「草木っておいしいの?」日本の“可食植物”座談会【奈良の草木研究】

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工芸は風土と人が作るもの。中川政七商店では工芸を、そう定義しています。

風土とはつまり、産地の豊かな自然そのもの。例えば土や木、水、空気。工芸はその土地の風土を生かしてうまれてきました。

手仕事の技と豊かな資源を守ることが、工芸を未来に残し伝えることに繋がる。やわらかな質感や産地の景色を思わせる佇まい、心が旅するようなその土地ならではの色や香りが、100年先にもありますように。そんな願いを持って、私たちは日々、日本各地の作り手さんとものを作り、届けています。

このたび中川政七商店では新たなパートナーとして、全国の里山に眠る多様な可食植物を蒐集し、「食」を手がかりに日本の森や林業に新たな価値を創出する、日本草木研究所さんとともにとある商品を作ることになりました。

日本の森にまなざしを向ける日本草木研究所と、工芸にまなざしを向ける中川政七商店。日本草木研究所さんの取り組みは、工芸を未来へ繋ぐことでもあります。

両者が新商品の素材として注目したのは、中川政七商店創業の地である奈良の草木。この「奈良の草木研究」連載では、日本草木研究所さんと奈良の草木を探究し、商品開発を進める様子を、発売まで月に1回程度ご紹介できればと思います。

連載2回目となる今回のテーマは「草木っておいしいの?」。草木“素人”の中川政七商店 編集チーム・上田と白石が、日本草木研究所代表の古谷さんに、草木を食べることについての素朴な疑問をいろいろとぶつけてみました。



普段の暮らしで食べている“日本の草木”

中川政七商店 上田(以下、上田):

今日はよろしくお願いします。座談会のテーマが「草木っておいしいの?」ということで、まずは自分の経験で普段から食べている日本の森の草木を振り返ってみたんですけど、山菜をのぞけば山椒とか桜の花とかくらいで。

日本草木研究所 古谷さん(以下、古谷):

そうですよね、普通はそうだと思います(笑)。山椒は、スパイス類をほぼ輸入している日本が唯一、世界に輸出しているスパイスです。日本草木研究所は山椒のように日常的に食べられる「ネクスト山椒」を探しているといっていいかもしれません。

日本の森のなかって実は、和スパイスや和ハーブといえる食べられる草木が色々あるのに、今は全然知られていません。私たちはそれを多くの方に届けて、日本の森の価値をもっと上げたり、林業従事者の新たな仕事になったりしたらいいなと考えて活動をしています。

日本草木研究所 代表 古谷知華さん

上田:

「日本の草木を食べる」って面白いなとは思うんですけど、具体的に日本の草木ならではの良さってあるのでしょうか?

古谷:

例えば日本のスパイスって和食に合うんですよ。西洋のハーブを和食に加えると、スパイスのパンチが強くて西洋の料理っぽくなりがちなんですけど、和ハーブや和スパイスだと和食に入れても和食のままなんです。和食ならではのやさしい味とかだしの風味が引き立つというか。

上田:

確かに「気候や風土が近い食材は合う」って、普段の自分の暮らしからもイメージできますね。

中川政七商店 上田

中川政七商店 白石(以下、白石):

最近、我が家では草木でお茶を作ることにチャレンジしてます。使うのは松の葉とかねこじゃらしとか。子どもがSNSで見たのがきっかけで作ってみたんですけど、飲んでいると「こんな味あるんだ」とか「こんなすっきり飲めるんだ」とか、意外な発見がたくさんあって面白いですね。

古谷:

そうですよね。草木をそのまま乾燥するだけなのか炒って使うのかでもお茶の味は全然違って、炒るとよりおいしくなると思います。そうやって「食べられないと思っていたけど実はおいしい植物」ってたくさんあって、それを知ったときの皆さんの反応をいつも嬉しく思いながら拝見してるんです。

上田:

偶然なんですけど私も最近、雑草茶に興味があって。去年、弊社の新商品お披露目イベントの企画としてイベント来場者にお茶を振る舞う機会があったんです。そこでは普通のお茶を出すんじゃなくて、雑草をお茶にして飲んだり振る舞ったりしている方に来ていただいて、そのときの商品と関連するエリアである東北の山に育った雑草をお茶にしてもらいました。

それからすごく雑草茶に興味が出て、今年は山に雑草を採りにいきたいなと思ってるんですけど(笑)、そもそも「食べられる・食べられない」ってどうやって見分けてるんですか?

