アイヌ工芸作家・床みどりさんインタビュー【くらしの工藝布】

2024年のくらしの工藝布は「アイヌ刺繍」をテーマにものづくりを行いました。
一見しただけで、アイヌ文様であることが分かるような個性の強いものづくり。作家さんごとにそれぞれ個性がありながら、どれもアイヌ文様だと感じる「らしさ」があるのです。その一方で、デザインにはどんなルールや意味があるのか、今回「くらしの工藝布」に携わるまで、アイヌ文様について多くを知りませんでした。
そこで、今回ご一緒にものづくりをしたアイヌ工芸作家の床みどりさんにお話を伺ってみました。

床みどりさんによって製作された、「タペストリーアイヌ刺繍 チカㇻカㇻペ」

床みどりさん

アイヌ工芸作家。阿寒湖アイヌコタンで「アイヌ料理の店 民芸喫茶ポロンノ」を開く。祖母や母から学んだアイヌ文化(料理や刺繍、織物、歌、踊り)を、家族や地域の若い世代に伝えている。


ーー刺繍はどのように学ばれてきたのでしょうか?

刺繍を本格的にやりだしたのは、結婚してから。売ってなかったんだよね、昔は。だから自分で作らざるを得なくて。もともとなんでも作ることが好きだったんですよ。毛糸で編みものするのが好きだったし。近所にアイヌの着物を作ってるおばさんもいたりして、遊びに行って見るのが好きだったんですね。昔は着物の文様を下描きするとかそういうことは一切なく、ぶっつけ本番で折り畳んだ生地をハサミで切ってて。おばさんちでも、下描きなしで直にはさみで切ってたのを見たことがあって。切り絵にしてはおかしいし、なにしてんの?って感じだった。
だから昔の人の文様は、右と左がちょっとずれてるとか色々あるみたいなんだけど、そりゃあんな風に切ったらそうなるよなぁって(笑)。昔はあれだね、ものさしとかないから、指ではかって大体で。ストーブの炭でちょっと印つけてやってたみたいだね。

ーー文様自体はどのように学ばれてきたのでしょうか?

最初は文様考えるのはやっぱ難しいですよね。でも誰もやってくれないので、あーだこーだやりながら勝手に作ったんだけど、刺繍やるようになってから文様描くのも楽しくなったんですね。だんだんと、左右対称とか、どこかに繋がってるとか、そういう色んなことを考えながら描いてると、それも楽しいなと。古い本を読んだりすると、文様に対する昔の人の考え方が分かって、知れば知るほど面白くて。文様を見ると、作った人の気持ちが分かるのも面白いんですよ。

アイヌ文様の基本のデザイン。文様提供:一般社団法人 阿寒アイヌコンサルン

ーーアイヌ文様を作る際、大切にしているのはどんなことですか?

アイウㇱとモレウとか、基本的な文様は必ずいれようと思ってます。
あとは、なるべく詰まらないように、バランスよくいれたいなと。やっぱり最初の頃は、どうしても、型にはめようとして、文様に無理があったなぁと思うんだけど、このごろは無理のない文様を心がけてるっていうか、流れるような、どこかに繋がるような文様を常に描こうとしてはいますけどね。ちょこちょこ描けばいくらでも描けるんですよ。ずっと、たくさんね。でもそういうのはあんまり。やっぱりどこかに通じる、ゆったりとして存在感のある線を描きたいなと、いつも思っていますけどね。

文様でその人の心情が分かっちゃうっていうか、子育てを必死にやってた頃は、半纏(はんてん)とか作ってもどこかに無理があるっていうか。文様を見ると、悩みながら考えたんだとか、その人のその時の心情が分かっちゃうから、なるべくおおらかな気持ちで、おおらかな文様を作りたい。詰まらないように、どこかに流れてどこまでも繋がっていって、その先も繋がるような。文様が途切れるとこで完結しちゃうんじゃなくて、こっから先もまた繋がっていけますよっていうね。
まあそれがなんかね、アイヌの誰かが書いた物語の中にもあるみたいなんだけど。魔物が人を攻撃しようとした時に文様が道に見えて、辿っていくと行っても行っても終わりがなくて、これはだめだって退散して、魔除けに繋がるんだって。だから、行き止まりじゃなくて、どこまでも繋がる文様を作りたい。

ーー地域ごとの特徴もあるのでしょうか?

