小泉八雲が愛した松江の「異界」を訪ねて。「松江ゴーストツアー」体験記
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こんばんは。ライターの築島渉です。
風光明媚な松江城。歴史情緒ある武家屋敷や、数々の神社仏閣。風情ある日本の風景をそのままに残した美しい城下町、島根県松江市。
実は「怪談のふるさと」でもあるのをご存知でしょうか?最近では夜の松江で怪談スポットを巡る「ゴーストツアー」が人気を呼んでいます。
きっかけは19世紀から20世紀へと時代が移り変わるころ、松江に魅せられたひとりの外国人ジャーナリストの存在。耳なし芳一などの民間伝承をまとめた『怪談』の筆者、ラフカディオ・ハーン、のちの小泉八雲です。
今日は小泉八雲が愛した松江の、ちょっと怖いお話を。
ラフカディオ・ハーン 孤独な少年時代
イギリス国籍のハーンですが、父親はアイルランド人、母親はギリシャ人のギリシャ領生まれ。家族はダブリンへ移住するも、アイルランドでの暮らしに馴染めなかった母親は、ハーンが4歳のときに離婚。二度とハーンとは会うことがなかったといいます。
両親の離婚後も、事故による左目の失明や、引き取られた先の大叔母の破産など不遇の青年時代を送ったハーンでしたが、その後ジャーナリストとして自立、アメリカでの記者時代を経て日本へ渡ります。英語教師として松江で働くことに決めたのは40歳のときでした。
世界中を転々としたハーンが、やっと静かに腰を落ち着けた土地、松江。「ヘルンさん」と地元の人に親しまれる穏やかな暮らしの中で、日本人女性小泉セツを伴侶としたハーンが、日々の中で見聞きしたり、セツから伝え聞いた不思議な話しを文学として綴った怪奇文学作品集『怪談』は、今も日本人の心を描いた名作として読み継がれています。
小泉八雲が愛した松江の「異界」をめぐる「ゴーストツアー」
『怪談』執筆のきっかけとなり、ハーンが人力車を走らせて社寺を巡り御札を集めたというほど神秘的な歴史町、松江。そんな松江の「夜」を語り部とともに歩いて巡る散策ツアー「松江ゴーストツアー」があると聞いて、参加して来ました。
出発は「日没時刻10分前」の松江城。夜の帳とともにあたりが異界へと変貌を遂げるこの時間から、徒歩とタクシーを使って市内の怪談スポットを巡ります。主宰する松江ツーリズム研究会から、ベテラン語り部の引野さん、ガイドの畑山さんを案内役に出発しました。
「松江にはいろいろな不思議な話がありまして‥‥この松江城、なにせ400年も前のことですから、石を積むだけでも相当大変だったんです」
だんだんと日が暮れていく城内のしっとりとした雰囲気を肌に感じながら、向かったのは「ギリギリ井戸」。語り部・引野さんによれば、松江城築城には積んだ石がすぐに崩れてしまうなど様々な苦労があったのだという。
そのため、この土地、亀田山(神多山)にお祓いをせずに工事を行っている祟りだという噂が後をたたず、崩れた場所を掘り返してみるとなんと髑髏の山が。
お祓い後水が湧き出て、覗き込むとその様子が「つむじ」 (出雲弁の「ギリ」) に似ていたことからついた名前が「ギリギリ井戸」だったのだそう。その他にも町娘が人柱になったという悲しい言い伝えなど、松江城にまつわる不思議なお話が次々。日中の荘厳な松江城とは、まるで別の場所に来たようです。
石の大亀が町中を歩き回った?
