金型屋がなぜ名刺入れを作るのか?ものづくりの町の若き会社MGNETの挑戦

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mgn 名刺入れ

こんにちは、ライターの小俣荘子です。
突然ですが、クイズをひとつ。
「完成したら手元に残らないけれど、日常的に手に入る様々な商品を作るのに欠かせないもの、なぁんだ?」
PC、オーディオ機器、車、カトラリー‥‥私たちが日々触れる様々なものが生まれる時に使われるものです。さて、何でしょう。

答えは「金型 (かながた) 」です。
金型とは、製品を作るために使う、金属でできた型のことを言います。クッキーを作るときの抜き型やワッフルプレートなどを思い出していただくと少しイメージしやすくなるかもしれません。ものづくりには欠かせない、製品ごとにオリジナルの形をした道具のようなものです。

工場の様子を映した動画などで、大きな四角い金属の板が、機械の間に挟まれプレスされると一瞬にして様々な形に切り出されたり、立体的な形に変化する様子を目にしたことは誰しもあるのではないでしょうか。一瞬の内に魔法のように素材の姿を変える金属の型。あまり身近なものではありませんが、製品を均質に生産する上でなくてはならないものです。
そんな金型ですが、日本の技術は精度が高く、世界一を誇っています。今日は、ものづくりの縁の下の力持ち、金型を作る会社の挑戦をご紹介します。

まずはこちらの動画をご覧ください!

精度の高い金型作りを誇る、株式会社 武田金型製作所の技術を一目で伝える技術サンプルです。つるりとした金属の塊から「mgn」のロゴが飛び出し、また消えたかのように元に戻ります。パーツ同士が高い精度でピタリと合っているのでこんな風に見えるのです。武田金型製作所と、その子会社である株式会社MGNET (マグネット) による、「金型のすごさをどうやって伝えよう?」という試行錯誤の末に生まれました。この技術サンプルは、インターネットを始めテレビなどのメディアで数多く取り上げられ、世の中を驚かせています。

燕三条のものづくりを発信するFACTORY FRONT (ファクトリー フロント)

見えない技術、どうやって伝えよう?

取材に訪れたのは、ものづくりの町・新潟県の燕三条にあるFACTORY FRONT。MGNETが運営するオープンファクトリー型施設です。ものづくりを身近に感じられる町の案内所として、燕三条で生まれた商品のセレクトショップ、作業を見られるファクトリーをオフィスに併設。ワークショップの開催など、一般の人々がものづくりに触れられる機会、産業を盛り上げる場を作っています。

FACTORY FRONT内のセレクトショップ
ワークショップなども行われるオープンファクトリー

この施設や、ものづくりの場としての発信アイデアは、金型屋としての課題から生まれました。
MGNETの親会社である株式会社 武田金型製作所は、精度の高い金型技術に定評のある金型工場。1987年の創業以来、主に自動車・家電・オーディオメーカーから依頼を受け、精密機械内部の金属部品や精緻な技術が必要なプロダクトの外装部品など、様々な製品をプレス成形する金型を設計・製作してきました。
米国のアップル社など、世界的なメーカーとも一緒にものづくりを行ってきた同社ですが、その凄さは一般にはあまり知られていませんでした。

金型は製品が出来上がると目には見えないもの。自社で作った金型はメーカーの工場に納品されるので実物も手元に残りません。金型自体が日常生活において馴染みのないものであり、その技術を業界の外に広く伝えるのは難しいことです。
技術の魅力を凝縮して自らの手で世界に発信していくには‥‥と試行錯誤してきたのが、武田金型製作所の跡取り息子として生まれ、MGNETを立ち上げた武田修美 (たけだ・おさみ)さんでした。

