怪談は負の遺産?小泉凡さんに聞く、城下町とゴーストのいい関係

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こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。

明日はハロウィン。東京・渋谷のスクランブル交差点には、すでに土日から気の早いお化けたちが姿を現しているようです。

実はこのハロウィン、もともとアイルランドの「お盆」にあたる行事だったこと、ご存知でしょうか。

妖精の国とも称されるアイルランドでは、その日に人はお墓参りをしてご先祖の霊を迎え、妖精たちは住処替えをするとされていたそうです。

「異界に繋がる扉が開いて、自由に行き来するという日なんですよ」

このことを教えてくれたのは、民俗学者の小泉凡 (こいずみ・ぼん) さん。

ひいおじい様は幼少期をアイルランドで過ごし、40代で日本に移住して「耳なし芳一」などの民間伝承をまとめた『怪談』の著者、ラフガディオ・ハーン、のちの小泉八雲です。

小泉凡 (こいずみ・ぼん) さん。島根県立大学短期大学部教授、小泉八雲記念館館長、焼津小泉八雲記念館名誉館長でもいらっしゃいます。専攻は民俗学。主な著書に『怪談四代記 八雲のいたずら』 (講談社) ほか多数。
小泉凡 (こいずみ・ぼん) さん。島根県立大学短期大学部教授、小泉八雲記念館館長、焼津小泉八雲記念館名誉館長でもいらっしゃいます。専攻は民俗学。主な著書に『怪談四代記 八雲のいたずら』 (講談社) ほか多数。

現在は小泉八雲が暮らした「怪談のふるさと」こと島根県・松江で大学教授を務められています。松江で人気の観光プログラム「松江ゴーストツアー」の生みの親でもあると聞いて、八雲が日本の“ゴースト”に見出した魅力について、お話を伺ってきました。

小泉八雲が愛した地で生まれた、「松江ゴーストツアー」とは?

訪ねたのは松江市にある島根県立大学短期大学部のキャンパス。凡さんの研究室にお邪魔して、まず先日体験の様子を記事でもご紹介した「松江ゴーストツアー」について伺います。

松江ゴーストツアーで訪ねる月照寺
松江ゴーストツアーで訪ねる月照寺

——夜の時間帯に市内の「怪談スポット」を巡るツアーというのは、とてもユニークですね。どんなきっかけで始まったのでしょうか?

「2005年に松江でご縁のある方をご案内して、八雲が幼少期を過ごしたアイルランドを旅したんですね。

その時に訪れた首都のダブリンで、おばけのラッピングをしたバスが走っているのを見かけたんです。それがゴーストツアーのバスでした。


<アイルランド大使館の公式Twitterで紹介されているゴーストツアーのバスの様子>


気になって、次の日の夜にはチケットを手に入れて乗車しました。そうしたら語り部が俳優みたいに“それらしい”衣装を身につけて、夜20時から22時までの2時間、『取り憑かれた大聖堂』なんてスポットを次々に案内するんです。

