紙の神様に会いに行く。越前和紙の里でまち歩き
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こんにちは。ライターの石原藍です。
北は北海道から南は沖縄まで、日本には全国各地に和紙の産地があります。
日本で初めて和紙が漉かれたとも言われている福井県・「越前和紙」の里は、全国でも珍しい「紙の神様」をお祀りする神社があり、美しい景観、和紙づくり体験など、そぞろ歩きも楽しい町。実際にめぐりながら、その魅力をご紹介したいと思います。
「透かし」技法を生み出した越前和紙
やってきたのは北陸自動車道・武生(たけふ)ICから車で10分ほど東にある、越前市の今立(いまだて)エリア。なかでも大滝町、岩本町、不老(おいず)町、定友町、新在家町からなる五箇地区には、まちを流れる岡本川を中心に、今も多くの和紙業者が軒を連ねています。
6世紀頃から漉かれるようになったといわれる越前和紙。室町時代は公家や武士の奉書紙として使用され、江戸時代には日本一の紙の証である「御上天下一」の印が押されていたなど、品質の高さには昔から定評がありました。
時代の変化とともに機械漉きも登場しましたが、今も工房をのぞくと、職人たちがせっせと紙を漉く姿を見ることができます。版画に使うものからふすま紙に使われるような大きな和紙まで、種類はさまざまです。
実は紙幣に使われる「透かし」の技法を生み出したのも越前和紙。1940(昭和15)年には大蔵省印刷局の出張所が今立エリアに設置され、この地から百円紙幣や千円紙幣が製造されていたそうです。
紙の神様を祀るまちへ
五箇地区の街並みを通り抜け10分ほど東に歩くと、大きな鳥居の「岡太(おかもと)神社・大瀧神社」が見えてきます。
越前和紙の歴史を語る上ではずせないと言われているこの神社。なんと、紙の神様が祀られています。
今から約1500年前に岡本川の上流に美しい姫が現れ、「この村は清らかな谷川と緑豊かな山々に恵まれているので、紙漉きを生業とすれば生活が潤うだろう」と村人に紙漉きの技を教えたそう。これが越前和紙の発祥とされ、以来、この姫を紙祖神(しそしん)「川上御前(かわかみごぜん)」としてお祀りするようになった由緒ある神社なのです。
凛とした空気が流れる境内。思わず背筋が伸びてしまうような神聖な雰囲気です。階段を登ると現れる荘厳な社殿を一目見ると、きっとため息をついてしまうはずです。
何重もの波が寄せ合うような檜皮葺きの屋根に、本殿と拝殿が連なった珍しい形の社殿は国の重要文化財にも指定されており、その迫力のある佇まいに心を奪われてしまいます。
じっと目を凝らして見つめていたくなるような社殿ですが、川上御前は普段、背後にそびえる権現山の「奥の院」に祀られています。毎年春と秋にだけ下宮(里宮)にお迎えして五箇地区を巡幸する例大祭が行われるのです。地元では毎年大変賑わうお祭りですが、2018年はなんと1300年祭という記念すべき大祭になるとのこと(2018年5月2日〜5日開催予定)。ぜひとも訪れたいものです。
和紙の里で紙漉きの技に魅了される
紙の神様へのお参りを済ませ、歩くこと約10分。次にやってきたのは同じ今立エリアにある「越前和紙の里」です。
ここでは、およそ230mにわたる「和紙の里通り」を中心に、越前和紙の魅力を体感できる施設が点在しています。
1.昔ながらの和紙づくりを見学できる「卯立(うだつ)の工芸館」
最初に到着したのは「卯立の工芸館」。名前の通り、建物正面の屋根部分には立派な卯立が立ち上がっています。
この建物は江戸時代中期のもので、越前市の紙漉き職人だった西野平右衛門の家を移築・復元したもの。伝統工芸士が昔ながらの道具を使って和紙を漉く様子や、屋外で和紙を天日干しする様子など、和紙づくりの一連の工程を見ることができる、全国でも珍しい施設なのです。
実際に見学した流れに沿って、簡単に和紙のつくり方をご紹介しましょう。