古谷:

何の変哲もない答えで申し訳ないんですけど、味です(笑)。毒があるかないかは足きりラインで、そこからは積極的に食べたいかどうかですね。森に入って、とにかくちぎっては食べを繰り返してます。

あと、例えば香りは良くても繊維質なものは食べにくいとか、そういった「食品としての食べやすさ」は、食べられるかどうかの基準になるとは思います。

白石:

そのまま食べる場合も、調理して食べる場合もあると思うんですけど、定番の調理法ってあるのでしょうか?それぞれの植物ごとに合う調理法についてはどのように探られてるんでしょう。

中川政七商店 白石

古谷:

基本的な調理法は乾燥、塩漬け、発酵、蒸留ですね。例えば、香りはいいけど食べたら苦いヒノキのような植物は、香りだけを抽出したいから蒸留することが多いです。あとは木の実のように普通に食べられるものは乾燥させたり発酵させてみたりして、そのまま食べる選択肢をとることが多いですね。でも、全然難しいことじゃないんですよ。私が特殊な舌を持っているのではなくて、たぶん皆さんも食べてみたら分かると思います。

味も香りも豊かな、日本の森に育つ植物

上田:

今日は目の前にいろいろな日本の草木をご用意いただいてますね。食べてみてもいいですか?

古谷:

ぜひ!食べてみてください。これは沖縄に生えている日本の胡椒。コショウ科コショウ属の植物で、噛んでいくと後からピリッと辛みがきます。

白石:

コショウ科コショウ属。呪文みたいで楽しいですね(笑)。確かにじわじわ辛みが来ます。お酒のアテにも良さそう。

上田:

うん、おいしい。‥‥あっ、辛いです(笑)。

沖縄で採れる日本の胡椒「沖縄胡椒」

古谷:

こっちは本州に生えている胡椒を塩漬けしたもので、さっきの胡椒と違って全然辛みがないんです。日本には二種類の胡椒があって、それがいまご説明した二つ。本州に生えている方は一般的に知られている胡椒の形に近いんですけど、お伝えした通りまったく辛くなくて。だから使われてこなかったのかなと思います。見た目は私たちが知っている胡椒に近いのに、味は違う。面白いですよね。

本州で採れる日本の胡椒「フウトウカズラ」

古谷:

これはアオモリトドマツという青森に生えている木で、「木を食用品にしても面白そうだ」と思ったきっかけになった植物です。ベリーみたいないい香りが特徴で。

上田:

ほんとだ、甘いですね。じゃあ森に行くとベリーの香りがするんですか?

古谷:

乾燥しないとこの香りにはならなくて、最初はかぼすのにおいなんですよ。そこから変化してこの香りになっていくんです。

古谷:

こちらは日本版のシナモンの葉っぱ。だいぶスパイスっぽい香りがすると思います。甘さはあんまりないかな。うちではいま日本のスパイスで作るカレー粉を開発してるんですけど、それにたくさん入れています。あと、こっちはヨモギの花。どこかで香ったことがあるような、海外のハーブっぽい香りがしますよ。

白石:

確かにどこか記憶にある香りですね。よく知ってるヨモギの香りじゃなくて、ハーブ感が強い。

古谷:

これはアブラチャンというクロモジの仲間の実なんですけど、レモングラスみたいな香りなのでトムヤムクンを思い出すかも。

上田:

あぁ~!わかります、おいしそうなにおい。植物の味って、香りで想像できるものですか?

