18億の負債を抱えた企業が、商品入荷待ちの人気メーカーになるまで

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長谷園

機能的な土鍋や調理具を開発されている伊賀焼の長谷園(ながたにえん)さん。

個人的にも愛用させてもらっていて、無くては困る台所の相棒です。

その鍋の優秀さについて語ろうとすると、いくつでも記事が書けそうですが、今日は長谷園さんの本社へお邪魔して、伊賀焼の歴史や特徴について伺いました。

長谷園の資料室
伊賀本店一帯は広い敷地の中に3棟の展示室・資料館・体験工房・展望台などが整備されている
長谷園の資料室
国の有形文化財に登録された建物も
長谷園
展示場のひとつ
長谷園の長谷康弘さん
案内をしてくださったのは、代表取締役の長谷康弘さん

日本で唯一、天然素材の陶土からできる伊賀の土鍋

プロの料理家の愛用者も多いという長谷園さんの土鍋。

これまで75万個を販売し、家電雑誌でも“一番おいしくご飯が炊ける道具”として評価された、炊飯土鍋の“かまどさん”をはじめ、蒸し器にもなる土鍋、煙を出さずに自家製燻製ができる“いぶしぎん”、IHでも使える土鍋など、様々な土鍋を開発されています。

長谷園のラボ
試作を作るラボのような場所。開発に約3年を費やす商品もあるのだそう

そんな長谷園さんの土鍋の強みは、原料の土にあります。伊賀の土は、耐熱性があること、蓄熱できることから、調理器具として優秀な働きをするのだそう。

実は昔、琵琶湖の底だった(!)伊賀市。古琵琶湖層と言われる地層から採れる伊賀の土の中には、400万年も前に生息していた有機物( 植物や生物 )がたくさんいます。

この土を高温で焼くと、中の有機物が焼けて発泡し、土の中が気孔だらけのような状態に。その土は、火を与えてもすぐには熱を通さず、一度蓄熱をしてから、ぐっと一気に食材に熱を伝えていくことで料理を美味しくしてくれるのです。

また、蓄熱性が高いので火から下ろした後でもなかなか冷めず、弱火でコトコト煮込んでいるのと同じ温度を保ちます。

その特徴ある土ですが、日本で取れる陶土で土鍋になるほどの耐火度を持つのはなんと伊賀の土のみ。長谷園さんは、その特徴を存分に活かした商品作りを続けられています。

土の特徴を活かしたさまざまな商品を販売

手作業で作られる土鍋

作る現場を案内していただいて驚いたことは、すべての土鍋作りに人の手が入っていること。毎日大量の数を作られている長谷園さんですが、成形した土鍋を削ったり、取っ手を付けたりする工程は人によって行われているそうです。

乾燥の具合、微妙なサイズ感の違いなど、ひとつひとつを人の目で判断しながら手作業で作られている土鍋。土鍋は重たいので力もいるだろうし、土や温度、乾燥など自然と対峙する仕事でもあるため神経も使うだろうなぁと、苦労して作られた土鍋に感謝したくなります。

長谷園の土鍋
素焼き前の土鍋。土の乾燥具合を見ながら、取っ手を取り付ける

作り手は真の使い手であれ

「作り手は真の使い手であれ」をモットーにされている長谷園さん。作られている商品も「こんな物が欲しかった」というものが多いですが、以前、そのサービスに感動したことがあります。

私、何年か前に、一番頻度高く使っていた長谷園さんの「ふっくらさん」という商品の蓋を、誤って割ってしまいました。( それはそれはショックで、しばらく放心したのを覚えています。 )

無くては困るのでお店に行って同じ商品を選び、お会計をしながら割ってしまった話をしたところ、パーツだけでも売ってくださるとのこと。

部品が欠けたら改めて書い直すものだと思い込んでいた私は、驚き、感動して長谷園さんが更に好きになりました。

その話を聞くと、これも使い手の声から生まれたサービスなのだそう。

土鍋が売れだした頃、「買ってもらった方は、本当に喜んで使ってもらっているのかな?」と、使い手にアンケートを実施。感謝の声が多い中、使っていないと答えた方が約1割いました。

