デジタルとアナログで“今”に向き合う。和紙の表現を広げ続ける・和紙工房「りくう」

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私たちの暮らしを支えてきた、日本各地の様々なものづくり。

それらがさらに百年先も続いていくために、何を活かし、何を変化させていくべきなのか。その可能性を探るため、ものづくりの軸にある「素材や技術」に改めて着目し、中川政七商店がスタートさせた試みが「すすむ つなぐ ものづくり展」です。

今回のテーマは「和紙」のものづくり。

古くから、文字を書き記すための道具にとどまらず、茶道の懐紙、障子や襖紙、提灯、紙幣、祭事の道具など、暮らしのあらゆる場面に使用されてきた和紙。

今や時代はうつろい、洋紙の登場やライフスタイルの変化を受けて、暮らしの中で和紙を見かける機会は少なくなってしまいました。

そんな中でも、和紙が持つ素材の魅力、職人の技術には、今の日本の暮らしを豊かにする可能性がある。そう信じて和紙と向き合い、各産地で挑戦を続ける作り手たちがいます。

和紙のイメージをぐっと広げるもの。和紙本来の魅力を再認識できるもの。 今まさに新たな挑戦が”すすむ”ものづくりの現場を取材し、百年先へ和紙を”つなぐ”ためのヒントを伺いました。

和紙の儚さ・柔らかさ・繊細さ・温かみを現代の表現に変換する

愛媛県西部に位置する山あいの町、西予市宇和町明間(あかんま)地区。名水百選にも選ばれた「観音水」が湧くこの地域で、新たな和紙作りに取り組んでいるのが、和紙デザイナーの佐藤友佳理さんです。

観音水

高校卒業後、一度故郷を離れてロンドンでモデルとして活躍。東京でデザインを学んだ後に愛媛に戻り、自身の祖父母が暮らしていたという家に「和紙工房りくう」を開きました。

和紙工房りくう

「和紙という素材を用いたものづくりに向き合い、約15年が経ちました。その間、私が常に考えていたのは、どうすれば今の時代の人たちに好んでもらえるものが作れるか、ということです」

和紙を“残すこと”自体を目的にするのではなく、まず第一に、きちんと時代に求められるものづくりであること。そう考えて、日々ものづくりに取り組んできたといいます。

和紙デザイナー 佐藤友佳理さん

「現代の住環境の中で、和紙というものは段々見られなくなっています。でも、その素材の魅力である儚さ・柔らかさ・繊細さ・温かみといったものは、時代を問わず、私たちの精神に寄り添ってくれるものだと思うんです。

その素材の魅力を、いかに現代的な表現へと変換し、磨き上げられるか。

そこで自分には何ができるだろうと考えて、新しい素材や、デジタルファブリケーション*など新技術を加える形で日々研鑽しています」

*デジタルファブリケーション:デジタルデータをもとに、なにかしらの創造物を制作する技術のこと
和紙の原料である楮(こうぞ)

現代の暮らしに求められる和紙づくり

その言葉の通り、「りくう」では、ゼオライトという鉱石を用いた「呼吸する和紙」や、3Dプリンターを活用した「立体手漉き和紙」など、これまでにない形状や表現で、現代の暮らしに求められる和紙の可能性を追求してきました。

(c)ITOMACHI HOTEL 0   photo by Yoshiro Masuda
(c)ITOMACHI HOTEL 0   photo by 山山写真館
愛媛県鬼北町の泉貨紙(せんかし)保存会の協力の元、デジタルファブリケーションを駆使し、立体的な和紙の表現の幅がぐっと広がった

「手仕事の世界では量を追い求めることが難しいので、価格の折り合いがつかないケースも多くあります。その結果、生業として立ち行かなくなったり、後継者不足の問題が起きてしまったり。

『りくう』が目指したのは、小〜中量生産で、見たことのない新規性があるものや、心の癒しに作用するような品質の高いものをご提供するということでした。

少々高価でも、皆さんに納得して頂けるような価値のあるプロダクトを作ることを心がけ、そこに共感してくださる方の元へ届ける。それが、『工芸』が生き残る一つの道だと思っているからです」

耐熱ボトルで楮を約2週間漬けこむことで、ゼオライト鉱物が楮繊維に付く
ゼオライト鉱物が付いた状態の楮を観音水に溶かし、和紙を漉くことで、「呼吸する和紙(ゼオライト和紙)」に。湿度調整や消臭機能、独特の透明感などの付加価値を和紙にもたらしている

3Dプリンティングで広がる和紙の表現

そんな中、主に3Dプリンティングの技術を用いて「りくう」のものづくりを支えているのが、佐藤さんのパートナーでもある寺田天志さん。

寺田さんは東京都文京区にある都立工芸高校で、アナログとデジタル双方を行き来するものづくりを学び、一旦は3Dモデラーとして企業に就職し、車の3Dモデリングを担当。次第に、その技術を活かして自分の手でものづくりがしてみたいと考えるようになり、その手段として当時登場したばかりの3Dプリンターに着目しました。

