夏によく見るあの”缶”が有田焼に?再現することで見えてきた工芸の面白さ
日本の夏の風物詩と聞いて、どんなものが思い浮かびますか?
風鈴、うちわ、花火、蚊取り線香…
金鳥さんとのコラボレーションも5年目となる今年、中川政七商店では、夏によく見るあの“缶”を有田焼でつくりました。
有田焼と言えば、「世界の有田」とも称され、ヨーロッパの王侯貴族の間で絶大な人気を博した歴史を持ち、日用品だけでなく美術品までつくってきた産地です。
人の手でつくっているのに、この精巧さ。
ちょっと見ただけでも、有田焼の技術の粋が活かされている気配を感じます。
つくり手の幸楽窯さんから、「常識を超えたものづくり」と言われたという開発秘話を求めて、有田焼の産地を訪ねました。
こだわったのは、工芸ならではの表現
デザイナーの羽田さんに聞けば、完成に至るまでに6度の試作を繰り返したと言います。
「こだわったのは、工芸ならではの味わい深さです。
金鳥さんにデータをいただいて、そのまま転写すれば、もっと似たものをもっと安価につくることも可能でした。
でもそれなら、あえて中川政七商店が新たにつくる必要はないんです」
たしかに、色のゆらぎやまっすぐではない線が、味わいを生んでいます。
羽田さんの期待に、120%の全力で応えてくださったのが、幸楽窯の徳永隆信さんでした。
「試作をアップする度に、もう少しゆらぎがほしい、と言われて。
羽田さんとは、雛人形、武者人形と一緒につくってきて、
回を重ねるごとに、要求とそれに応える技量が互いに高まってきてるので、次はどこまで求めてくるんだろうと、怖いながらも腕の見せ所とわくわくしてましたが…
案の定大変でした。笑」
細部へのこだわりの連続だった、というものづくりは、どのように生まれてきたのでしょう。
早速現場を案内していただきました。
伝統工芸士が描く、手描きの原画
蓋を描くのは、なんと「伝統工芸士」の山口浩子さん。
過去には、4か月かけて日本画の江戸の町を再現したことも。細かいものはお手の物だと言います。
「金鳥の渦巻」のあの細かいデザインを手で描くなんて、にわかには信じられませんが、実際に描いてる様を見せられては、信じないわけにはいきません。
製造分すべてを手描きでつくると価格が跳ね上がってしまう為、ひとつ原画を描いていただき、それを転写で再現していきました。
この線、本当に手で引いてるの?と思うような美しさと、手描きならではの少しのゆらぎ。いつまでも眺めていたくなる仕上がりです。
5色に13版。常識を超えた細部へのこだわり
そのこだわりは、転写の版数にも表れています。
まじまじと見てみれば、同じ緑の中にも濃淡があることに気付きます。これも、あえて、そうつくっていったのだとか。
本体も、金鳥さんからデータをいただいてコピーするのではなく、
デザイナーがいちから手で描き起こした図案で、版をつくっていきました。
「しかもこれ、線だけじゃなくて、色のムラもあるでしょう。
蓋と身あわせて全体で5色なんですけど、13版使ってるんですよ。ふつう13版も使うような場合、それだけ色数が多いんです。
5色で13版っていうのは、常識を超えてますね」
徳永さん、常識を超えてる!と言いながらも、嬉しそう。
どうして?と聞いてみると…
ロストテクノロジーの復活?技術を思う存分活かすものづくり
「バブルが崩壊して以降、とことんこだわり抜いてものづくりしましょうという依頼自体がまず少ないんです。
そうなってくると、技術がどんどん失われていくでしょう。ロストテクノロジーですよ。
ただ、求められてないのに、これだけ時間をかけて秘伝の技術でつくりましたと言っても、それって誰がほしいんだろうって。
今回のように、依頼する人と、それを実現する人の両者がいて、いいものづくりが続いていく。
職人がつくれないと言ったらそれまでなんだけど、そこを何とかやってもらう為に、実現に向けて動くのが僕の役割だと思ってます。
そういうものづくりは、セッションのような感覚で、持ち技を互いに足していくような高揚感があって、とても楽しいです」
どうやら、生みの苦労が、喜びにもつながっていたよう。
幸楽窯のスタッフさんも、「徳永さん、苦しそうに楽しそうにつくってましたよ」と口々に言っていました。
デザイナーのこうしたい!というこだわりと、徳永さんの不可能を可能にするディレクションと、有田焼のたしかな技術をもつ職人さんと。
うまくピースがはまった結果、今回の商品が生まれてきたことが分かります。
つくり手達の高みのセッション
そうして、苦しそうに楽しそうにものづくりが進んでいった中で、幸楽窯さんからの提案もたくさんあったと言います。
付属の渦巻は当初、蓋の裏に絵を描くつもりだったそうですが、
絵では物足りない!と感じた徳永さんの方から、立体でつくろうよとご提案いただきました。