『形のないものを訪ねる』という発想が非常に魅力的で、演出も面白いものでした。訪ねた先で語り部のお話を聞くんですが、怖いだけではなくて学びもある。

ダブリンって文学の宝庫なんです。『ドラキュラ』の筆者であるブラム・ストーカーもダブリンに住んでいた時期があって、ツアーで旧ストーカー宅の前も通ります。

2時間の間にいろいろな話を聞いて、帰る頃にはダブリンゆかりの文学にすっかり詳しくなるという内容でした。

非常に感銘を受けてふと松江のことを思い返してみたら、城下町ということもあって多くの怪談話があるぞということに気づいたんです」

土地の物語をツーリズムに活かす

「たとえば、北東の鬼門の方角には『怪談』に『小豆とぎ橋』の話が収録されている普門院、北西の方角には『動く唐金の鹿』という伝説が残る春日神社があります。

西には小泉八雲の随筆『知られざる日本の面影』に登場する、月照寺の大亀や芸者松風の幽霊話が残る清光院。南西の隅には八雲が大好きだった『子育て幽霊』の大雄寺。

月照寺の大亀。夜中に動き出して悪さをしたという
月照寺の大亀。夜中に動き出して悪さをしたという
清光院
木の門の向こうに古い墓地が続く清光院

松江城には人柱伝説や、盆踊りをすると大地が揺れたという言い伝えもあります。

こうした物語をツーリズムに活かすことは、ダブリンでゴーストツアーに出会うまで、全く考えてもみなかったんです。

帰国してからすぐに松江にある『NPO法人松江ツーリズム研究会』に話して、ぜひやろうとあっという間にまとまっていきました。

——それだけ特定の地域に怪談が集中しているというのも面白いですね。さすが「怪談のふるさと」!

「だいたい城下の四隅や水陸の境目など、まちの重要な境界地点に怪談が伝わっているんですね。

大雄寺
城下の西端、水と陸の境にある大雄寺

『怪談のふるさと』というキャッチフレーズは、『新耳袋』シリーズで有名な怪異蒐集家の木原浩勝 (きはら・ひろかつ)さんと毎年やっている『松江怪談談義』という対談イベントの中で生まれたんです。

今から5年ほど前に、木原さんが『鳥取の境港は“妖怪のふるさと”、出雲は“神々のふるさと”、雲南は“神話のふるさと”と呼ばれているのに、松江に何もないのはおかしい。“怪談のふるさと”と、胸を張って言える町にしましょう』と発言されたのがきっかけでした」

怪談は、耳に届ける

——小泉八雲は、奥さんのセツに知っている言い伝えを語ってもらい、記録していったそうですね。八雲が耳で集めた話が一度は文字になって、またツアーの中で語り部さんの声で語られる、というのも面白いなと思いました。

民話や伝説など、人の口から口へと語り継がれてきた文学を口承文芸と言います。怪談の多くもそうして伝え残されてきたんですね。

だからゴーストツアーで語られる怪談も、耳に届けるということが一番大切なんじゃないかなと思っています。

ツアーの開始時刻は日没の10分前です。巡るうちにどんどん夜になっていくので、訪ねた先の様子がはっきりと見えません。

日没10分前に集合して、最初に訪ねる松江城。
日没10分前に集合して、最初に訪ねる松江城。

見て楽しむ、というものではないんですね。耳で聞く。

松江は夜が暗い街で、例えば月照寺の森の中は、ツアーで訪ねる時間には真っ暗です。参加した方には本当の『闇』を体感することができます。

本来は闇って怖いもの、畏怖の念を覚えるものなんですね。そういう中で突然聞こえてくる音にゾッとしたりする。

電気のなかった時代の人たちが感じた『怖さ』を、ぜひ追体験していただきたいと思っています。

また、怖がって楽しむだけでなく、ダブリンのツアーで得たような、土地にまつわる知識も持って帰ってもらいたいですね」

ゴーストツアー人気の秘密

——そうすると、語り部さんの役割がとても重要になりますね。

「肝試しになってしまうと、一過性のもので終わってしまいます。ツアーづくりで一番大事にしたのが、語り部の養成でした。

これはボランティアガイドさんではない、プロの仕事でなければ意味がない、と感じていました。海外のゴーストツアーも、語り部の方はそれを本業にしています。

当初ガイドには20名以上の応募がありましたが、選考や研修を経て、最後に残ったのは今もガイドをやってくれている3名です。

語り部さん
無念の死を遂げた芸者の幽霊話を語る語り部・引野さん

研修では小泉八雲の最新の研究成果もふまえた知識や、松江の地域の歴史、特に訪問する場所の歴史についてしっかりと学んでいただきました。

さらに怪談が口承文芸全体の中でどういう位置づけにあるのかという口承文芸学や、観光事業ですからホスピタリティ研修も。

そうなるとガイドさんも自分でどんどん勉強していって、自分なりのガイドをするようになっていくんです。

価格も手頃で申し込みも直前まで対応できることもあって、幸い堅調に人を集めていまして、着地型観光としては長続きしている極めて珍しい例だと言われています」

海外のゴーストツアー事情

——先ほど『海外のゴーストツアー』というお話がありましたが、アイルランド以外でもこうしたツアーはあるのでしょうか?

