茶道の帛紗が正方形でない理由

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こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。

着物の着方も、お抹茶のいただき方も、知っておきたいと思いつつ、中々機会が無い。過去に1、2度行った体験教室で習ったことは、半年後にはすっかり忘れてしまっていたり。

そんなひ弱な志を改めるべく、様々な習い事の体験を綴る記事、題して「三十の手習い」を企画しました。第一弾は茶道編です。30歳にして初めて知る、改めて知る日本文化の面白さを、習いたての感動そのままにお届けします。

◇帛紗 (ふくさ) が正方形でない理由

5月某日。

今日も神楽坂のとあるお茶室に、日没を過ぎて続々と人が集まります。木村宗慎先生による茶道教室7回目。床の間には「青山青転青」との掛け軸。

「せいざん あお うたた あおし」と読んで、 (雨の後で) 青山の青がなお一層青い、という意味だそうです。新緑の風がさぁっと吹いてくるようです。

「今日は帛紗のお話をしましょう」

先生が一枚一枚、帛紗を畳の上に並べていきます。一体何が始まるのでしょうか‥‥?

「お茶をするということは、自分なりにお茶事をして、人をもてなすということです。ですが往々にして、お茶のお点前の型 (かた) の習得に努めることが、茶そのものであるかのように思われがちです。

それが嫌で、お点前の煩雑な型には、さほど意味がない、茶の湯の本質ではない‥‥と、ある種のカウンター、聞いた人が茶の湯の他の側面に気づいてもらうための表現として、あえて乱暴に言い切っていた時期もありました。

大切なのは、型通りにお点前をやって満足するのではなく、棗 (なつめ) や茶杓のただ一本、もてなしの場に持ち込まれるツールひとつひとつの取り合わせやお点前のひと手ひと手に、『あなた様のため』という素朴な想いをのせていくということ。

そしてできることなら、のせた想いが全てでなくとも相手になにがしか伝われば嬉しい。そのためであるならば、一見煩雑で面倒なお点前の手順や作法も、意味のある大事なことだと、今では思うようになりました。むしろ、もてなしの表現の本質がある、と。勝手なものですね、われながら。反省しています。

そんな、お点前の意味を象徴するツールが帛紗です。どうぞみなさん前に来て見てみてください」

ずらりと並んだ帛紗を、一枚一枚手に取って見せていただきました。

帛紗は生地の重さによって規格が分かれます。10号、11号と号数が増えていくほど織り込まれている絹糸が撚りの強い、太い糸になり、その分生地も重みを増します。

手に取ってみると、1号違いではさほど違いがわからないものもありますが、確かに号数が離れるほど、その重みの差がはっきりとわかります。

普通のお点前は重たい方が所作が格好よくなるそうですが、細かく帛紗をたたむお点前の場合は薄手のものを選ぶなど、使い分けをされるそうです。

カラフルな染め帛紗。流派によってお点前に使う帛紗の色は定められていますが、紋様の入っているものはお香を置いたり、飾りに用いるそうです

大きさはどれも同じようですが、ここにお点前をする上での大きな意味が込められていました。先生のお話に耳を傾けます。

「お茶席でお点前をする、その最も重要な意味は、人の見ている前でものを清めるということにあります。この器が清まりますように、その器を使う相手も私も美しく保たれますようにという願いが、実は帛紗の寸法にも込められています。

帛紗は一見正方形に見えて、本当は長方形です。寸法は元々『八寸八分の九寸余』と決まっていて、利休の教えを100の歌にまとめたというかつての利休百首にもそのことが書いてあります。

なぜこの寸法になったのか。昔の人は言霊と同じように、数字に力があると信じていました。奇数は『陽』、おめでたい力のある数字。偶数は『陰』、陽に準じる数字。

つまり『九』という数字は、陽の極まる数字というわけです。“苦しむ”につながるから縁起が悪いとするのは、近代になっての語呂合わせなんですよ。昔の人は九は高貴で力のある数字だと考えました。

古くは、皇室に関連する表現に九という数字が大切に扱われていました。御所をあらわす別の表現は九重 (ここのえ) 。別に、本当に御所の屋根が九層というわけではありません。最高に立派な建物、というニュアンスを伝えるのに九が用いられているのです。

さらに御所の宮殿の宮 (キュウ) と九は同じ音でしょう。漢字で音が重なる場合は相通じる意味をもたせてあることが多いんです。究極の究もキュウ。また、9月9日は重陽の節句です。陽の極まった数字が2回重なるから重陽なんです。

だから帛紗一枚の中にも、九という数字を閉じ込めたかった。手に使いやすいハンカチくらいの大きさを保ちながら、九という数字をまたいだ九寸余を寸法に用いることで、高貴な数字の持つ力をこの帛紗の中に閉じ込めようとしたんです。もう一辺は、対になる陰の力の偶数で最も大きい八を2回重ねて、八寸八分に。