「絶対立体がいいと思ったから、軽い感じで、できるできると言って、現場に持っていったら、間隔が詰まってて細いので、石膏では型がとれなくて。
シリコンで型つくったり、成形した後は、ちょっとでも力を入れると折れてしまったので専用の運搬トレイをつくったり、
意外と大変だったんですが、現場のみんなが、またか~という感じやってくれたんですよね」
話しながら、灰の部分をもう少し短くしてもいいかな…と、どこまでも追及していく姿。こんなふうに真摯にものづくりに向き合う姿が、産地の職人さん達をどんどん巻き込んでいくのだと感じます。
「あの鶏、実は3羽いるんです」
言われて初めて気付いたのですが、本体を囲む鶏、実は3種類いるのだそうです。
人の手ならではのものづくりを追い求める羽田さんに、
だったら、鶏も同じパターンを使いまわさずに、3羽くらい描いて散らした方がいいよと。
「言っちゃったら最後、すぐさま羽田さんが3種描いてくるんですよ。嬉しそうにもってくるもんだから、こっちもやらざるを得ない」
よくよく見てみれば、たしかに少しずつ違う3種類の鶏がいました。
実物を見る際には、じっくり眺めて愉しんでいただきたいポイントです。
餅は餅屋。虫はジェレミーさん。
最後に、忘れてはいけないのが、底に描かれた蚊の姿です。
“全く蚊はとれない”のですが、「金鳥の渦巻」を写すからには、蚊をつかまえたい…
そんな想いで、中には死んだ蚊の姿を描くことにしました。
聞けば幸楽窯さんには、
「餅は餅屋。虫ならこの人」という、虫のプロフェッショナルがいるというじゃないですか。
3年前、カナダから単身有田にやってきた、アーティストのジェレミー パレ ジュリアンさん。
「虫は大好き!これまでも沢山描いてきたけど、好きだから生きてる姿しか描いたことなかった。
でも、蚊は嫌い!だから、死んでる姿でも描けた。描いたことなかったから真似しながら。笑
大変だったよ!」
虫のプロフェッショナルと言えども、死んでる蚊を描くのは初めてだったそうで、何度も描きなおしては提案してくださいました。
人の手から生まれる“ゆらぎ”を愉しんで
こうして、つくり手達の高みのセッションで生まれた「金鳥の渦巻蓋物」。
実は、まだまだ語り尽くせていないお話があったりもするのですが、百聞は一見にしかず。ここから先は、実際に目で見て愉しんでいただけたらと思います。
最後に、改めてデザイナーの羽田さんに、今回の商品に込めた想いを聞いてみました。
「金鳥のコラボシリーズを買う方の中には、初めて中川政七商店でお買いものされる方も多いんです。
あんまり中川政七商店のことも知らないし、工芸への興味が薄い方も多いかもしれない。でも、中川政七商店に来たということは、少なからず“工芸の入口”に来てくださった方々。
せっかく“入口”にきてくれたお客さんに、工芸の魅力を伝えたかったんです。
中川政七商店でつくる商品はどんなものも、日本の工芸をベースにつくっているけれど、パッと見て分かる物ばかりではないですよね。
今までは缶でしか見たことがなかったけど、それを有田焼で表現するとこういう風になるのか、という明らかな違いが分かることで、
工芸って意外と面白いじゃんとか、魅力的だなとか、ものづくりにも興味をもってもらえたらいいなと。
コラボ商品を通して、どう工芸の豊かさを伝えていくかを模索する中で、
少し工芸に興味を持つきっかけになるような、“工芸の入口”を象徴するアイテムになったんじゃないかと思ってます。
値段的には全然入口ではないんですけどね。笑」
たしかに、見た瞬間、面白い!と感じ、ものづくりの背景を知りたくなり、知るほどに愛着が増していきました。
工芸に興味がない方にも、とにかくまずは見ていただきたい。この商品が、誰かにとっての「初めての有田焼」体験になれば、工芸って面白い!と思うきっかけになるんじゃないか。取材する中でそんな想いが芽生えてきました。
中川政七商店がつくる、新たな「工芸の入口」。
発売は6月1日(水)からですが、5/18(水)からは、先行で中川政七商店 渋谷店にて展示しています。
興味がわいた方、渋谷に立ち寄られた方、ぜひ実物を見にいらしてください。
工芸の世界が、口を大きく開けてお待ちしています。
<取材協力>
幸楽窯(徳永陶磁器株式会社)
佐賀県西松浦郡有田町丸尾丙2512番地
0955-42-4121
サイトはこちら
取材写真:藤本幸一郎
商品写真:眞崎智恵
文:上田恵理子
<掲載商品>
有田焼の渦巻蓋物
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毎年完売が続出する「手捺染てぬぐい」や、「手刷り丸竹うちわ」や「レトログラス」など、職人の手仕事が感じられる道具を通じて、心地好い夏の暮らしをお届けします。