毎日を”好日”に。日々の幸せな食卓を願って生まれた「好日茶碗」
晴れの日も、雨の日も、昨日悲しいことがあった日も、今日が楽しみな日も。私たちは毎日、朝を迎え、食卓につき、食事をとります。
日常の何気ないシーンが、少しでも心地好く、幸福な時間になれば。そしてどんな日も、毎日が最良でありますように。そんな願いを込めて、中国でうまれた禅語「日日是好日(にちにちこれこうじつ)」を拠り所に、「好日茶碗」と名付けたご飯茶碗のシリーズを作りました。
全部で12絵柄を用意したお茶碗は、すべて職人の手で絵付けをおこなったもの。岐阜や石川、佐賀など、各地のつくり手に協力いただきながら、山水・草木・鳥獣・吉祥文様などをモチーフに、日本人が暮らしを営むなかで育んだ感性をお茶碗の景色として表現しました。
担当したデザイナー・榎本の言葉を借りながら、私たちが好日茶碗を通じて願うことをお伝えできればと思います。
かつての人々が絵付けに込めた想いを、今のお茶碗に載せて
ご飯茶碗をはじめ、茶器や花瓶など、日本の陶磁器には古くからさまざまな絵柄が描かれてきました。
吉祥紋、山水図、四季図、故事図。抽象的でダイナミックなものもあれば、繊細で緻密に描かれたものもあり、その絵柄は今もなお、各地の陶磁器にしばしば見られます。
昔の人はなぜ、そのままで十分使えるにも拘らず、陶磁器に絵を描いたのでしょうか。好日茶碗のシリーズを開発するにあたって、デザイナーの榎本はまずそこから考えました。
「昔から陶磁器が好きで普段からたくさん触れていました。そんななかで中川政七商店でも『食卓で毎日使える、お茶碗に特化したシリーズを作りたい』と思い、そうとなれば改めてお茶碗の歴史を知るべきだろうと、まずはいろいろ調べていったんです。
昔の人が使っていたお茶碗には、手に取るのが楽しくなる絵柄がたくさん描かれています。調べていくうちに、どんどんそこに注目したい想いが湧いてきて。もともと僕自身も絵を描くのが好きですし、絵付けのうつわも好きだったのですが、そもそも昔の人たちはどうしてこんなに豊かな景色をお茶碗に描いていたのだろうと、当時に思いを馳せてみたんですね。
和食器の絵付けは室町時代や安土桃山時代、江戸時代などから見られます。そしてその時代は、大多数の人が今よりも物理的に生きるのが困難だった時代です。例えば草花文様には繰り返す命を尊ぶ思いや自然の賛美を込めて、吉祥文様には日々の安寧や明るい未来を願って、といったように、うつわに絵を描くということは、豊かさへの、つまり好日への祈りだったのではないかと考えるようになりました」
食べることに苦労したり、争いが絶えなかったりした時代。うつわの絵柄からは「不安の伴う毎日に、少しでも幸せを感じられるように」という、当時の人たちの願いや想い、そして忘れずに持ち続けた遊び心を感じたと榎本は続けます。
「そうやって、さまざまな絵付けを知っていくにつれ、当時に込められた願いや想いは今の私たちにとっても、同じように必要とされるものではないかと思うようになりました。
今は物質的には豊かになったけれど、一方、疫病の流行や世界で起きる悲しいニュースなど先の見えない時代でもあります。日々の安寧への想いは強くなっていて、昔の人々が願ってきた祈りを今を生きている私たちも感じ始めているんじゃないかなと。
そんな風に考えて『かつての人たちが大切なものをすくいあげて、祈りや畏敬の念を込めて描いたように、現代の職人さんたちと好日に寄り添うお茶碗を作ってお客さんと一緒に味わいたい』と、好日茶碗のコンセプトに至りました」
過去と地続きにある、多様性を大事にした12絵柄
コンセプトが決まったら、次は一緒にものづくりをしてくださるつくり手探しと、絵柄の検討です。
榎本が今回、つくり手との関係で大切にしたのは「共創」というキーワード。
