香道を京都で体験。日本三大芸能のひとつ「香りを聞く」習い事の魅力に迫る
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様々な習い事の体験を綴る記事、題して「三十の手習い」。今回は茶道、華道と並ぶ日本の三大伝統芸能「三道」のひとつ、「香道」の体験レポートをお届けします。
香道とは?日本最古の御香調進所「薫玉堂」で学ぶ
JR京都駅から北へ徒歩15分ほど。浄土真宗本願寺派の本山、西本願寺前に本日体験にお邪魔する薫玉堂 (くんぎょくどう) さんがあります。
お店に入った瞬間から全身を包むやわらかなお香の香り。
桃山時代にあたる1594年創業の薫玉堂さんは、本願寺をはじめ全国の寺院へお香を納める京都の「香老舗」です。
店内には刻みの香木 (こうぼく) やお線香、匂袋をはじめ、お寺でのお勤めに使う品物まで、ありとあらゆる種類の「香りもの」が並びます。
そもそも「香道」とは、室町時代の東山文化のもとで花開いた茶道や華道と並ぶ日本の三大伝統芸能のひとつ。薫玉堂さんでは香道を気軽に親しめるようにと、定期的に体験教室を開かれています。
教室はまず座学からスタート。お店の方が直接講師になって、お香の種類や歴史を学ぶことができます。
お香の歴史は4000年前のエジプトから?
伺ったお話によると、お香のもっとも古い記録は4000〜5000年前のエジプト文明までさかのぼります。出土した当時のお墓の中に、遺体の保存状態をよくするためのお香が敷き詰められていたそうです。
現代ほど入浴の文化も設備もなかった時代には、香りはいわばエチケット。香木 (こうぼく。芳香成分を持つ樹木) を粉末にしたものを体に塗る習慣もあったそうです。仏教が広まると、その修行やお勤めの中で用いられるようになりました。
日本で初めて文献に登場するのは、なんと日本書紀。590年代、推古天皇の時代に淡路島に流れ着いた香木が聖徳太子に献上された記録が残されています。
そもそも、香木とは?
一般的に言う「香料」には、植物の花、実、根、葉、樹を用いるものからじゃ香 (ムスク) など動物由来のものまで幅広い種類があります。
中でも樹木から採れる「香木」は原産地が限られ、古くから珍重されてきました。
白檀 (びゃくだん) や沈香 (じんこう) という名前を聞いたことがある人は多いかもしれませんが、どちらも香木の種類を指します。
沈香はジンチョウゲ科の木が熟成されたものですが、特定の地域にのみ繁殖するバクテリアが偶然に作用して初めて香木になるため、白檀も沈香も、日本では産出されないそうです。
沈香の中でも有名な伽羅 (きゃら) は、なんとベトナムでしか採れないのだとか。現代でも価格が金よりも高いと聞いて驚きました。
現存する日本最古の香木、蘭奢待 (らんじゃたい) は現在も奈良・東大寺の正倉院に保存され、国宝を超える宝として「御物(ぎょぶつ)」とも呼ばれています。実物には織田信長や明治天皇が一部を切り取った跡が残されているそうです。
なぜ香りは「聞く」のか?
座学の最後に講師の方から伺ったのが、なぜ香りを「聞く」というのか、というお話です。
「香道では香料の中でも香木の香りを聞きます。聞香 (もんこう) とも言います。
『聞く』という言葉には、身体感覚を研ぎ澄まして微妙な変化を感じ取る、聞き『分ける』という意味合いがあります。心を沈めて、瞑想し、思考する。そうして香りを楽しみます。
今日体験されるのは香りを聞きくらべる『組香 (くみこう) 』のうち、3種の香りを比べる『三種香』です。
3種類の香木をそれぞれ3つずつ用意して打ち混ぜて、取り出した3つの香りがそれぞれ同じものか違うものか、当てていただきます。
聞香を行う部屋を香室 (こうしつ) と言います。部屋に入ったら心を落ち着けて、聞いた香りを頭の中で具体的にイメージに起こすことが大事ですよ。『ああ、一昨日食べたプリンに似ているな』とかね (笑)
こうしたゲーム的な要素を持っているのは、三大芸能の中でも香道の特徴です」
最後には楽しみ方のアドバイスもいただいて、いよいよ体験に向かいます。
三種香の体験へ
体験が行われるのは1階のお店の奥にある「香室」。
「この部屋は『養老亭』という名がついています。お茶室には小間、広間と種類がありますが、香室は10畳と決まっているんですよ」
部屋はなんと江戸時代から200年以上現存しているものだそうです。体験全体の案内をしてくださるのは薫玉堂ブランドマネージャーの負野千早 (おうの・ちはや) さん。その隣にお手前をする2名の方が並び、参加者は壁に沿ってコの字型に並んで座ります。
