「美濃に還元できる商売を」。和紙糸で可能性を拡げる、美濃和紙・ 松久永助紙店
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私たちの暮らしを支えてきた、日本各地の様々なものづくり。
それらがさらに百年先も続いていくために、何を活かし、何を変化させていくべきなのか。ものづくりの軸にある「素材や技術」に改めて着目し、その可能性を探るため、中川政七商店がスタートさせた試みが「すすむ つなぐ ものづくり展」です。
今回のテーマは「和紙」のものづくり。
古くから、文字を書き記すための道具にとどまらず、茶道の懐紙、障子や襖紙、提灯、紙幣、祭事の道具など、暮らしのあらゆる場面に使用されてきた和紙。
今や時代はうつろい、洋紙の登場やライフスタイルの変化を受けて、暮らしの中で和紙を見かける機会は少なくなってしまいました。
そんな中でも、和紙が持つ素材の魅力、職人の技術には、今の日本の暮らしを豊かにする可能性がある。そう信じて和紙と向き合い、各産地で挑戦を続ける作り手たちがいます。
和紙のイメージをぐっと広げるもの。和紙本来の魅力を再認識できるもの。
今まさに新たな挑戦が”すすむ”ものづくりの現場を取材し、百年先へ和紙を”つなぐ”ためのヒントを伺いました。
美濃和紙の産地、「うだつの上がる町並み」へ
訪れたのは岐阜県美濃市にある「うだつの上がる町並み」。伝統的建造物群保存地区に選定されたその地には、晴れた日には深緑をたたえた山々を、また雨の日には山の稜線が霧に霞んだ何とも幻想的な景色を背景に、趣ある町家が建ち並びます。
長良川の近くに位置するこの地域は古くから和紙業で栄えた場所。日本三大和紙とされる「美濃和紙」に関連する企業が今も多く商います。
「美濃で和紙の産業が栄えた大きな要因の一つに、長良川や板取川といった清流に恵まれた場所であることが挙げられます。私たちがお店を持つこの地域は長良川がすぐそばにあり、主に問屋街として発展してきました。もう少し川の上流には和紙職人が集まるわらび地区という場所もあります。
昔は上流にいる職人さんが漉いた和紙を船に乗せて川を下り、ここからすぐの灯台がある港に降ろして、馬車で問屋街に運んでいました。そうして問屋が選別したり加工したりして商品化して、それをまた船に乗せて岐阜市や名古屋市、大阪、東京など全国に流通を回していったんです。うまく商流にのせやすい仕組みがあったんですね。
岐阜市の方では和傘や提灯のような和紙を用いる産業が盛んだったので、売り先もたくさんありました。それが産地として強かった理由かなと思います。そのなかで問屋の商人も育っていき、今でも和紙の大きな産地として何とか残っているんじゃないかなと」
お話を聞いたのは、この場所で和紙問屋として商う松久永助紙店の松久恭子さん。明治9年に創業し、現在は5代目となる恭子さんを中心に、昔ながらの和紙の他、和紙雑貨や和紙糸、紙布、また和紙糸を使った生活雑貨などを扱っておられます。今回、中川政七商店とともに同社の和紙糸を使った洋服や服飾雑貨づくりにもお力添えをいただきました。
「水の工芸」とも呼べるほど、きれいな水が欠かせない和紙づくり。長良川の役割は運河にとどまらず、紙漉きに欠かせない原材料としても重宝されました。美濃の地域は山々から流れた水や川の伏流水など、水に恵まれたことも和紙産業が広がった理由と言えます。
「基本的には井戸水を使って漉くんですけど、同じ地域の和紙でも山側の水を使う職人と、川の伏流水を使う職人がいます。井戸の水源が異なるんです。それぞれの作る和紙は紙質がちょっと違うなんて話も、聞いたことがあります」
先にお伝えした通り、国内でも有数の和紙の産地である美濃。その歴史は古く、正倉院に保管される日本最古の戸籍謄本にも美濃和紙が使われていたほどです。また高い品質も誇り、中でも「本美濃紙」と呼ばれる和紙を漉く技術は、ユネスコ無形文化遺産に登録されています。
しかし他の工芸に漏れずこの地域でも事業者数は減少の一途で、生産者戸数は最盛期の4,768戸(※)から、今やその数は100分の1以下となっています。そうやって産地のものづくりが徐々に減りゆくなかで、松久永助紙店は紙糸を一つの柱としながら新しいものづくりに挑戦をしてきました。
※参考)中川政七商店「美濃和紙とは」
薄くて丈夫。美濃ならではの和紙の良さを活かし、和紙糸に
大きくは本美濃紙、美濃手すき和紙、美濃機械すき和紙の3種類に分けられる美濃和紙。
特筆すべきその魅力は、薄くてムラがないため、やわらかく繊細な風合いを持つとともに、一方で強靭な耐久性も兼ね備えているところにあります。私たちの身の回りでは、表具(障子、襖、屏風、掛け軸など紙や布を張って仕立てられるもの)のような伝統的なプロダクトから、照明器具やインテリア、小物などの日用品まで様々なものに使われてきました。
「美濃和紙の特長を可能にしているのは“技術”。手漉きであれば職人の技術ですし、機械漉きの場合は原料の配合や機械の調整の技術ですね。当社で扱う和紙糸ももちろん、この強みを活かしたものになっています。