そこに、部品が欠けてしまったから、という理由もあり、パーツ売りをすることに決めたそうです。

とは言っても、( ほとんどのメーカーがパーツ売りに踏み切らない要因でもありますが )パーツ販売は手間の割にコストが見合わないもの。反対の意見も多かったそうですが、最終的に踏み切ったのは、「自分がそうしてもらえたら、嬉しくないか?」という使い手目線での問い。「買ってもらうことじゃなくって、使い続けてもらうことが大事なので」と話されます。

負債18億、売上5億。

長谷園の創業は1832年( 天保3年 )。約200年の歴史を持つ老舗メーカーですが、経営が苦しい時期もあったそうです。

「僕が戻ってきた頃、会社の負債は18億円、売上は5億円。胃が痛くなるような数字でした」と当時を振り返られます。

「周りに甘えがちな環境では、ろくな人間にならない」と、高校から外へ放り出された康弘さんは、東京の高校・大学へ進学。百貨店へ就職して流通を学ばれた後、ご実家である長谷園さんへ戻られます。それが、およそ20年前。会社がどん底の頃だったそうです。

それまでは壁などに貼るタイルが主力の事業だった長谷園さん。伊賀焼のタイルは、他にはない大胆な表現が可能で人気が高かったものの、震災をきっかけに重量のある土タイルは避けられるようになってしまったのだそう。出荷待ちの商品もキャンセルが続き、多くの銀行が離れていきました。地元では、「長谷は終わった」という声もあったそうです。

長谷園の資料館
タイル事業で作られていた壁画の一部

人が来てくれる場所に

「お金は無かったですが、戻ってきてここの良さが分かりました。このロケーションは大きな財産。人に来てもらえるような場所に、きっとなるだろうと思いました」と康弘さんがおっしゃるとおり、今では、毎年5月に行われる「長谷園窯出し市」には3万もの人が訪れる長谷園さん。( 武道館の1万人ライブがニュースでよく話題になりますが、この電車もバスも通っていない場所に、焼き物を求めてそれだけの人が集まるのはすごいです )

1832年に築窯された登り窯の保存、これまでの歴史をアーカイブした資料館、観光に来た人が休める喫茶など、それまではメーカーの工場だった場所を、人が来て楽しめる観光の場に変えていきました。

地方創生を政府が掲げて以来耳にするようになった、土地の産業を観光とする「産業観光」は今ようやく注目を集め出していますが、約20年前から始められていたとは。その先見の明に驚かされます。

長谷園の薪窯
年に1度の窯開きの時に使われる薪の窯
長谷園の休憩室
休憩室として使える部屋。大正時代の趣のある建築
資料館では、これまでの歴史を学ぶことができる
創業の頃からの貴重な資料が数多く展示

窯開きイベント、ワークショップの開催、若手作家さんの作品展示など、さまざまな取組みによって、人を集める長谷園さんの作り場。そこで焼き物に惚れ込み、伊賀へ移住してくる若い方たちもいるそうです。

また、料理本やライフスタイル本、カンブリア宮殿などのTV番組でも、そのものづくりが注目されています。

ものづくりによって活性化する地域、伊賀。ぜひその活気を感じに足を運んでみてください。

長谷園七代目当主の長谷優磁さん
七代目当主の長谷優磁さん。商品開発の要となり、新たな商品を生み出している方です

長谷園 伊賀本店
http://www.igamono.co.jp/
三重県伊賀市丸柱569
0595-44-1511
営業時間 : 9:00〜17:00
休業日 : お盆・年末年始

長谷園 東京店イガモノ
東京都渋谷区恵比寿1-22-27 map
03-3440-7071
営業時間 : 11:00〜20:00
休業日 : 火曜日( お盆・年末年始は休業 )

文: 西木戸弓佳
写真: 菅井俊之



<掲載商品>

【WEB限定】長谷園 かまどさん 黒釉 三合炊き

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