お茶がつなぐ、人と地域と自然。耕作を放棄された茶畑の復活プロジェクト
自分が子どもだった頃、祖父母の家で親戚たちと机を囲み、のんびりと過ごす時間が好きでした。
「まあまあ、おあがり」。
そう言って祖母が淹れてくれたお茶を飲みながら、テレビを見たり、お菓子をつまんだり、大人たちの会話にぼんやりと耳を傾けたり。
特に何をするでもないけれど、それでいて所在なく感じることもない。不思議な居心地の良さがありました。こうした時に人と人をつなげてくれる媒介として、お茶の役割が大きかったのかもしれないと、今になって思います。
老若男女問わずに飲めて、気軽におかわりもできる。皆をリラックスさせて、その空間に人を留める。そんな効果がお茶にはあるのかもしれません。
産地のお茶を復活させる。健一自然農園の取り組み
そんなお茶を通じて、人と人だけでなく、人と地域と自然のつながりを取り戻す、新しい取り組みが動き始めています。
奈良県北東部「大和高原」を中心に、農薬や肥料を用いない「自然栽培」のお茶づくりをおこなう、健一自然農園の伊川健一さんにお話を伺いました。
伊川さんとともに訪れたのは、奈良県天理市の福住(ふくすみ)地区。かつては多くの茶畑があり、「福住茶」という地域ブランドのお茶も生産されていました。
「私たちは現在、福住地区の茶畑を再生するプロジェクトに取り組んでいます。福住は、学校の校章にお茶の種が描かれているほど、暮らしの中心にお茶の存在があった地域です。
しかし今では、高齢化やさまざまな要因が重なって生産者が減少し、多くの茶畑が耕作放棄地になってしまいました」
あと数年もすると、福住産のお茶が完全に失われてしまう。そんな危機的な状況に、行政からの要請もあり、プロジェクトがスタート。休耕田を地域の方々から受け継ぎ、これまでの自然栽培のノウハウを注ぎ込みながら茶畑の再生を目指しています。
今回案内していただいた茶畑もそのひとつ。およそ40年にわたって手つかずで、茶の木や雑草が人の背をはるかに超えて繁茂していました。
自然のバトンは続いていく。在来種 茶畑の復活
「まずは昨年の冬、伸びていた茶の木を刈り取って『茶の木番茶』の材料を採らせてもらいました。そして余分な雑草を取り除きつつ、あとは土が乾かないように抜いた草をそのままそこに敷いておく。やったことといえばそれぐらいで、特別な肥料などは使っていません。
そうやって自然が内包している力をサポートしてあげるだけで、見事に茶畑が回復して、今年は綺麗に新芽が出てきたんです」
一般的な挿し木で育てる方法とは異なり、ここは種からお茶を育てる「在来種」の茶畑で、中には樹齢およそ100年を超える木も残っていたのだとか。
「地域の大人も子どもも一緒に作業して、結果、100年以上前の茶の木を回復させることができました。これは大きな成果です。
在来種の畑では、木が成長した後、最終的に朽ちていく養分を使いながらまた新たな種が発芽していく。そういった自然のサイクルの上にあるので、最低限のサポートで茶畑がちゃんと続いていくという安心感があります。
『害虫はすべて駆除しなきゃ』『常に肥料で助けてあげなきゃ』というのはしんどいですよね。
そんな風にしなくても、土が生きていれば自然のバトンは続いていくんです」
不利な環境だったからこそ残る、原初の風景
伊川さんによれば、こういった場所はまだまだ地域に多く残っているとのこと。
というのも、福住地区は他産地と比べて標高が高く、お茶の収穫が遅くなるという環境にあったため、経済合理性の面で非常に不利だったのだそう。他の新茶が先に市場に出てしまうので、後発の福住茶の値段はどうしても安くなってしまいます。
そんな状況もあって、山を大々的に開発することもなく、結果、放棄地が増えて今に至りますが、そのおかげで古くからの風景が残りました。
「極端な話ですが、江戸時代とかもっと前の時代の茶園というのは、こんな風景だったのかなって思うんです。
特にここは、ずっと昔からあるお寺とお墓の裏の土地です。お寺の屋根は茅葺きで、茶畑の横には茅が生えていて、本当に昔ながらの里山の風景や生態系が残っています」
このことは、福住という土地ならではの、本質的な魅力にもつながると伊川さんは考えています。
「こうした茶畑を再生する営みの中で、お寺の住職さんだったり、古くから土地に住んでいる人だったりの話に耳を傾けて、そこに集まっている生き物の様子に目を向けていく。
そうすると、お茶本来の魅力と土地の背景・歴史が融合して、新しい価値がうまれます。
そこに光を当てていけば、この場所が必要とされることもきっとあるはず。敢えてオリジナリティを纏おうとしなくても、地域の個性が内側からあふれ出てくればいいなと思うんです」
茶畑を軸に、人と地域と自然がつながる
一方で、経済的にどのようにして続けていけばよいのかという問題は残っています。
たとえば、通常の茶畑が綺麗な畝になっているのは、機械を使って効率的にたくさんの量を収穫するためにも理に適っているから。それが在来種の茶畑になると、茶の木がぽつぽつと点在しているので手で摘み取ることになり、非常に時間と労力がかかります。
「健一自然農園では、どの茶畑でもすべて、肥料・農薬不使用の『自然栽培』をおこなっています。
その中で、畝の茶畑はやはり効率的で生産量が高いので、たとえばそちらで採れたお茶は普段のお茶として飲んでいただく。在来種の茶畑で手摘みしたものは、ハレの日のお茶としてご提案する。
どちらもやりながら、価値とコストを提示して皆さんに選んでもらえるのが望ましくて、それができる状態に、技術的にも体制的にも近づいてきているかなと思っています。
それと、こうした茶畑のことを知ってもらって、現地で茶摘み体験をしてもらうツアーを企画していくなど、産地に来て、触れてみないと伝わらない部分を伝えていく。それが私たちの役割として大きいんじゃないかと考えているところです」
かつての産地でおこなわれている、茶畑の再生プロジェクト。
そこに住む人たちにとって、土地や自然のことを改めて知るきっかけにもなり、普段何気なくお茶を飲んでいる私たちにとっては、産地の背景まで含めたお茶の魅力に気付くきっかけにもなる。そうやって、お茶をめぐるさまざまなつながりが、広く大きくなっていく可能性を感じます。
種から育った茶の木は、同じ茶畑でもまったく個性がちがう育ち方をするのだそうです。そう考えると、大きな産地単位でお茶を分類する「○○茶」という括り方はいささか乱暴な気も。
もっと細やかに、茶の木1本1本を愛でている人たちが産地にはいる。そんなことに想いを馳せながら、それぞれの立場で、お茶という植物や産地に対する解像度が上がると、お茶を飲む楽しみもより一層広がるのではないでしょうか。
「今後は、これまでやってきた『自然栽培』の経験を活かして、“健一自然農園”というよりは“福住”を主語にして、なにができるか考えていきたいと思っています。そうすると、これまで考えもつかなかった企業さんとコラボできたり、別の地域とタッグを組んだり、そんな可能性も広がるのかなと。
茶畑を軸に、人と地域と自然がどんどんつながっていって、そこに新しい価値観が生まれてくる。そうなると、素敵です。
今回、樹齢100年以上の木が再生したように、ここにある茶の木たちはきっと僕より長生きします。100年、200年、300年。ずっとこの景色が残っていくと考えると面白いですよね。大切にしていきたいと思います」
<取材協力>
健一自然農園
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文:白石雄太
写真:奥山晴日