松江城から次の目的地、月照寺まではタクシーで。松江藩主を務めた松平家代々の廟が納められている菩提寺です。松江を治めたお殿様たちの廟、つまりお墓が広々とした敷地の各所に置かれるこのお寺の中を、それぞれの逸話を伺いながらゆっくりと。
名主といわれる第7代松江藩主・不昧公 (ふまいこう) の廟ももちろんこのお寺の中。松江は京都、金沢と並んで茶処や菓子処として知られていますが、その文化をつくったのが大名茶人として知られたこの不昧公だったといいます。
さて、ゴーストツアーの行き先は、第六代宗衍 (むねのぶ) 公の廟所。ここに、ハーンの随筆『知られざる日本の面影』に登場する、大きな石碑を背負った「亀趺」 (きふ) の像があります。
亀趺は亀そっくりに見えますが耳があり、伝説の妖獣なのだそう。
「宗衍の廟の前に置かれた大亀の石像。ところが、夜になるとこの大亀がドーン、ドーンと寺の中を動き回り、あろうことか寺を出て町でも悪さをするようになったのです‥‥」
大杉に囲まれた神聖な場所で伺う語り部さんのお話は、そんなこともあるかもしれない、と思えてくるほど。大きな石像を前に、お寺のひんやりとした空気を感じながら思わず息を潜めて聞き入ります。
当時は藩の家来たちが城下で幅をきかせ、人々が苦しんでいた時代だと言います。そのうっぷんがこんな怪談話になったのかもしれない、と歴史的な背景も伺うことができました。
芸者松風の霊が今もさまよう清光院
次の目的地までは夜の松江をちょっとだけ散策です。「この辺は真っ暗になりますからね」とガイドさん。
実は今回は、写真撮影のため日没より少し早く松江城を出発したのですが、このあたりですでに周囲はだんだんと薄暗く、まさに「異界」に足を踏み入れつつある雰囲気に。
まるでタイムスリップしたかのようなお寺、清光院に到着です。
小高い丘にある清光院へは、長い石段を上がっていきます。門の向こうにぼんやりと見える塔やお墓は、ゴーストツアーのムード満点というところでしょうか。
清光院には、人気芸者と知られていた松風の話が残っています。
相撲取りと恋仲になっていた松風に、並々ならぬ恋心を燃やしていた武士がいました。ある日、武士は道端で偶然に松風と出会い、無理やり自分のものにしようと迫ります。その武士の手を逃れるように松風が逃げ込んだのが、この清光院だったとか。
「どうにか位牌堂の前まで逃げて来た松風でしたが、ついには武士に追いつかれ、『俺のものにならぬなら、いっそ!』、バサッ!武士に斬りつけられ、命を落としてしまったのです。そしてほら、その階段のところに血がベッタリと‥‥」
今上がってきたばかりの階段を息を切らし逃げたという松風にすっかり感情移入していた私。
引野さんの臨場感あふれる語りで、まるでその場面が目の前に見えるようです。その後松風の幽霊が町の人に噂されるようになり、階段の血は洗っても洗っても落ちなかったという言い伝えのあるこの清光院。
夜には本当に真っ暗になるため、足元を懐中電灯で照らしながらの移動になるのだとのこと。怖すぎる‥‥。
ハーンが描いた母の愛「飴を買う女」の大雄寺
城下町らしい町並みに江戸情緒を味わいつつ最後に向かったのは、ハーンの収集した怪談のうち、『飴を買う女』の舞台となった墓地がある、大雄寺。すぐそばを小川が流れる、由緒あるお寺です。
「怪談の舞台っていうのは、西の端と、水と陸の境目の場所が不思議と多いんです。ここも松江城下の西の端で、水際ですね」
民俗学的な視点からも怪談について教えてくれる語り部さん。石垣と白壁の立派な門を抜け、古い古い墓石が立ち並ぶ大雄寺に足を踏み入れます。
「水飴を売っているお店に、毎晩器を持って水飴を買いに来る青白い顔の女がおりました。毎晩毎晩やってくるので、何か事情があるのかと聞いても答えません。
ある日女の帰りをそっとつけてみると、女が水飴を大事そうにかかえて、大雄寺に入っていくのが見えました‥‥」
女の姿はある墓地の前で消えてしまいます。かわりに、遠くから赤ちゃんの泣き声が。驚いて墓を掘ってみると、水飴の入った器の横に、女の亡骸と赤ちゃんがいた‥‥というこのお話は、松江だけでなく、日本にはいくつか似たお話もあるのだとか。
到着した時には怖いと感じた大雄寺の墓地ですが、愛する我が子のために死んでもなお幽霊になって子どもを育てようとしたこの愛情深い物語を聞くと、「怖い」というよりも「哀しい」という思いがこみ上げてきます。
ハーンはこの物語を特に好んでいたと言われ、『怪談』で「母の愛は死よりも強い」とこの物語が結ばれていることは、幼いころに母親と引き裂かれたハーンの心情が垣間見えるようです。
ラフカディオ・ハーンが愛した不思議の町 松江
そんなハーンが愛する妻を得て、やっと心安く暮らすことができたのが、ここ松江の町。しっとりとした情緒あふれる松江の地で、妻から聞く不思議な物語、そして町に伝わる様々な伝説が、ハーンの知的探究心と、文学者としての繊細な感受性を刺激したのだろうと想像します。
「松江ゴーストツアー」は約2時間、最後は松江城前までタクシーで移動してのお別れとなります。帰りのタクシーの中で、ガイドさんがこんな話をしてくれました。
「お客さんは一回しかツアーに参加しないけど、私たちは何回もゴーストツアーに同行してるでしょう。そしたら、『こんな場所でこんな音しないはずだけど』ってことが、時々あるんです。
お客さんは『わぁ、すご〜い、どんな仕掛け?』とか笑ってるんですけど、もう、私たちのほうは『仕掛けじゃないよ、本当だよ!怖いよ!』って!」
終了時にはお清めの塩もいただけるこの「松江ゴーストツアー」。昼とはまた違った顔を見せる松江の夜を、覗きに行ってみませんか。
松江ゴーストツアー
・参加費:一人1,700円(税込)
・詳細・申し込み・お問い合わせ:NPO法人松江ツーリズム研究会「松江ゴーストツアー」
文・写真:築島渉