髪を綺麗にする京つげ櫛は、独自の「カラクリ」と職人の技で作られる
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美しくありたい。様々な道具のつまった化粧台は子供の頃の憧れでもありました。そんな女性の美を支えてきた道具を厳選。「キレイになるための七つ道具」としてその歴史や使い方などを紹介していきます。
今回選んだのはつげ櫛。髪は女の命、と言いますからね。京都で唯一つげ櫛をつくり続ける、十三や工房さんにお邪魔しました。
つげ櫛を求めて、京都へ
「髪の毛って受信機みたいなもので、空気中に飛んでいる電子をキャッチするんです。だから冬には静電気が起こりますね。
電子には埃や匂いがくっついているので、髪の毛は電子を寄せ集めながら毎日、どんどん汚れていきます。木の櫛は、そういう静電気や汚れをとってくれるんです」
木の匂いが立ち込める工房でまず最初に伺ったのは科学のお話。語り手は竹内昭親(たけうち・あきちか)さん。京都で唯一のつげ櫛製造元、十三や工房の5代目です。
十三や工房は1880年(明治13年 )竹内商店として創業。伊勢神宮にも20年に1度の遷宮に合わせてつげ櫛を納める老舗です。
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木の櫛の中でも特に優れている「つげ」の櫛
「櫛は汚れを落とす、ということから、ケガレから身を守るものであると考えられてきました。神事でも重要な位置を占めています。
神に捧げる玉串(タマグシ)などの『串』とも同じ語源だと言われていて、櫛は髪に挿すことで霊力を授かったり、魔除けにするような呪術的な意味も込められていたようです」
櫛の歴史は古く、縄文時代の遺跡からも木櫛が出土されています。身分によって髪型を分ける時代には、櫛は現代のように女性が身だしなみのために使うというより、政治の中心であった男性が、権力の象徴として重用していたとのこと。
位によって髪型を分けるのは、今のお相撲にその名残を見ることができるそうです。
昔から日本人の暮らし、それも神事や政治の世界にも密接につながっていた櫛。中でもあらゆる木櫛の中でもっとも優れている、と昭親さんが語るのが「つげ(漢字では黄楊)」の櫛です。
最大の特長はその粘度。細かな加工をする櫛づくりには割れや欠けは大敵です。独特の粘りのあるつげの木地は加工しやすく、磨くほどつややかな美しい木目になるそうです。
十三や工房ではつげの木の栽培から産地と提携を結んで、材料を仕入れています。
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「昔は分業制でものづくりが成り立っていましたが、最近では木を切るノコギリの目立て(刃を鋭く切れる状態にすること)ができる職人もいなくなりました。
今ではそうした道具の調整から材料の管理にはじまって櫛の形になるまで、いわば0から10全てを自分たちでまかなっています」
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自然のままの木が反りのない丈夫な櫛になるまで
0から10まで。全ての工程が行われる工房内には、一見何に使うかわからない機械がずらり。その合間に、ぶらりと裁断された木材が吊り下がっていました。
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「切った板をこうして1ヶ月ほど日陰で干すのですが、どんどん水分が出て反っていきます。それを矯正していく次の工程が、一番重要です」
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矯正された板の束は工房に併設された釜で半日をかけて燻されます。燻すと木の反る向きが変わるので、束の中で板を入れ替えて矯正し、また半日かけて燻す。
これを1週間続けます。燻す時に使うのは、加工で出たつげの木くず。
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「電気炉だと一気に熱が加わるので急激な乾燥で割れてしまいます。こうしてつげ自体のくずから出た煙で燻すことで、煙の中の水分・成分が板の中に入って割れずに丈夫になる。防虫効果も生まれます。先人の知恵はすごいですね」
老舗が手作りにこだわらない理由
このあと燻された材料は「寝かし」と言って品質を安定させるために板を寝かせる工程に入ります。その期間、最低でもなんと7年!
ものによっては80年、90年と寝かす材料もあるそうです。人の一生をかけても、その完成まで見られない櫛があるとは。
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「何かを欲しいと思ったら、今すぐ欲しいですよね。欲しいと言っているお客さまを待たせたくはない。ところがどんな櫛でも完成まで7年はかかる。その分コストもかさむ。
だからいかに効率と品質をあげて、お客さまが納得できる価格で作れるかを、ずっと考えています」
品質も効率もあげる。そのために十三や工房では手仕事であることにこだわらず、機械で作った方がいいと判断した工程には、惜しみなく機械を導入しています。
しかもそのほとんどが既成の機械をアレンジした独自のもの。工房全体が、さながらラボのようです。
「『キテレツ大百科』って漫画がありますよね。あれは江戸時代に生きたご先祖様のカラクリを元にキテレツがいろいろな道具を作るわけです。
冷蔵庫や洗濯機や車が今の私たちの生活に欠かせないように、何かをもっとよくしたい時に機械を作ろう、使おうと思うのは、昔から当たり前のことだったんじゃないでしょうか」
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この工程は手で、この工程は機械で、と使い分けながら、みるみるうちに櫛が出来上がっていきます。さらに改良した機械も近々導入予定だそうです。
「櫛は芸術品ではなく、毎日使う日用品です。手作りにこだわってお待たせし、価格も高くなるのでは意味がありません。
お客さまは手作りの櫛が欲しいというより、ただ一生使えるいい櫛が欲しい。だから日々、去年よりいいものを、と思って機械も取り入れています。
形は伝統的なものだけれど、中身は日々変わっているんですよ」
いい櫛は、使うことでその人の髪の良さを120%引き出すことができる、とは昭親さんが最後に語られた言葉です。
女の命とまで言われる髪を調える道具は、知るほどに髪と同じくらい神秘的でパワフル。
最低7年以上という果てしない完成までの歳月と日々の絶え間ない技術改良とが、ものの迫力となって現れているのかもしれません。
キレイになるための七つ道具、いかがでしたでしょうか。
人が古来、お守りのように櫛を大切にしてきたように、真摯に作られた道具はその人の身だけでなく心も調えてくれるように思います。
とっておきの七つ道具を揃えて、日常もハレの日も、もっと豊かにキレイに調いますように。
<取材協力>
十三や工房
京都府京都市山科区御陵四丁野町21-21
http://www.jyuusanyakoubou.com/index.html
文・写真:尾島可奈子
※こちらは、2017年7月2日の記事を再編集して公開いたしました