「お手前は2人でします。1人は香元 (こうもと) と言ってお香を出す人、もう1人が執筆といって皆さんの出された答えを書く、いわば記録係です」
今回の体験教室は略盆席と言って、四角い「四方盆」を使うお手前でしたが、飾り棚にはまた違う形式のお手前に使われるお道具も飾ってありました。
それぞれの参加者の前には硯が置かれています。
「体験でははじめに答えを記入する記紙 (きがみ) にお名前をお書きください。女性で名前に『子』とつく方は、『子』を抜いて、濁点のある方は濁点をとってひらがなで書いていただきます」
筆を取ることも硯をすることも普段なかなかなく、やや緊張しながら名前を記していきます。
「書き終えたら筆は硯箱にかけておいてください。あとで3つの香炉が全て回ってきたら、再び筆をとって答えをお書き下さいね」
「では、総礼いたします」
全員で礼をした後、香炉が香室内をめぐっていきます。香元さんから向かって左の角に座っている人がその会でもっとも格式の高いお客さん、お正客 (しょうきゃく) 。香炉は必ずお正客から順に回っていきます。
三種香では3種の香木を各3つ、合計9つを打ち交ぜた中から選ばれた3つの香木で香炉が用意されます。
答えの組合せは、3つとも同じ香り、ひとつ目とふたつ目が同じ香り‥‥という具合に全部で5通り。香元さんも、香木が入っていた包みの端を最後に開けるまでは、どの香木が選ばれたかわからない仕組みになっています。
香炉を出す際には「出香(しゅっこう)」という声がかかります。「出題ですよ」の合図です。
香炉が自分のところに回ってきたら、香炉の正面を避け、しっかりと器の足に指をかけ、香りを集めるように手で覆います。
「香りはわずかなものですので、しっかり香炉の上から蓋をするように手で覆って、隙間から香りを聞いてください」
香炉が回るにつれ、室内が静かになっていきます。意識を香りだけに集中していく様子がひしひしと伝わってきます。
いよいよ自分の番。鼻先の小さな空間で、そっと香りを確かめます。かすかなのにとても濃厚。何かを思い出すような、初めて知った香りのような。
線を景色に見立てる「香之図」
3回聞き終えると、いよいよ答えを書きます。その答えの書き方がとても素敵です。
「香之図」と言って、三種香なら3本の縦線を右から順に書き、それぞれに同じ香りだと思うものの線の頭を横線でつなげます。組合せてできた図には「隣家の梅」「琴の音」など美しい名前がついています。
5種の香木で行う「源氏香」では、それぞれ5つ、合計25の中から5つを聞きます。答えの数は52通り。源氏物語54帖に見立てて、桐壷と夢浮橋を除く52の帖の名が答えにつくそうです。
「いかがでしたか?今日は私の席でははっきり聞こえました」
負野さんが嬉しそうに語られます。
「季節やお天気によって、香りが立ちやすい日、立たない日があるんです。ちょっと曇っている日や雨がしとしと降っている日は、よく香りが聞こえますね」
伺うと、席によっても香りが変化していくそうです。お正客が聞くのは香りとしてはまだ立ち始めの、一番フレッシュな香り。はじめの頃しか聞けない香りだそうです。香炉が次の方へと回るうちに、より濃厚な、はっきりした香りになっていくのだとか。
「ですから席ごとにお答えが2、3人まとまって同じ、ということがよくあるんですよ。どこかでフッと香りが変わる瞬間があるのですね。今回は、たくさんの方が正解されていらっしゃいますね」
そうして見せてくださったのは、全員の答えを写し取り、答え合わせをした記録紙。
3つとも合っている人には、答えが叶ったということで一番下に「叶」の文字が記されています。
私は残念ながら外れてしまいましたが、隣同士であれはどうだった、最初はこう思った、と言葉を交わすのも楽しい時間。
全体に得点が高い場合は、記録はその中で1番高い席の方に渡されます。とても素敵な記念ですね。
最後にはお茶とお菓子と、可愛らしい香袋のお土産もいただいて本日の体験も終了。目の前の香りに向き合い、隣の人と体験を分け合い、自分の記憶と格闘し、名前を書く手が震え、頭も体もフル回転させて楽しんだ時間でした。
秋は空気も澄んで聞香にはちょうど良い季節。一度やってみると、次は5種で、今度は季節を変えて、書道も上手くなりたいな、と次の楽しみを思い浮かべる帰路でした。
<取材協力>
薫玉堂
京都市下京区堀川通西本願寺前
075-371-0162
https://www.kungyokudo.co.jp/
文:尾島可奈子
写真:平井孝子
着付け協力:大塚呉服店
*こちらは、2017年11月4日の記事を再編集して公開しました。
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