる「観光業の中の宿泊施設」をやっているという感覚はないという。目指したのは「暮らしの延長にある宿」だった。

「暮らしの延長というのは、家に来たように寛いでくださいというより、私たちそのままの場所というんでしょうか。

宿をやっているというより、ここで自分たちの表現をしている、という感じが強いですね」

2人の、鎌倉での暮らしの積み重ねを表現する宿作りが始まった。

古いものの良さと、ホテルとしての快適さが両立できる宿へ

ホテルへの入り口
ホテルへの入り口

「このビルの2階にある、kuriyumさんというタイ料理屋さんが好きで、稲村ヶ崎に越してからよく通っていました。当時から3階が空いていることは知っていたんです」

自分たちのままを表すならと、はじめは当時の住まいと同じような古民家での宿を考えていた。

ところが宿にできるような古民家を探すと鎌倉にはそうした物件が意外にも少なかった。一大観光地だからこそ、住民が快適に暮らせるよう飲食店や宿を開ける場所は限られているという。

一方で、実際に泊まってみた他の古民家の宿では、宿泊客同士の声が筒抜けになってしまう、古い住居ならではの不便さが気にかかった。

「サザエさんの家みたいに、人がどこかにいて、それが気配でわかるようなところが古い家の良さです。けれどその良さは一棟貸しでないときっと伝わらない。

ただ窮屈になるだけなら違うな、と考えを改めました」

理想の宿のあり方を模索して、海外にも出かけた。いくつか気になる宿を訪ねる中で、あるホテルの居心地の良さが心に残った。

「雑居ビルに入っていて、入り口もちょっとわかりづらいようなホテルでした。でも中に入るとガラリと印象が変わる。

うちのように部屋に水道はあるけれど、シャワーとお手洗いは部屋の外で共同。朝ごはん付き。それで十分満足だったんですよね。

そのホテルを知って、”古いもののいいところだけを持ってきて、作りはちゃんとプライバシーを守れるような宿”が私たちのやりたい形なんじゃないか、と整理がつきました。

そのヒントになったホテルが、まさにここを思わせるようなビルに入っていたんです」

hotel aiaoi客室の洗面台。ここも部屋ごとにデザインが異なる
hotel aiaoi客室の洗面台。ここも部屋ごとにデザインが異なる
使い込まれた色合いが美しい下駄箱
使い込まれた色合いが美しい下駄箱

こうして、不思議な巡り合わせで宿の場所が決まった。

看板のないホテルの理由

aiaoiという宿名は、すでに構想段階からあったという。

「響きが面白くて、世の中にない言葉がよかった。鎌倉の空と海の藍色と青色を組み合わせて決まりました」

筆記体でつづられるロゴは、鎌倉の海と空の間をぬう波にも見える。美しい宿名だが、ビルにホテル名を掲げる看板はない。

「宿を作っている時から、観光のおまけに、ただ寝に帰るホテルにはしたくないと話していました。

とにかくたくさんの人が来たらいいというのではなく、私たちが鎌倉に暮らしていいなと感じたこと、大事にしたいことを、同じようにいいなと思ってもらえる人に泊まりにきてもらいたい。

それで、あえて看板も出していないんです」

誰かを応援する、hotel aiaoiの朝ごはん

人との縁を大事にする宿の姿勢は、朝食のメニューにも現れている。

大船にある薬局の三代目がブレンドしたオリジナルの漢方茶。地元の漁師さんが直接宿まで届けてくれる海の幸。毎朝土鍋で炊くご飯は、裕子さんのお父さんが育てた無肥料無農薬のお米だ。

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「同じ漢方茶が手に入っても、カクロウくん(薬局の三代目)じゃなかったらやらないし、同じサザエが手に入ってもユウキくん(地元の漁師さん)からじゃなきゃ買わないと思ってやっています。

お金を支払うって応援します、あなたに投票しますっていう意思表示だなと思うんです。サザエを買うのも、サザエの対価として払うというより、あなたを応援したいです、という感じ。

鎌倉に来て、私たちがそういう風にお金を払うことを教えてもらったものが、宿を通してまた発展して行っているという感じがしています」

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素材に合わせて、今日はどの器がいいか。相談しながら朝ごはんの仕度が進む
素材に合わせて、今日はどの器がいいか。相談しながら朝ごはんの仕度が進む
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最後に、宿や鎌倉でのおすすめの過ごし方を尋ねると、意外な話を語ってくれた。

サザエさんの町の過ごし方

「実は稲村ヶ崎の家に住む前、鎌倉に遊びに来てはそのお家を見に行っていました。

ある日もやはり訪ねて行って、もう帰ろうかと道を歩き出したところに、向こうからやってきたおじいさんが『こんにちは』と声をかけてくれたんです。明らかに観光客の格好の私たちに。

その時に主人が、『サザエさんの町だ』と言ったんです」

実は剛さんは大のサザエさん好き。普段はテレビのない生活を送っている2人も、毎週必ずサザエさんは録画するという。

「サザエさんでは何も起こりません。誰かが結婚式に行くとか、海外旅行に行くとか大きな出来事がないのに、あんなに毎日面白いという視点を持っている。『こんにちは』を当たり前に交わし合って楽しく暮らしている。

主人はずっとそんな『サザエさんの町』に住みたい、と言っていました。だからその時のおじいさんの何気ない挨拶に、ここはサザエさんの町だね、と言ったんです。私も本当にそうだね、と返しました。それが、家を決める決め手になりました。

この町には、大きな『驚き』とか『衝撃』じゃないところに面白さがいっぱいあります。そういうところが見つかるような過ごし方をしてもらえると、いいのかな。強制はしないですけど」

ゆっくり裕子さんが笑った。

お話を伺ううち、この後の浜辺の散歩と、明日の朝の献立が、すっかり楽しみになっていた。

宿近くの浜辺の夕方
宿近くの浜辺の夕方

hotel aiaoi
神奈川県鎌倉市長谷2-16-15 サイトウビル3F
0467-22-6789
http://aiaoi.net/


文・写真:尾島可奈子

*こちらは、2017年5月25日の記事を再編集して公開しました。

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