金鳥の夏は、なぜ「日本の夏」なのか
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「金鳥の渦巻」を見て、皆さんはどんなことを思い浮かべますか?
夏のうだるような暑さと、蝉の鳴き声と、氷をめいっぱいいれて結露したグラスと、なんだか落ち着く蚊取り線香の香りと…。
私は、そんなどこにでもあるようなリアルな夏の一日が鮮やかに思い浮かびます。
「でもね、海外の人はチキンスープですか?って言うんですよ」
「金鳥の渦巻」を見て夏を思うこの現象、きわめて日本ローカルな話なのだと言います。
冷静にパッケージを見てみると、たしかに。そこには、蚊取り線香や夏らしいモチーフが描かれているわけではありません。
「金鳥の夏」は、なぜ「日本の夏」なのか。
今日は、「金鳥の渦巻」が日本の夏の風物詩になるまでのお話をお届けします。
毎年夏の恒例になりつつあるコラボレーションのご縁もあり、
KINCHOでおなじみ、大日本除虫菊株式会社の専務取締役 上山久史さんを訪ねました。
海外では「チキンスープ?」と言われるパッケージ
「海外の方にこのパッケージを見せると、チキンスープですか?って言われるんですよ。
なるほどなあ、蚊取り線香って分かる人がそもそも変だよなぁって。鶏が前面にいて、蚊取り線香のイラストも写真も一切入ってませんから」
そんな「金鳥の渦巻」が生まれたのは、1902年(明治35年)のこと。かれこれ120年前までさかのぼります。
そもそも蚊取り線香は、日本ローカルなもの
「蚊取り線香はもともと、我が社の創業者である上山英一郎がつくったものなんです。
和歌山県有田市のみかん農家の生まれなんですが、
ある時、みかんの苗を持ち帰ろうと来日していたアメリカの植物輸入会社の社長さんを、恩師である福沢諭吉先生から紹介されて農園に招待し、みかんの苗を渡したようで。
そのお礼としていただいたのが、除虫菊の種でした」
マーガレットに似た小さな白い花を咲かせる除虫菊。可愛らしい見た目とは裏腹に、花の部分にピレトリンという殺虫成分が含まれています。
除虫菊は、元々ユーゴスラビア(現セルビア共和国)が原産地。北海道と同じくらいの緯度に位置する寒い地域なので、蚊には困っておらず、ノミ取り粉として使われていたそうです。
「蒸し暑い日本では、ノミよりももっと悩まされる虫がいて。それが蚊なんですけども。
この殺虫成分、蚊にも聞くんじゃないかって、実際に火をくべると蚊がぽたぽたと落ちていったそうなんです」
日本ならではの困りごとから、仏壇線香に除虫菊を練りこんで、蚊取り線香が誕生しました。
今でこそアジアの蒸し暑い地域に広まっているものの、蚊取り線香は日本生まれ日本育ちの商品です。
ところで、蚊取り線香を知らない方が見ると、チキンスープと間違われるほど“鶏”が主張するこのデザイン。一体どのようにして生まれてきたのでしょうか。
「鶏口と為るも牛後と為る勿れ」の信条から生まれた、鶏のロゴマーク
世界初の商品として蚊取り線香を開発した、創業者の上山英一郎さん。
パイオニア精神をもち、「鶏口と為るも牛後と為る勿れ」ということわざを信条としていたそうです。
「2500年くらい前に、秦が中国統一しようとした時代にできたことわざなんですよ。
反秦同盟をつくっていった諸国を表した言葉で、
強い勢力のあるものにつき従うより、たとえ大きくなくても独立したものの頭でいようという意味がこめられています。
そんな信条に習い、会社が大きくなかろうと、先駆者として“鶏口”になることを目指して、このマークがつくられました」
蚊取り線香以外にも、日本初のエアゾールである「キンチョール」や吊るすだけで虫を寄せ付けない「虫コナーズ」など、画期的な商品を世に生み出してきた歴史を見れば、
パイオニア精神をもってものづくりへと向き合う姿勢がうかがえます。
「蚊取り線香のパッケージは、金鳥が除虫菊という殺虫成分をたくさん使ってつくった商品ですよっていうのが分かるように、つくっていったんだと思いますよ。
100年以上も前のことなんで正確に資料が残ってるわけじゃないんですが。
手前どもがパイオニアとして蚊取り線香をつくってるので、このパッケージを見ると、頭の中で渦巻が見えるという製品なんです」
なるほど、たしかにこのパッケージ=蚊取り線香だと刷り込まれています。
では、そんな「金鳥の渦巻」が日本の夏を背負ったのは、いつ頃のことなのでしょうか。
「金鳥の夏、日本の夏」は、1作目のCMの不出来から生まれた
「いまとなってはお馴染みのキャッチコピーが生まれたのは、CMを放映しだしてからなので、50年程前のことですね。しかも、1作目にはないんです。
実は初めてCMをつくる際、最初に3年分撮ってたんですが、1作目の反応がいまいちだったんです。
このままじゃまずい、インパクトを出すためにキャッチフレーズを考えようってなって。
2作目から追加で“金鳥の夏、日本の夏”というキャッチコピーをいれたんです。それが意外と受けました」
「でも私が小さい頃はいじめられたんですよ。いち企業が日本の夏を背負っていいのかって。いまではもう、50年以上言ってるから誰も怒れないんですけど。笑」
金鳥と言えば、蚊取り線香で日本の夏。日本には蚊がいっぱいいるから、その蚊に効くものを世界で初めてつくった金鳥の蚊取り線香。
そんな納得感が反響を呼び、時間をかけて定着していったようです。
「金鳥の渦巻」は変わりなく。
「商品は時代を追うごとに進化していますが、パッケージデザインは、120年の歴史の中でほとんど変化していません。
ロゴマークは実は7回変わっているのですが、それも変遷というか、初期に試行錯誤していた時期があったというだけです。120年の中の20年くらい。その後はほとんど変わっていません」
たしかに、パッケージの変遷を見せていただくと、パッケージの要素には大きな変更がありません。
「大半の方が生まれる前からこの姿なんですよ。だから、安定感というか、あるのが当たり前。空気のような存在になりつつあるんじゃないかと思っています。
金鳥の夏が日本の夏になったのは、時間軸の話をなしには語れないです。50年100年の時間の中で、皆さんの頭の中で日本の夏になっていったんだと思います」
今後も変わりないですか?と聞くと、
「ええ、もちろん。大きな変更をする気はまったくありません」
と、安心のお返事。
生まれてからずっと当たり前に生活の中にある、金鳥の渦巻。
これからも変わらず、日本の夏の風物詩としてあり続けてくれるようです。
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写真:直江泰治
文:上田恵理子