和紙糸はそこから編んだり織ったりを重ねるので、薄くて丈夫で切れにくく、なおかつ細いものができないと、いろいろな製品に展開できないんです。うち以外にも様々な地域で紙糸を作る企業さんはあるんですけど、懇意にしている加工会社さんからは『美濃の紙糸が一番切れにくくて扱いやすい』と言っていただけることが多いですね。それは長年の技術が大きいのかなと思っています」
和紙問屋として創業した松久永助紙店も、長らく和紙の障子紙や壁紙などを中心に扱ってきましたが、転機は30数年ほど前。恭子さんのお父様が代表を務める製紙会社・大福製紙が紙糸を開発したことにありました。もともと機械漉きで西陣織に使われる金糸や銀糸、またマスキングテープなどの薄くて丈夫な和紙を手がけてきた大福製紙は、その流れで紙糸の開発にも乗り出したそうです。
そして10年ほど前に松久永助紙店を恭子さんが任されるようになった後、大福製紙の技術を活かしながら、紙糸の卸や紙糸を使った商品の開発に注力をし始めました。
「なぜ紙糸だったのかというと『やらざるを得なかった』というのも正直な背景ではあるんです。当時から和紙自体の問屋としての仕事は本当に右肩下がりで、需要も減ってきていて。もう少し人の目にとまるようなものづくりをしたいと考えたときに、紙糸ってまだすごく珍しいなって。
紙糸自体は昔からつくられていますし、洋服の素材として使われてもいたんですけど、とはいえ多くの方は知らないですよね。それは恐らく今よりも技術がなくてつくれるものの幅が狭かったことや、ものづくり自体の難しさから手がける企業が少なかったことなどが理由にあると思います。
他に、和紙糸に注力した理由は商品展開の点もありますね。どうしても和紙だと商品の幅に限界があったのですけれど、紙糸だとつくれるものの幅が広くなるので、購買層の範囲も広がるなという想いがありました」
紙糸の卸に加え、恭子さんが力を入れたのはオリジナル商品の開発。それまではタオルや靴下程度のラインアップでしたが、手探りでポーチやスタイ、アームカバー、アクセサリーなどに展開を重ねていきました。
「和紙糸って実はすごく機能的で。人にも環境にもやさしいですし、吸放湿性に吸水力、軽さ、消臭性、抗菌性も持っています。通気性もいいし、抗ピリング性もあるので洋服の風合いが保てるのもいいところ。紙なので水に弱いイメージがあるかもしれませんが、ちゃんとご家庭でお洗濯もしていただけるんですよ」
美濃と美濃和紙に還元できる商売でありたい
和紙とともに和紙糸を柱にするようになって10年と少し。少しずつお客さんの反応にも変化がありました。
「興味を持ってくださるお客様の幅は増えたと思います。『これ紙なの?』って、やっぱり目を引くんですよね。和紙から紙糸の商品まで面で展開することで、和紙であると理解もできるし驚いてもいただけるのかなと。最近はオンラインショップやSNSなどからお声がけを頂戴し、海外のショップに置いていただける機会も増えてきました。
一度使ってくださったお客様が良さを体感してリピートしてくださったり、口コミを聞いて購入いただけたりといったことも増えてきたんです」
そうしてオリジナル商品を手に取るお客さんが増えてはきたものの、「松久永助紙店として目指すのは決して、自分たちの名前が前に立つことではない」と恭子さん。
「『これが和紙なの?』と興味を持っていただく先に、美濃和紙や美濃に興味を持ってもらえるきっかけづくりをやっていきたいと思っているんです。うちは初代からずっと美濃で美濃和紙を扱ってきて、『美濃和紙に助けられて、でもこちらも助けて』というような商売の仕方をしてきました。そんな歴史もあるので、事業を続けるうえで美濃や美濃和紙に還元していけるような商売ができないと、そもそも商売をやる意味がないんじゃないかと感じているんですよね。
だから他の企業さんとコラボレーションして商品開発をするときも、なるべく美濃和紙を前に出してほしいと伝えます。普通に生活していると和紙に触れる機会はあっても、その産地を考える機会ってなかなかありませんよね。だから、うちが美濃和紙を前に出すことで、産地にちょっと触れたり考えたりしてもらえるきっかけになればいいなって。
美濃和紙や紙糸がいろいろな使い方をされれば、自然とたくさんの方の目に触れる機会も増えます。うちはその一助を担いたい。長くやってきたなかで和紙のこともわかりますし、糸のこともわかります。ものづくりを繋げるのが強みと考えたら、それってまさに問屋業ですよね。『松久永助紙店に聞けば、面白い和紙のプロダクトができる』という立ち位置になれたらいいかなって。そのためにも、目を引く自社商品を作っていきたいなと思っています」
古い町家が並ぶ産地の景色のなかで、変化と進化を続けながらも伝統に還元していく松久永助紙店。その和紙糸から生まれるプロダクトは、繊細で洗練された印象のなかに、どこか懐かしさのあるあたたかい風合いと、やわらかな手ざわりが魅力です。
今と昔を身に纏う。機能的でありながら心も満たすその製品に、和紙の未来を背負う美濃の矜持を感じました。
文:谷尻純子
写真:田ノ岡宏明
※松久恭子さんインタビュー写真は企業提供
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