京都・茶筒の開化堂の140年続く茶筒づくりに迫る

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開花堂の茶筒

これまでの開化堂、これからの開化堂

6代目の八木隆裕さんにお話をお伺いしました。

——140年以上も続く茶筒作り、これまでのことを教えてください。

明治8年に創業した初代から、ずっと手づくりの茶筒をつくり続けてきたんですが、僕のおじいちゃんの時代に海外から機械製のものが入ってきました。

当時、世の中的には手づくりよりも機械製のほうが人気で、周りはどんどん機械に移行したんです。でも、おじいちゃんは手づくりを諦めずに細々と続けつつ、お茶と関係が深い薬屋さんを始めて、それでなんとか食べていました。

そんな感じだったので、父親としては茶筒の仕事は自分の時代で終わろうと思っていたようで。

僕は大学を卒業してからは、他所で販売の仕事をしていたんですが、そこで、海外の人が茶筒を喜んで買っていかれるのを見て、手づくり茶筒の可能性を感じて家に戻ることを決めました。15年ほど前の話です。

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青海波の柄は、隆裕さんのおじいさんの代からのものだそう。

——お父さんの反応はいかがでしたか?

「戻ってもいいけどワシは知らん、お前の責任や」と言われました(笑)。小さい頃から、継げと言われたこともなかったですし。戻った時は、やはり職人仕事に慣れなくて‥‥。

大学生の4年間は、家でアルバイトをする形で茶筒づくりの基本は身につけていたんですが、実際に毎日の仕事になると、同じことの繰り返しがとにかく辛くて。じっとしているのが苦手なんです。

でも、自分の中ではこれをやると決めていたので、最初の5年は我慢しつつ、徐々に実演販売に出ることで外とのつながりを持ちながら、自分を保っていました。

販路が広がったきっかけは?

——今は販路もずいぶん広がったようですが、そのきっかけは?

僕が戻った15年ほど前までは、お茶屋さんに茶筒を卸すのが90%以上。ある時、某服飾メーカーさんがうちの缶にオリジナルの柄をいれてプレス関係者に配ってくださったのが大きなきっかけで、お客さまに直接販売するようになりました。

その後、海外の要人の目に止まったことや、自ら海外に足繁く通って人間関係をつくり続けたことで徐々に販路が広がって。日本でも注目され、一般の人たちが手にするお店で取り扱ってもらうようになりました。嬉しかったですね。

——現在、職人としての隆裕さんのお仕事の割合はどのような感じですか?

午前は工房に入って職人仕事、午後は経営の部分や他の仕事ですが、できるだけ工房での時間をつくりたいんです。開化堂らしさというものが、この工房にあると思っていて。

僕は、おじいちゃんや親父から、言葉では表しにくい大切なことをこの工房で教わってきたような気がしているんです。同じ空気を感じながら、おのずと共有してきた。こういうことが今まさに必要だなと。

良いものをつくれるだけが職人ではなくて、教わったものを次の職人に伝えていくことができてこそ職人だと。

今まで、工房というものがあったからこそ、日本の中でおもしろい技術がのこってきたんじゃないかな。それをいかに価値づけしていくのかが、これからの僕の役目かなとも思っています。

過去の開化堂から得られる新しい発見

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左はおじいさんが50年ほど使い続けた金鎚、右は隆裕さんの金鎚。

——たくさんの道具がありますが、この金鎚は、すごい年季ですね!

実はこれ、戦時中おじいちゃんが土の中に隠して守った道具のひとつです。当時、金属類は回収令が出て、茶筒自体もつくってはいけないものだったんです。

でも、おじいちゃんは食べていくためなのか、途絶えさせたくなかったのか、茶筒を作り続けて‥‥実は、捕まっちゃってるんです(笑)。

そこまでしておじいちゃんが頑固に続けてくれたことや、大事な道具をこっそり守って残してくれたことで、今の開化堂があるんです。

この道具みたいに、本当に大事なことって書いて残すことができなかったりするんですよね。おじいちゃんの意思みたいなものも、感じることでしか得られない。

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受け継がれてきた道具は開化堂の宝もの。

——昔の技術も、すべて受け継がれているんですか?

基本的な製法は変わらないんですが、昔の商品は手元に残っていないので、骨董屋さんやオークションで開化堂の古い茶筒を見つけたら買うことがあります。

昔の仕事を見てみると、細かい装飾など、どうやってつくったのかわからないものもあって、面白い発見がたくさんあるんです。

昔の開化堂の商品を修理して、また世の中に戻すということもやっていきたいことのひとつです。

楽しいな、面白いな、とお客さんが思ってくれる茶筒をつくっていきたいですね。

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隆裕さんが骨董屋で見つけてきた開化堂の古い茶筒。繊細な装飾がどうやってつくられたものかを紐解くのも面白いという。