その後、徳島県神山町に移住。3Dプリンターを用いて、国の重要無形民俗文化財にも指定されている「阿波人形浄瑠璃」のプロジェクトに携わるようになります。

寺田天志さん

「最初に 浄瑠璃人形を見たときに、カシラの形状が車の形状と似ていて、車のモデリング技術を活用すれば『3Dプリンターで作れそうだな』と思ったんです。それで実際に作ってみて、職人さんに見せに行ってみると、『精巧にできている』と評価してもらえて。

その職人さんが凄くオープンマインドな方で、僕がプリンターで作った人形にナイフを入れて修正してくれたりして。気付いたらその人の弟子のような感じになっていました。

実際の人形師の方に受け入れてもらえて、凄く励みになりましたね」

3Dプリンターの強みは、複製ができること。寺田さんが作った浄瑠璃人形は、地域の学校の授業などにも活用されているそう。

「本物の人形は文化財で触ることができないので、3Dプリンターで精巧に作ったものを近くで見て、触ってもらい、伝統文化について知るきっかけにしてもらっています」

人形師とほぼ同様の組み立て体験ができるキットの制作に携わる

「最近では、漫画ONE PIECEが原作の新作人形浄瑠璃*でも人形を制作しました。次世代に人形浄瑠璃を継承するための、現代にフィットした浄瑠璃舞台。そこに3Dプリント技術を活用して人形を供給する現代的なメソッドが確立できたのは、人形制作の保険的な形として意義のあることだったかなと思っています」

*熊本の清和文楽館で2024年3月末~上演中(2024年7月現在)。熊本県の重要無形文化財である「清和文楽」(人形浄瑠璃)の魅力を、新しい世代や海外の方などにも知ってもらい、後継者育成等につなげるための取り組み

人形作りを通じて3Dプリンターの扱いや素材の理解を深めていった寺田さん。同時に伝統工芸の面白さにも惹かれていきました。

ちょうどその頃、「立体に和紙を漉きたくて、3Dプリンターを扱える人を探していた」という佐藤さんと出会い、「りくう」の和紙づくりの挑戦が新たな段階に進み始めました。

新たな道具、技術を手にした二人は、和紙の新しい表現をより一層追求できるようになっていきます。

「りくう」と中川政七商店が共に作った「立体手漉き和紙の一輪挿し」
寺田さんの3Dモデリング技術を活かして成型された立体のベースに、佐藤さんがひとつずつ手で和紙を漉いていく。「曲面」を漉くことは非常に難しい
少しずつ漉いて、天日干しで乾かして、また少しずつ漉くという方法で、繊維がすべての面に定着するように工夫している。非常に時間を要する作業
片面ずつ漉いていくが、気を付けないと反対の面を漉いたときにもう片面の和紙繊維が剥がれてしまう。慎重に少しずつ漉いていく
非常に繊細な設計でベースを出力している
3Dプリンターでの制作はその都度、素材や機械の設定を全て実験しながら進めていく、とても根気の必要な作業。段々とノウハウが溜まり、やれることの幅が広がってきたそう
真鍮の持ち手をつけるための穴も、すべて手作業であけている

和紙の「今」に向き合い、産地や人に良い影響を

佐藤さんは元々、和紙の産地として知られる愛媛県 内子町五十崎(いかざき)の出身。生家の近くにも和紙の工場があり、小さい頃からその存在を身近に感じていました。

「ショップもあったので、好きな便箋や巻物状の和紙を買ってきて、筆で絵や手紙を書いていました。少し絵具が滲む、あの和紙独特の使い心地が好きで。

五十崎では、毎年5月5日(こどもの日)に和紙で作った凧を上げる大凧合戦という催しもあって、図工の授業で自分の凧を作ったり、大凧に、スポンサー企業のロゴや文字を描くアルバイトをしたりして、楽しかった記憶があります」

一方で、伝統的な和紙づくりの知識や経験を積んでいない自分が、果たして和紙に関わって良いのだろうかと、凄く葛藤があったとも話します。

「愛媛に戻ってきて14年。そのことについてはずっと考え続けています。でも今は、自分には自分の役割があると、少し納得して前に進んでいるところです。

デジタルファブリケーションを取り入れることもその一つ。

デジタル技術はこれからの工芸の表現方法を押し上げ、広げてくれるものとなっていくはずです。 率先して新技術を取り入れ、その恩恵を暮らしに実装・還元していくことが、私たちにとって何よりワクワクする挑戦だと感じています」

明間集落
祖父母の家の中にも、和紙が使われている

「綺麗な水を飲ませてもらい、和紙を漉かせてもらえることを当たり前だと思わないように。豊かな自然、土地の恩恵に改めて感謝しながら、私たちが出来る目の前のことに集中し、これからも一生懸命に取り組んでいきたいと思います」

かつて、祖父母が暮らし、自身もお盆や正月に帰省した思い出の土地。そこで自分たちが「今」に向き合い、活動し続けることで、土地や工芸に携わる人たちに何か良い影響を与えられると嬉しい。 そんな想いで、「りくう」の二人はこれからも進んでいきます。

<取材協力>
りくう

文:白石雄太
写真:田ノ岡宏明

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