MGNET社長の武田修美さん

息子にすら理解できない自社製品

「うちが何を作っているのか、やっと理解できたのは高校生の頃でした」と語る武田さん。燕三条は、ものづくりに携わる家庭が多く「うちはハサミを作ってる」「うちはカトラリーを作ってる」などと、子どもたちは口にします。しかし金型はプロダクトではないため、理解が難しく、「うちは何を作っているんだろう?」とずっと思っていたのだそう。
また、「将来は家業を継ぐこと」が当たり前という空気が流れていることにも違和感を覚えていたと言います。「子どもの頃から家業は継ぎたくないと思い続けてきました。父の仕事が嫌だったということではなくて、当然のように家業を継ぐものと思われていることへの反抗心が大きかった。そして、家の取引先と競合する自動車メーカーのディーラーとして就職しました」
そんな武田さんでしたが、23歳と25歳のとき、2つの大病に襲われ、車を運転することはおろか、めまいがしたり、立っているのも難しい状況に。退職を余儀なくされ、土地柄、在宅の仕事も無く、かといって実家の工場で働くことも体調的に難しい状態に陥ります。「そんな中、父が『うちを手伝えば?』と言ってくれました。あれだけ反抗していた息子なのに、親の優しさだったのでしょうね」と当時を振り返ります。

デザインやソフト事業に興味があった武田さん。
「製造業に対して漠然と、このままじゃだめなんじゃないか?と思っていました。製造業は技術とこだわりを追求するプライドの世界。難しい技術も、当たり前のように見せる美学があり、その価値を知らない人に凄さを伝えるのが苦手です。そこの橋渡しというか、この価値を広く伝え届ける仕事なら自分にできるのではないか?と考えていました」

「とにかく、できることをやろう」と、ベッドで横たわりながらwebサイト作りやマーケティングについてなど独学で学び、家業に役立てようと奮闘します。

父に託されたプロダクト作り

「家業を手伝い始めて間もない頃、『最近こんなものを始めたんだ』と、マグネシウム合金でできた名刺入れを見せられました。金型屋の技術が体現されたプロダクト。金型屋の価値の伝わりにくさを僕はずっと感じていましたが、父も何か新しいことをやってみなければという危機感があったようです。動けない僕がインターネットを使ってこの名刺入れを売ってみることになりました」

父から渡された名刺入れ。金型の技術を生かしたプロダクトだった

技術を伝えるメディアとしての名刺入れ

「父から見せられた名刺入れの感想は『ふ、普通すぎる‥‥』という感じでした。
名刺入れって、ビジネスマンの多くが日々使っているものですよね。だけど、形がシンプルで機能寄りというか、さほど嗜好性も表れないものです。当時、『名刺入れといったらここ!』というブランドもありませんでした。開拓のしがいがある市場、ここを取りにいこう!と考えました。機能性・技術レベルの高い美しい名刺入れを作る。その名刺入れを通して金型屋の技術を広く伝えていこうと思ったのです」

試行錯誤を重ねて生まれた名刺入れ。ブランド名「mgn (エムジーエヌ) 」として展開中

「軽くて強度のあるマグネシウム合金を使った美しく機能的な名刺入れ作り。この素材を綺麗に成形するには、高い技術力が必要です。それを実現し、さらには、同じ金型で異なる性質の素材の名刺入れも作れるようにしました」
カラーバリエーションを豊富にしたり、表面の加工で味のある物を作るなどデザイン面でも磨きをかけます。数々のトライアンドエラーを繰り返しながら展開される名刺入れは、少しずつ市場に認められるようになり、今ではネット販売だけでなく、ファッション性の高いセレクトショップや百貨店の婦人服フロアにも置かれるまでになりました。

職人がプライドを持って輝ける環境づくり

名刺入れが売れ始め、体調も回復していった武田さん。あるとき、協力会社の職人さんたちが「またあそこのバカ息子が面倒なものを持ってきた」と、後ろ向きな陰口を言っているのを耳にしてしまいます。