こうして最も高貴な数字を閉じ込めた布で清めるからこそものが清まると、昔の人は信じたのです。

これは、帛紗にまつわるひとつの説です。時代や流派や茶人の考え、扱う道具の大きさによってもまちまちであった帛紗の大きさが定められていく時の、ひとつの考え方です。

普段の生活で使うことのないような絹の布一枚を、なぜお点前で大事そうに取り扱うのか。小さな布切れ一枚に、怯えるほどハイコンテクストな世界が広がっているのです。

何事もていねいすぎるのは考えものですが、相手を想ってこその道具、所作ならば、安易にカジュアルにくだけさせることは、その人を軽んじていると思われても仕方のないことです。儀式は、祈りなんです」

お点前に想いを込める、とは所作をていねいにすることかとばかり思っていましたが、道具である帛紗がすでに、祈りを目に見える姿で表していました。

「帛紗は未使用の状態では裏表がありません。ですがお点前の際に一回折ると、跡がついて二度と使用前には戻りません。だから本来はお点前ごとにまっさらの帛紗を下ろします。

茶筅 (ちゃせん) も、未使用の状態だと穂先の中心(泡切り)が閉じていますね。これも一度お湯をくぐらすと穂先が開いて戻らなくなります。一度きり、ということがもてなしの印にもなっているのです。

無垢なるものをお客さんのために使い下ろすということと、器など人間よりもはるかに長生きするものの時間とを交錯させているところが、道具の取り合わせの面白さでもあります」

器のお話に触れたところで、5月らしい菓子器で今日のお菓子が運ばれてきました。

◇今日の日のためのお菓子

兜鉢( かぶとばち )という、伏せると鉄兜の形に見える器で運ばれてきたのは、葛の羊羹ちまき。葛にこし餡を練り込んだものを蒸しあげて作るそうです。

ちまきのガラ入れとして横に添えられていた黒塗りの器は、元は接水器(せっすいき)という、禅寺でお坊さんの食事の際に使われる水入れ。

よく見ると蓋の表面に水滴が見られます。こうした塗り物の器は、5月から10月までの風炉(ふろ)の時期は露を打つのだそうです。

「8月はしっかり水滴がわかるように打ったり、10月はまた量を減らしたり。季節によって量や打ち方を変えるんですよ」

茶会で触れるほんのささいにも思える物事にも、「あなたのために今日のこの日を」という想いが感じられて、改めて嬉しく、ありがたく思います。

ここからは自分たちで二手に分かれてお茶を点て、運ぶところも実践していきます。先ほどその意味を教わった帛紗を、早速腰につけて。

二服目のお茶と一緒にいただいたお菓子は紅蓮屋心月庵の「松島こうれん」というおせんべい。お米そのままのような素朴な甘さです。

お菓子に用いられていた器。江戸時代の茶人が中国の古くからの窯業都市、景徳鎮(けいとくちん)で焼かせたもので、あえて下手に作らせているそう
今日の菓子器をずらりと並べてくださいました。左上が先ほどの兜鉢。いずれも同じ景徳鎮で作られた器だそうですが、時代や発注者によって趣が異なるのが面白い、と先生

◇マンションの一室で開くお茶会

そろそろお稽古もおしまいの時間が近づいてきました。

「時折、ワンルームのマンションでお茶会を開く、というたとえ話をします。

いつも以上に家の掃除をし、コップでもいいから花を一輪生けて、チョコレートでもマカロンでもいい、相手の好みそうなお菓子を用意する。掛け軸がなくても、共通の話題になりそうな画集や雑誌をテーブルにさりげなく置く。

口にするものは、抹茶であれば嬉しいけれど、コーヒーでもいいんですよ。相手の趣味趣向を知っているならば相手の好みそうなコーヒーを用意して、ちょっと上等なカップを用意して、訪(おとな)いを待つ。そうして空間全体に、『あなたのために』とわかる一気通貫のストーリーが敷かれてあれば理想的です。

茶室で、抹茶茶碗を使い、掛け軸が掛けられて花が生けられていれば茶会、とは限りません。お茶会の根本は、相手のために時間をとって用意をし、あれこれ段取りをすることにあるのです。

—-では、今宵はこれぐらいにいたしましょう」

なぜお点前をするのか、なぜ帛紗は正方形ではないのか。その意味をしっかりと心得ていたら、マンションの一室で親しい人とコーヒーを楽しむ時間もひとつのお茶会になる。いつか自分でもできるだろうかと思いながら、今はまず、帛紗さばきの稽古です。

お話の合間に先生が披露してくださった、帛紗のお雛様。お茶が発展する中でこうした遊びも生まれたそう

◇本日のおさらい

一、道具一つひとつにも祈りにも似たもてなしの想いが込められている
一、ただお点前の型を覚えていくのが「お茶」ではない。大切なのはそのひと手ひと手に、相手への想いをのせていくこと


文:尾島可奈子
写真:山口綾子
衣装・着付協力:大塚呉服店

*こちらは、2017年6月28日の記事を再編集して公開しました。

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