「ゴーストツアー自体は、イギリス、アメリカなど欧米各国ではメジャーな観光プログラムなんですよ。

たとえばアメリカのニューオーリンズではゴーストツアーが目的別に複数用意されています。
怪談を聞くゴーストツアーや吸血鬼伝承を訪ねるヴァンパイアツアーとかね。ゴーストツアー専門の会社も数社あるくらいです」

——ゴーストツアー専門会社!地域の資源を上手に活用しているんですね。

「今まで日本では、怪談や妖怪といったものを『負の遺産』と考えるケースが多かったんです。記録として話を残しても、それを観光に活かすという手法は、あまり取られてこなかったんですね。

そんな中で海外で出会ったゴーストツアーは、墓地やジメジメした沼地といった『負の遺産』をプラスに活かすものでした」

小泉八雲が示した、怪談の中の「真理」

「八雲は、超自然の物語には真理がある、という言葉を残しています。お化けや幽霊が信じられないという時代が来ても、怪談は廃れないと予言しているんですね。

有名なエピソードが松江にある大雄寺の子育て幽霊の話です。八雲は『怪談』の中でこの伝承に触れて、『母の愛は死よりも強い』と語っています。

長く伝え残されているということは、それだけの普遍的な何かがある。八雲は耳にした数々の不思議な話の中に『真理』を見出し、大切にしていたのだと思います。

実際に、小泉八雲が日本各地の言い伝えを綴った『怪談』は、今では各国語に翻訳されて世界中で読まれています。

松江のゴーストツアーにもわざわざ参加のために首都圏からお越しいただく方がいます。私が教えている『妖怪学』の授業も、多く若い学生が学んでいます。

そうした様子を見ていると、これが八雲の語った怪談の真理なのかな、時空を超えて変わらないとはこういうことか、と実感します」

——ゴーストツアーも、「怖い」以上の何かがあるからこその人気なのですね。最後にツアーのこれからの展望をお聞かせください。

「ゴーストツアーというネーミングは各国共通です。

日本でもゴーストという言葉は普及していますし、将来的には松江のツアーにも海外のお客さんが参加してくれるだろうと考えて、松江のツアー名もそれにならいました。

海外のゴーストツアーでは、コースの途中で古いパブに立ち寄って休憩することがよくあります。

そのパブにも怪談があったりして、ゴーストツアー専用のカクテルや幽霊の名前がついた飲み物を飲みながら話を聞いてひと息つくんです。

松江にもコースの途中にそういうお店があったらいいなと思っています」

——「雪女」みたいな日本酒を出してくれたらきっと楽しいですね。

「バスツアーもやってみたいですし、怪談にまつわるお土産の開発も進めようとしています。

うちの学生たちが『ゴーストみやげ研究所』というものを立ち上げて、商品開発に取り組んでいるんです。第一弾は『ほういちの耳まんぢう』ですよ (笑)

こんな風に、文学には文化の創造やまちづくりにも活かせるポテンシャルがあると最近感じてきています。

アイルランドには2015年に、八雲の生涯を庭で表現した『小泉八雲庭園』が誕生しています。新しい文化資源としての出し方として、とても面白いですよね。

場所やものに宿るストーリーが、非常に大事だと思っています。小さな声にも耳を傾けて、親しむことができるかどうか、ですね」

——ありがとうございました。

小泉八雲が記し、今再び松江から世界に向けて発信される「怖い話」。「怖い」の向こう側にある物語に触れると、ハロウィンも怪談も、より一層豊かな体験になりそうです。


松江ゴーストツアー

・参加費:一人1,700円(税込)

・詳細・申し込み:NPO法人松江ツーリズム研究会

文:尾島可奈子
写真:尾島可奈子、築島渉

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