そうだね、違いはありますね。なんかやっぱり着物を見ると、あぁこれは浦河の文様だね
とか、それは似てるけど三石の文様だわとか、昔はすごいはっきりしてたんですよね。でも今はもうごっちゃになっちゃった感じがするね。
阿寒湖はね、昔は人が住んでなかったから。山奥だし狩りの場所だったので、いろんな地方から人が集まるんですよ。狩りに来るところでしかなかったので、昔からの伝統的な文様っていうのはそんなに。色んなのが入り混じったっていうのが、伝統と言えば伝統かな。いまはもうこのコタン(集落)の中も、各地方から来たアイヌの人たちが住んでるっていう感じなんで、歌や踊りも、いろんな地方のが残ってる。人それぞれっていうかね、どうなんだろうね。まあもちろん一番多く残ってるのは、近くの釧路とか弟子屈(てしかが)、屈斜路(くっしゃろ)の方の文様なり着物なり歌で、それをやってるんですけどね。やっぱり観光地なもんで、みんな商売してるから、いいなって思うものは取り入れるっていうかな。そういう感覚があると思う。

ーー刺繍の図案を考える際、どのように発想されますか?

山に入って、空の中に木が伸びてるのをぼーっと見たり、幹とか枝の線を見ていたりしてると、すごいきれいだなぁって。文様を描くときに心を落ち着かせるっていうか、遊ばせるっていうか、そうしないと湧いてこないんですよね。山の中とか自然の中に行ったときの風景を思い描くと、なんとなく出てくるっていうか、線を描きたくなるっていうかね。
このごろはちょっと足が悪くなって、山に入るのが難しくなってきたんだけど、山菜を採れなくても一緒に山に行って、ぼーっと。みんなが働いてる最中、空を見ながら自由にしていると癒されるっていうか。なんにも考えないで、ぼーっとただ景色見たり自由にしているんだけど、文様を考える時に、そういう山の中のひと時を思い出すと落ち着くっていうかね、心を開放できるっていうかね。
自然の草とか木の枝とか見てるとほんと、あの線もいいなぁとか、こんなんなっちゃってとか、いろいろ思いますけどね。やっぱ木はすごく好きだね。
白樺だとかオヒョウだとか、木によっては大体同じような形をしてるんだけど、それでもやっぱり自然の中にあると、枝ぶりとか全然違うしね。まあ木とよく話するんだけどね。木に蔦が絡まってると、「あんたも大変だねぇ」とか、「どっからきてこんななってんのー」って言ったり(笑)。
早く暖かくなって、山に行きたいわ。フキがおいしいからね、こっちは。

「アイヌ文化伝統・創造館オンネチセ」にて展示されている、アイヌ文様の着物

ーーアイヌ文様の魅力はどのようなところにあると思われますか?

そうだね、なんか生きてるような、なんて言ったらいいのかなぁ… 生き物っていうか、語りかけるものがあるかなぁと思うけどね。人それぞれの自己主張っていうか。「うわぁ力強い」っていうのもあるし、「いーやーすごいねこれ」っていう、いろんなのあるから。ほんと、見ていて飽きないなと思うけどね。
やっぱり文様はその人の言葉だと思うよね。その人の想いが表れてるっていうか。見てると、この文様あっちにあったのと同じ人? あ、そうだわぁって。なんとなく、その文様の流れとか向きが似てたり。この人と話してみたいって思う時もありますね。

ーーできあがったものを見て、どのような感想をもたれましたか?

白に白なんて、考えてもいないからね。最初は私、散々文句言ってたんだよ(笑)。なにそれ、ありえないって思ってた。ただ、雪とか雪原とか阿寒湖の冬景色をイメージしてるって聞いて、あぁなるほどね、それは面白いかもって思って。阿寒湖は冬が長いからね。朝の霧氷が付いてる時間は、全部が真っ白なんだよね。枝の先まで全部。あの景色はきれいですよね。−20℃以下になると、雪踏む時の音がキュッキュって高く鳴って、雪がキラキラ光って、すっごいきれい! あの景色は私も好きだから。
昔の着物でも、藍染めの生地に藍染めの糸で文様やってる方がいて。同系色の着物もすごい
素敵でかっこよくて、私もいつかそれやりたいわぁと思って、藍染めの生地はあちこちで買ってあるから、今度はそれやりたいなって思ってるんだよね。なんでもね、なんでもやってみたい。遊び。いろいろ新しいことをやるのは面白いんだよね。

アイヌ文様の着物を着ると、しゃんとするっていうか。文様の力に守られてるなぁって、私はなんかちょっと嬉しくなるんですよ。使う方にも、アイヌ文様のもってる力を、感じてもらえたら嬉しいかなと思いますけどね。

<掲載商品>
タペストリーアイヌ刺繍 チカㇻカㇻペ(9月4日発売)

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文:上田恵理子
写真:田ノ岡宏明

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