神さまに捧げるものづくり

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神事に欠かせない清らかな布

岡本:麻生地は、神事によく使われます。例えば小忌衣(おみごろも)というものがあるんです。神事の時は絹の最高の着物を着ます。ところがその上に、一枚羽織って隠すんです。それが小忌衣と言って、原則的に麻の生地でてきている。麻は水で何度も何度も晒すので、これほど清らかな生地はないんですね。尊いものなんですわ。

中川:そういえば神社でお参りする時にお祓いに使う大幣(おおぬさ)も、今は紙が多いですが、昔は麻やったんですよね。

岡本:もともとの麻生地は、生平といって真っ白ではないですね。それを1600年ごろ、真っ白に晒す技術を清須美源四郎という人が考案した。それが奈良晒です。今奈良で名勝指定されている依水園は、清須美源四郎の別邸のあったところです。

現・依水園。
現・依水園の前園。かつては清須美源四郎の別邸でした。

中川:清須美さんが晒の技術を改良してから、奈良晒は上質な麻の織物として全国に名を馳せました。ちょうど徳川幕府の出来た頃だったので、御用品指定にも与って、主に武士の裃に使われていました。

岡本:ちょうど江戸時代に書かれた、『守貞謾稿(もりさだまんこう)』という書物があってね、上方と江戸の区別をしてあるんです。蔵から雪隠まで、両者の比較を絵入りでしてある。その中に、奈良晒は御時服で最高のものやと書いてあるんです。御時服って、功績のあった大名に与える、葵の紋の入った夏服のことです。つまり、夏服は奈良晒が最上なり、と書いてある。

中川:確かに、その絶頂期の生地っていうのは糸一本一本がものすごく細いんです。
もちろん機械紡績などない時代なので、繊維を細かく手で割いて、一本一本手で績んで糸にしています。縦横一寸の中の糸の打ち込みが多いほど上質な生地なんですが、その時代のものと今を比べると、なかなか及ばないところがあります。

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ゴールドラッシュに沸くアメリカで普及したジーンズや近年人気のヒートテックのように、時代の求めに応じて栄えた奈良晒。その隆盛は春日大社の燈籠にも見ることができるそうです。

神社の石灯籠からわかる町の変化

岡本:灯篭って面白いんです。灯篭台帳というのがありまして、それを調べていくと、奈良町でどの産業が隆盛やったかがわかるんです。奈良晒が全盛だったころは、晒屋の灯篭の記録がたくさん出てくる。あれを見ていくと産業の盛衰がようわかります。

近年灯篭の調査をしてもらって目からうろこが落ちたのがね、「商売繁盛」と書かれた灯篭は昭和50年以降しか出てこないんです。それまでは「諸国客衆繁盛」。お取引様がお栄になるようという意味です。私を儲けさせて、という灯篭は昭和50年以降しか出てこない。私儲けさしてくれというのは恥なんです。みなさんのための商売をさせてもらってます、ということです。これで日本人の商道徳が昭和50年台から一気に変わったということがわかるんですよ。

中川:そのお話を聞いていたので、今年創業300周年の節目なので釣り灯籠を奉納させてもらったのですが、商売繁盛でなく工芸隆盛と書かせていただきました(笑)。

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次に神社を訪れる時にはつい灯籠を熱心に見てしまいそう。さて、そろそろお話も終盤へ。神事に携わる人とものを作る人をめぐってのお話の最後は、例えば神社の行事を見に行く、ものを買う、私たち側のお話に。

自ら伝えていくこと

岡本:武士がいなくなって、奈良晒は衰退してしまうわけですが、当時と同じだけの手間暇と技術をかけて作ろうと思ったら、これは大変なことです。値段も跳ね上がるし、買う人がいなくなれば、技術もなくなります。ですから、口幅ったいですけど、お客さんを育てるというということも大事ですな。

毎年12月におんまつり(春日大社末社若宮神社の例祭。)がありますね。若宮さんが若宮ご本殿を出発されて「お旅所」という仮の御殿へ行かれる遷幸の儀(お旅所から本殿へお帰りになる時は還幸の儀)の時に、参道の両脇が見物の人でいっぱいになるんです。40年位前には、並んでいる人がところどころで柏手を打って拝みはったんですわ。でも近来は誰も拝まへんのです。頭も下げんと見てはる。でも、ある年から撮影禁止の案内と同時に、「神様が通らはる時は、柏手を打って、頭を下げて、お待ちになるのが昔からのしきたりでございます、どうぞその気持ちでお迎え下さいませ」と案内させたんです。そうしたら参道がずっと、柏手の嵐。

中川:笑

岡本:人にはやっぱりね、お知らせをせなあかんなということが、わかったんです。
中川さんにお願いしたいことはね、目のあるお客さんを育てる、というたら大変失礼な言い方やけど、知識を共有して、いいものってこういうものや、これがほんもんです、とわかっていただくような仕組みを作っていただいたら嬉しいなと思います。

中川:おっしゃる通りで、僕らも、教えてもらって初めて色んなことがわかりますし、わかれば大切にしようという気持ちに自然となります。もし、綿も麻も一体何の差があるのかわからん、という状況になってしまったら、僕らも商売ができませんし、教える、というほどおこがましいことはないですけど、正しく伝えていく、ということはやっていかなきゃいけないなと思っています。

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神事も工芸も、自分たちの大切にしていることをきちんと伝えていくことが必要。確かに今日のお話だけでも、神社の石燈籠一つ、遷宮という行事、接した時の見る目が変わります。単なる知識でなく日々の暮らしに活きる知恵を授かった気持ちをお土産に、岡本さんのお話は幕を閉じました。

話者紹介

岡本 彰夫(おかもと あきお)
1954年(昭和29年)奈良県生まれ。1977年國學院大學文学部神道科を卒業後、春日大社に奉職。2001年に権宮司となり、2015年まで同職を務める。在任中には恒例御神楽や式年遷宮諸神事、おんまつり等の旧儀復興に尽力される。また国立奈良女子大学文学部非常勤講師や帝塚山大学非常勤講師、帝塚山大学特別客員教授などを歴任。現在、奈良県立大学客員教授、宇賀志屋文庫庫長。

中川 政七(なかがわ まさしち)
中川政七商店代表取締役社長 十三代。京都大学法学部卒、富士通株式会社を経て中川政七商店へ。「遊 中川」「中川政七商店」「日本市」などのブランドで直営店出店を加速させ、工芸をベースにしたSPA業態を確立。「日本の工芸を元気にする!」をビジョンに掲げ、業界特化型コンサルティングを各地で行う。2016年11月、十三代政七を襲名。


文:尾島可奈子
写真(依水園):木村正史

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