和紙の原料は主に、楮(こうぞ)、雁皮(がんぴ)、三椏(みつまた)という植物。刈り取ったものを釜で蒸して、皮を剥いでいきます。
その皮を乾燥させ、表面の黒い部分を削り取り、白皮にしていきます。
次は「塵選り(ちりより)」という作業。煮た皮を水にさらし、細かい塵を取り除いていきます。一つひとつ手作業で白皮をほぐしながら塵を見つけては取り、また見つけては取り……の繰り返し。気の遠くなるような細やかな作業です。
和紙をつくる上で「水」はとても大切なもの。原料の木の皮を水にさらして洗う工程や漉く作業ではきれいな水が欠かせません。水道水で和紙をつくると、塩素などの成分により和紙が変色してしまうこともあるのだとか。
塵を取り除いた後は「叩解(こうかい)」。皮を木のハンマーのようなもので叩いてほぐしていきます。叩けば叩くほど繊維がほどけてきめ細かい和紙になるため、最低でも2時間、長い場合は4時間近く叩き続けるそうです。
和紙の元が出来上がり、水と繊維を漉き舟(槽)に入れてよく混ぜていきます。
水と繊維だけでは均一な和紙を漉くことはできません。和紙の繊維がうまくからみ合うようにするため、トロロアオイという植物の根から出た粘性の液体、通称「ネリ」を一緒に混ぜていきます。
ようやく紙漉きの準備が整い、ここから紙を漉いていきます。和紙の原料を漉き桁に汲み、縦横に動かしながら均一の厚さになるよう、この動作を繰り返します。
「紙の厚さには神経をつかいますね。光の加減によっても和紙の厚さが違って見えるので、とても難しいんですよ」
と伝統工芸士の職人さん。
この後は圧搾して水分を絞り、乾燥へ。気温・湿度によって乾燥具合も調節が必要なため、職人さんいわく、「和紙は生き物」だと言います。
にこやかに説明してくださった伝統工芸士さんも、漉き桁を手に取った瞬間、キリッとした職人の顔に早変わり。次々に漉き上がっていく美しい紙に思わず見とれてしまいます。私たちが普段気軽に使っている紙も、そもそもを紐解いてみると大変手間のかかるものだということがよくわかりました。
2.越前和紙のすべてがわかる「紙の文化博物館」
職人の技を間近で見た後は、「紙の文化博物館」へ。
ここでは和紙の歴史を学びながら、産地で漉かれたさまざまな紙の展示を見ることができます。
別館の展示エリアには、産地を代表する和紙約125点が展示されています。一口に越前和紙といっても、真っ白なものもあれば、色のついたものやしわ加工されものもあるなど、まったく異なるので、眺めるのも楽しいです。
3.かわいい和紙雑貨に心踊る!紙漉き体験もできる「パピルス館」
和紙について深く学ぶと、「自分でも紙を漉いてみたい!」と思う方もいらっしゃるのではないでしょうか。そんな方にぜひ立ち寄っていただきたいのが「パピルス館」です。
ここは子供から大人まで紙漉きができる体験工房で、自分だけの和紙をつくることができます。
さらに、パピルス館の1階奥には実際に越前和紙の商品を購入できる「和紙処えちぜん」があります。
ここでは工芸用和紙や和紙を使った雑貨が数多く取り揃えられていて、ついついお土産に買って帰りたくなるものばかり。
半日かけてめぐった和紙の里。徒歩でも十分回ることができるエリアで、訪れた日も家族づれやグループ、卒論の研究のために東京からやってきた学生など、幅広い年代の人たちが散策していました。紙の神様に挨拶するもよし、職人さんの技に魅了されるもよし、自分だけの和紙を漉くもよし。思い思いの楽しみ方ができる越前和紙の産地で、和紙の新たな魅力に出会ってみてはいかがでしょうか。
<取材協力>
越前和紙の里
福井県越前市新在家町8-44
0778-42-1363
文・写真:石原藍
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9月のさんちは福井県「鯖江・越前」を特集します。
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