「うちの製品をよく仕上げてくれる人たちが、影でそんなことを言っていると初めて知りました。この人たちにはプライドがないの?と、すごく悔しかった。本来、プライドがあれば、わけのわからない共感できない仕事は引き受けないですよね。仕事は一緒にやりたい相手とするものと、断れる。だけど、悪口を言う対象にもいい顔をしなければならない。そんな状況にあることを目の当たりにしました。
その人たちは、本当に良いものを作る腕利きの職人さんたちでした。この人たちに対して何かできることはないのか‥‥と、考えるようになりました。

1つの仮説として、ポジティブな環境をデザインすることができたら働く人の姿勢や意識を変えられないか?と思い立ちました。気持ちが変われば、もっと職人1人1人が自分を輝かせることができるんじゃないかと。
名刺入れの成功を通じて自分たちが学んだことは、価値を伝えるコミュニケーションの方法でした。これをもっと生かせたら、世界中の製造業を変えるきっかけにすらなるんじゃないかと思ったのです」

武田さんは、武田金型製作所の1部門として展開していたMGNETをこのタイミングで独立させます。
「金型屋なのに名刺入れの売り上げが大きすぎるという経理上の問題もあり、事業を切り離す必要があったのですが、平行して僕自身、起業したいという意識の高まりがありました。そこで、マグネシウム製品をネット販売している『MGNET』から、『Make good networks (より良い環境を作る)』 =『MGNET』という意味合いに変えて、ものづくりをしやすい環境を整えることを使命とする会社を立ち上げました。

ものづくりしたい人を呼び込める環境、ものづくりに携わる人が仕事しやすい環境を作り、それぞれが自分の一仕事の価値を認められる、肯定的に捉えられるようにしたい。さらにはその価値を次世代につないでいく。ものが作れるだけじゃなく、価値を理解して伝えられる環境を広げていこうと思っています」
こうして始まった武田さんの取り組みにより、冒頭でご紹介したFACTORY FRONTも誕生し、ものづくりの町を発信する拠点となっています。

「父はハード (製品) のための金型を作っていますが、僕はソフトの金型を作っていると言われてハッとしました。やはり親子なのですね」
価値を伝えるコミュニケーションのフォーマットという、武田さんの金型。目には見えないけれど重要な役割を果たすものですね。

最後に、今開発中の新しい名刺入れを見せていただきました。

手前が新しいもの

この新製品は、既存の名刺入れと同じ構造となっています。形を変えるのではなく、金型の精度に一層の磨きをかけたことでより美しい姿に仕上がったと言います。見比べるとその違いに驚きます。

左側が新しい商品。角のシャープさ、蓋の合わさり具合が高まっていて、同じサイズにも関わらず一回り小さく見えるほど
反対側から見ても、シャープさが伺えます。 (左が新しいもの)

見た目だけでなく、使い心地も変わっています。蓋を開く際に、これまでは蓋を止めている突起を外す「カチャッ」という音がしていました。新しいものは、突起ではなく、ピタリと蓋とケースが密着していることによって閉まっているので、開ける時の抵抗感が少なく音もしません。
力なくスルリとなめらかに開けられるので、名刺を出す所作がエレガントになりますね。発売前ですが、すでに既存のお客さまから「欲しい!」という声が上がっているほどなのだそう。 (発売は2017年10月頃の予定)

現行品の留め具の様子
新しいものには凹凸がありません

金型技術の飛躍的な向上に、新製品を開発しながら武田さんも驚いたと言います。経験による技術向上に加え、大きく変わったのは職人さんたちのモチベーション。
「最初の金型を作った時は嫌々やっていた人たちが、すごく前向きに取り組んでくれています。そのおかげで思っていた以上のレベルの製品ができました」と武田さんは誇らしげです。
職人さんのものづくりへの熱い想いが、今日も難度の高い独自技術を生み続けています。

<取材協力>
株式会社MGNET
住所:新潟県燕市東太田14-3
電話番号:0256-46-8720

文・写真:小俣荘子

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