古谷:

それが難しいんですよね。香りと味って全然違っていて、いい香りがしていても食べたら苦い植物もあります。反対に香りも味も良いものもあるし、それがどうしてなのかはわからないんですよ。だから食べてみないとわからなくって、結局、非科学的な説明しかできないんです(笑)。

上田:

今まで食べたなかで一番おいしかった植物は何ですか?

古谷:

選ぶのが難しいですけど、さっきご紹介した沖縄の胡椒かな。ちなみに沖縄の胡椒は、粉末の状態では少しだけ国内で流通しているんですけど、生の状態のままご提供しているのは今のところうちだけだと思います。刻んでオイルパスタに入れたり、ポテトサラダに混ぜたり、いわゆる胡椒の代替として使えますよ。

これまで食べた草木は「100種類ほど」

上田:

これまでにだいたいどのくらいの種類の草木を試されたんですか?

古谷:

どのくらいだろう‥‥。食べようと思って試したのは、100種類くらいかもしれないです。
もちろん植物の種類はもっとたくさんありますが、いい香りのしない植物がすごく多くて。基本的に森のなかに入るとひたすらちぎりながら歩いてるんですけど、だいたいはよくある青い葉っぱの香りで、「なにこれ!」みたいな驚きの香りのものはなかなかないんですよ。

ただ、一つの植物でも花と葉と実では別の香りがするので、一種類から5つの香りがとれることもあります。例えばクロモジは葉の香りがよく知られていますが、3月の後半に咲く花からは杏子と鉄観音茶みたいな香りがして、すごくいい香りなんです。そんな風に、植物って時期によって香りが違って本当に奥深いんですよ。

上田:

日本草木研究所さんが出されている商品には、どんな草木が使われてるのでしょう。

古谷:

先ほどご紹介したカレー粉だと、柑橘系の強い香りが特徴のキハダの実や、シナモンの葉っぱ、あとは月桃も入ってますね。この「草木塩」だとアブラチャンの実の皮とヨモギの花、青りんごやバジルのような香りがする杉の新芽、他には月桃の葉に柚子の皮、山椒の葉も入ってます。

ちなみに草木塩はステーキに添えるとお肉の脂をさっと流してくれて、すごく合うんですよ。ヨモギの苦みとか、柚子や山椒の爽やかさがいい仕事をしてくれます。

白石:

「草木を食べる」と言われたらちょっと驚いちゃいますけど、古谷さんの説明を一つひとつ聞いているとおいしそうだし、身近に感じました。わりと身近なヨモギでも、葉と花で味に違いがあるなど、知れば知るほど興味がわきますね。

古谷:

嬉しいです!ちなみに、実は今まで日本草木研究所ではヨモギをあえて取り扱ってこなかったんですよ。意外性が少ないから、自分たちの取り扱い対象じゃないかなって。でもヨモギについて掘り下げていくと「これは扱わないと」と思うようになり、最近使い始めました。

ヨモギって、思っている以上に日本人の暮らしに密接な植物なんです。殺菌効果があるので、昔は山仕事をしていた人がケガをするとヨモギの葉をちぎって消毒したり、水がない場所ではヨモギをこすって手を洗ったりしたそうで。あと、沖縄では豚肉と一緒に煮込んでくさみをとったり、本州でもお酒と一緒に漬け込んで消毒液を作ったりされてきました。

そんな風に私たちの暮らしのすぐそばにあったのに、最近ではヨモギ餅くらいでしか食べないですよね。なんかおいしくないイメージもあるじゃないですか。でも摘み立てのヨモギってオレンジとローズマリーを合わせたすごくいい香りがするんですよ。

私たちにとって身近だけどポテンシャルが失われているような草木も、日本草木研究所で扱う意義があるなと思うようになって、最近はまっとうに使われてきた植物に、もう一回焦点をあてるようなこともしたいと思ってます。

白石:

今さらそもそものところを伺うんですけど、日本草木研究所さんが言う「草木」は、山や森に生えている植物全部のことを指すんでしょうか?

