300年続く照れ隠し。顔を見せないことで洗練された伝統の踊り
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こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。
最近は朝晩にすっと秋の気配を感じますが、富山ではあるお祭りが、秋の合図だそうです。お祭りの名は「越中八尾 (えっちゅうやつお) おわら風の盆」。毎年9月1日〜3日にかけて富山市八尾町一帯の町まちで繰り広げられる郷土芸能です。
その幻想的とも言われる「おわら」の風景を見たくて、一足早く前夜祭へ行ってきました。
歴史は300年以上!おわら風の盆とは?
「おわら風の盆」が開かれるのは、富山県の八尾町。なだらかな坂沿いに昔ながらの家々が連なる情緒ある町並みが人気です。
「おわら風の盆」では、八尾町にある11の町それぞれに、編みがさを目深にかぶった若者たちが男女に分かれ、そろいの浴衣で民謡『越中おわら節』にあわせて町内を踊り歩きます。
その歴史は300年以上。発祥の起源は定かでないそうですが、江戸の元禄時代、町衆がお祝い事に三日三晩歌い踊り町を練り歩いたのが始まりと言われます。
もとは春に始まったお祭りは、次第に孟蘭盆会(うらぼんえ。旧暦7月15日)とも結びつき、やがて二百十日の風の厄日(ちょうど台風の多い季節)に風神鎮魂を願う「風の盆」という名の祭りに変化していきました。
ちなみに「おわら」という言葉の起源も諸説あり、芸達者な人が唄の中に「おわらひ(大笑い)」という言葉を差しはさんで踊ったからとか、その年の豊作を祈念した「おおわら(大藁)」説なども。
踊り子さん直伝で「おわら」をマスター。まずは曳山展示館へ
本番の3日間では11ある町会を巡りながら、町ごとに異なる衣装や唄の節回しなどの風情を楽しめます。前夜祭は混雑緩和のために始まったもので、11日前から各町が日替わりで踊りを披露し、本番さながらの雰囲気を味わえるようになっています。
富山駅から在来線で最寄りのJR越中八尾駅に着き、まず向かったのが「曳山 (ひきやま) 展示館」。ここでは期間中、実際の踊り手さんによる踊りの解説や、ステージ上での演舞を楽しむことができるので、予習にぴったりです。
夢中になって見ていると、風の盆が「幻想的」と称される理由が少しずつわかってくるような気がしてきました。
踊りに哀愁を添える胡弓 (こきゅう)の音色
風の盆の音楽は、踊り子のバックにつく地方 (じかた) と呼ばれる人たちが担います。曲の主旋律を弾く三味線に太鼓、高温で遠くへ響かすような唄い手と唄を支える囃子方、そして胡弓です。
胡弓は日本ではほぼ唯一とされる弓奏弦楽器。唄と楽器が溶け合うように旋律をつくる「おわら節」の中で、そのつややかな音色は独特の哀愁があります。元々のおわら節には使われていなかった楽器だそうで、1900年頃に輪島塗の旅職人が八尾にもたらしたものだとか。今では「おわら節」の象徴的な存在です。
顔の見えない編みがさ
かつて踊り子さんは気恥ずかしさから手ぬぐいをかぶって踊っていたそう。それが時代を重ねて、今や風の盆を象徴する編みがさに形を変えてきました。
前が見えているのかな?と不安になるくらい目深にかぶった編みがさで、踊り子さんの顔はほとんど見えません。その分、時おりチラリと覗くあごのラインや口元が印象強く残ります。
無表情、無言の踊り
地方衆の奏でる調べに乗る踊り子は、声を発しません。時おり編みがさから覗く横顔も、終始無表情のまま。
独特の調べが切れ目なく鳴り響く中、そろいの浴衣、無表情、無言で繰り返される同じ型の動き。否が応でも私の意識は、踊りの一挙手一投足に集中していきました。
踊り手の個性が全く打ち消されることで、時代をかけて洗練されてきた踊りの美しさにだけ、のめり込んでいくようです。気づくと、目頭が熱くなっていました。
いざ、町なかへ、踊りの舞台へ!
夢から醒めたようにステージを見終えると、外はすっかり夜。いよいよ町で踊りが始まります!ステージ上であれだけ人を夢中にさせる踊り、町の景色の中では一体どれほどの風情になるでしょう。期待を高めながら、いざ、今日の踊りの舞台、天満町 (てんまんちょう) へ。
踊りのメインステージは町によって異なるのですが、天満町は町内のお宮さんである天満宮前。臨時バスで駆けつけると、すでに大変な賑わいです!
本番前の踊り子さんたちの姿もちらほら見えて、ますます期待が高まります。
お隣の公民館から三味線の音色などが聞こえ、さあいよいよ、と意気込んだところで、ポツポツと雨。次第に雨脚が強まり、なんと野外での踊りは中止となってしまいました‥‥!
まさかの雨、それでも‥‥
三味線や太鼓などの楽器は湿気に弱く、また踊り手さんも高価な衣装をまとっているために、風の盆は雨の中での開催はできません。急きょ公民館へ会場を変えて、踊りが始まります。
落胆したのもつかの間、支度の様子から間近で見ることで、個人が「名前のない踊り子」に変わっていく瞬間に立ち会うことができました。
おわら風の盆の始まりは、町をあげてのお祝い事に、町衆が三日三晩唄い踊り明かしたことといいます。踊り子は、踊っている間だけは普段の暮らしも名前も忘れて、ただ「嬉しい」「楽しい」といった感情にとっぷりと没入できるのだと思います。
切れ間なく続く唄、そろいの浴衣、目深な編みがさ、繰り返される踊りのパターンは、いわば「非日常スイッチ」。
積極的に型にはまっていくことで、誰もがあっという間に我を忘れていく。おわら風の盆は、踊る側も見る側も、非日常の世界へと誘ってくれます。
本番の3日間では深夜になり観光客がまばらになったあとも、興奮冷めやらぬ町の各所で自然と人の輪ができ、空が白むまで踊る姿がそこここに見られるそうです。
最終日の夜が明けた朝、始発列車で帰って行くお客さんを踊り子さんが見送る光景は実に美しく、涙する人もいるそう。
1年にたった3日間の、おわら風の盆。終われば富山に秋がやってきます。期間は毎年9月1日から3日まで。思い立ったらぜひ、我を忘れる幻想の世界へ、行ってみてくださいね。
<取材協力>
越中八尾観光協会
https://www.yatsuo.net/
こちらは、2017年9月2日の記事を再編集して掲載いたしました