「中川政七商店のデザイナーが考えたものを、ただ作ってもらうのではない関係性に挑戦したい」と、それぞれが得意なデザインや、普段のものづくりの延長にある絵柄を咀嚼しながら、二人三脚で歩みを進めていきました。
「つくり手の喜びを感じられるようなうつわを、お客さんに楽しんで使ってもらいたい」。そこにも、好日茶碗らしいこだわりがあるのです。
肝心の絵柄はというと、榎本いわく“1000本ノック”のように、まずはひたすら案を考えていきました。ここでも、好日茶碗だからこそのこだわりが。
「ご飯を食べるのって、毎日の営みじゃないですか。食事のうつわで『好日を感じるってどういうことかな』と考えていくと、過去と地続きの毎日が表現されていることだと結論に至って。それで、絵柄を考える際には『昔の人が引き継いできたデザインのうえにあるもの』を共通のテーマとして置きました。
もちろん奇抜な絵柄が描かれたうつわも一つの価値だとは思うのですが、過去との地続き感で考えると断たれてしまう。だから、好日茶碗の絵柄は、日本を含むアジア圏で昔から描かれてきた模様や、暮らしのなかで手の届きそうな自然や植物から考えたいと思いました。それらのモチーフにこそ、身近なものへ愛おしい眼差しを持って未来を願ってきた、絵柄の本質があるのではないかなって。
うつわに絵が描かれてきた理由を考えると、『願いを届けたかった・伝えたかった』という、つくり手の想いがあると思うんです。そうやってつい、ものを描いてしまう行為って、ものづくりの原点なんじゃないかなと。そこから離れないようなお茶碗を作りたいとこだわりました」
6つの窯元・作家と共に作り上げている好日茶碗。多様性を楽しんでいただけたらと、表情も形も、三者三様ならぬ六窯元六様で本当にさまざまです。
「例えば『染錦稲穂雀(そめにしきいなほすずめ)』『染錦山水遊鳥(さんすいゆうちょう)』を作ってくださっている渓山窯さんは、有田の窯元です。染付と色絵が得意で、作られているものはすべて手描きで絵付けされています。渓山窯さんは、やらないことをきっぱり決めてものづくりに臨んでいる姿勢が面白い。理由を聞くと『めんどくさがりやだから』と冗談で言われるのですが(笑)、つっこんで聞いてみると、せかせかしないで作るのを大事にされているんですね。
代表の篠原祐美子さんは、幼少期にご自身のおじいちゃん、おばあちゃんが工房で仕事をしているすぐ隣で遊びながら育っておられて、その空気感がとても好きだったそうです。『その時の空気感を残したものづくりをしたい』と願って今もものづくりをされていて、できあがるものもゆったりしている。日ごろの姿勢が、作り出すものにも表れているなと感じています。そんな風に、窯元さんそれぞれの特徴も感じながら手に取っていただけると嬉しいですね」
毎日の食卓から、日々の幸せを願って
それぞれに個性を持つお茶碗は、実は高台の裏やお茶碗の底に絵が入っている品も。食器を洗う時間など、食卓に並んでいるとき以外にも出合いや発見を用意しました。
どれにしようか迷ってしまうところですが、最初のインスピレーションや他のうつわとの相性、何よりご自身の食卓が楽しくなりそうかなど、ぜひいろいろな視点で心ゆくまでお考えいただき、とびきりの一つを迎えてください。
「絵があることによって気持ちが和んだり、無地のうつわにはない感情の動き方があったりするのを感じていただければと思います。ご飯を盛る前に食卓に並んでいるさまや、食器棚に置いて光が差している景色もいいですよね。でも、お茶碗は使っているときが一番美しい。気に入ったものを日常でぜひ、たくさん使ってください」
日々是好日。
ほかほかのご飯と、お茶碗に描かれた幸せな景色が、皆さんの毎日を少しでも「好日」にしてくれたらと願いを込めて。一つひとつ、少しずつ異なる手しごとならではの表情を、自分だけのお気に入りとして長くお愉しみください。
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文:谷尻純子