古谷:

そうですね、山の恵みすべてを対象にしています。ただ、個人的には山菜やたんぽぽのような既に食べられてきたものよりも、今まで食べられてこなかったけど、実は西洋ハーブやスパイスの「代替ができるもの」に興味があって。例えばクミンの代わりになる植物とか。

日本のスパイスの味ってさりげなくてやわらかいので、海外産のハーブより食べたときのインパクトは弱いものが多いんですけど、それらをかけ合わせることですごくおいしい調味料ができたりするんです。だからまずは、皆さんが使っているスパイスやハーブを日本原料のものに代えることに挑戦していけたらなって思ってますね。

上田:

確かに「おいしい」の感覚って、知っている味からの方が想像しやすいというか、受け入れやすいかもしれないです。興味がわきやすいのかな。

古谷:

わかります。まったく新しい植物だと食文化として広めていくのがすごく大変なので、代替の提案でまずは知っていただけたらなと思いますね。

白石:

ちなみに草木を食べることに、林業従事者の方や山主さんはどんな反応ですか?

古谷:

最初は「そんなことするの?」って反応ですね(笑)。でもご一緒しているのは新しい取り組みを応援してくださったり、期待をかけてくださったりする方々ばかりなので、皆さん面白がっていろいろ教えてくださいます。

奈良の草木の特徴

白石:

地域の気象条件や気候によって、育つ草木はわかるものですか?

古谷:

そうですね、わかるものもあります。でも実は本州って7割がた植生が一緒なんですよ。だから例えば奈良と山陰地方でもあまり変わらなくて。そのなかで暖かい場所に生える草木があったり、山のなかに育っているものがあったりといった感じです。

上田:

今回ご一緒する商品では、奈良の草木を使っていただく予定ですよね。奈良ならではの草木の特徴はあるのでしょうか?

古谷:

天然で生えているかはさておき、柑橘類のキハダと橘が奈良にはたくさん生えていますよね。キハダは実は、漢方にも使われるような植物です。もともと日本で多く使っていたのはアイヌ民族と言われていて、アイヌの人たちは煮込んで使っていたそうです。食べるとすごく苦いんですけど、煮込み続けると急に甘くなる瞬間があるんですよ。栄養価が豊富なので、彼らの生活に欠かせなかったと聞きました。

それらの木々って今はもう全国的にあまり見ないんですけど、奈良には今もたくさん育っています。奈良って薬草の産地で、漢方が昔から作られてきたじゃないですか。だから、キハダの実や橘も昔から育てられたり漢方に使われたりしていたといわれてます。

カレー粉やクラフトコーラに隠し味的に入れるといい苦みを出してくれるんですよ。

奈良で育てられている大和橘(橘の別名)の実

上田:

大和橘といえば、日本最古の柑橘ともいわれますよね。準絶滅危惧種になってしまいましたが、奈良でその復活を目指して育てられている取り組みも耳にします。今回の商品にも入るのかな?楽しみです!

古谷:

「日本の草木を食べる」という言葉を聞くとびっくりされてしまうかもしれませんが、日本の森には味も香りも豊かな植物がたくさん眠っています。それらを伝えることが、森の価値を上げることにもなるし、皆さんと日本の森の距離がもっと近づくきっかけになるかもしれません。ぜひ興味を持つ機会になるような商品を作っていけたらと思います!


<次回記事のお知らせ>

中川政七商店と日本草木研究所のコラボレーション商品は、2024年の夏頃発売予定。「奈良の草木研究」連載では、発売までの様子をお届けします。

次回のテーマは「奈良の山探究」。日本草木研究所さんと中川政七商店スタッフが奈良・吉野エリアの山に分け入り、林業の現在や奈良の森が持つ課題、そこで育つ草木について学んできました。ぜひお楽しみに。

<短期連載「奈良の草木研究」>

文:谷尻純子
写真:奥山晴日

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