益子は「たてもの」も面白い。閻魔大王が笑う西明寺へ

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こんにちは。ライターの竹島千遥です。

焼き物の里として知られる、栃木県の益子町。実は、中世建築 (鎌倉時代~室町時代の建築物) がたくさん残る街でもあります。

街なかには室町時代の建築物が数多く残っており、そのうち7つが国指定重要文化財です。国指定重要文化財の中世建築の数は、なんと東日本で益子町がトップ!

今回は中世建築をめあてに、焼き物だけでない益子町の魅力を見てみましょう。

前半と後半に分け、2日続けてお届けします。

重文指定の建築物が3つ。益子の中世建築を語るならまず、西明寺へ

まずは、益子の中世建築を語るには欠かせない、西明寺 (さいみょうじ) へ向かいます。

その理由は、境内の3つの建築物が国の重要文化財に指定されているため。7つのうちの3つが、このお寺で見られてしまうわけです。

西明寺の正式名称は「獨鈷山普門院西明寺 (とっこさんふもんいんさいみょうじ) 」。獨鈷山とは高館山 (たかだてやま) の別名で、栃木百名山にも選ばれた益子のシンボルともいえる山です。

西明寺は、この高館山の中腹に位置しています。ぐねぐねした山道を車で上っていくと、色づいた紅葉が出迎えてくれました。

右側の建物が、受付と御食事処がある「獨鈷處 (どっこいしょ) 」。昼時には美味しい手打蕎麦をいただけます
右側の建物が、受付と御食事処がある「獨鈷處 (どっこいしょ) 」。昼時には美味しい手打蕎麦をいただけます

行基がひらき、弘法大師が再興させた古刹

受付の方の案内で、境内へ続く参道を上っていきます。

石段の参道脇には椎の巨木などが茂り、栃木県の天然記念物に指定されています
石段の参道脇には椎の巨木などが茂り、栃木県の天然記念物に指定されています
茎が円形ではなく四角形をしている、四方竹 (しほうちく) の林。西明寺のある高館山周辺は暖かい気候で、県内の他の地域では見られない植物が数多く生育しています
茎が円形ではなく四角形をしている、四方竹 (しほうちく) の林。西明寺のある高館山周辺は暖かい気候で、県内の他の地域では見られない植物が数多く生育しています
山の中だけあって、急な石段が続きます。上り切った先に、立派な建物が
山の中だけあって、急な石段が続きます。上り切った先に、立派な建物が

石段を登りながら、西明寺の起源を教えてもらいました。

西明寺は、奈良時代の737年に行基によってひらかれたお寺。行基の作った十一面観音立像が秘仏の本尊として安置されています。

782年には弘法大師が再興して隆盛を極めましたが、その後は戦乱などによって荒廃と再興を繰り返しました。

室町時代の1394年、益子の地を治めていた益子氏によって復興され、そのころ建立された3つの建築物が、国の重要文化財に指定されているそうです。

「西明寺は何度も戦火を受けましたが、そのたびに仏像など大切なものは他の場所に移動させ、守り続けてきたんですよ」

中世建築の魅力を味わえる、おすすめの見どころを3つ教えて頂きました。

見どころ其の一:中世建築らしさが色濃く出た「禅宗様」の楼門

階段を上りきると早速、国指定重要文化財の楼門と三重塔が現れました。

「楼門は室町時代後期の1492年建立で、中世らしい禅宗様 (ぜんしゅうよう) という建築様式を用いています。両脇には阿吽 (あうん) の2体の仁王様が立っています」

楼門は石段を上ってすぐのところに建っています。下から見上げる形となり、すごい迫力です
楼門は石段を上ってすぐのところに建っています。下から見上げる形となり、すごい迫力です
近づいてみると、、木の部材がたくさん見えます
近づいてみると、木の部材がたくさん見えます

「禅宗様 (ぜんしゅうよう) 」とは、日本の中世建築様式のひとつ。

他に「和様 (わよう) 」「大仏様 (だいぶつよう) 」と合わせた3種類が、中世建築の代表的な様式です。

和様とは、平安時代から日本国内で独自に進化してきた伝統的な建築様式のこと。他方、大仏様と禅宗様は、鎌倉時代に中国から新しく伝来した建築様式のことです。

この3つの建築様式は、屋根の裏側にある垂木 (たるき) という部材の配置の違いによって見分けられます。

和様は全て平行に配置されており (平行垂木) 、禅宗様は全て放射状に配置されています (扇垂木・おうぎたるき) 。大仏様では屋根の中心は並行に、四隅だけが放射状に配置されています (隅扇垂木) 。

また、大きく反り返った屋根も、禅宗様の大きな特徴としてあげられ、力強く男性的な印象を与えます。

屋根の裏側に放射状に広がる、扇垂木 (おうぎたるき) 。禅宗様の特徴をよくあらわしています
屋根の裏側に放射状に広がる、扇垂木 (おうぎたるき) 。禅宗様の特徴をよくあらわしています

見どころ其の二:日本で唯一の、「銅板葺」屋根が美しい三重塔

「三重塔は楼門よりも半世紀ほど新しい1538年の建立です。層によって建築様式が異なっているんですよ。

初層 (一番下の部分) は和様、三層は禅宗様で、間の二層はその両方を取り入れた折衷様 (せっちゅうよう) で作られています」

下から見上げると、木の部材の細かさに目がくらみそう。初層は平行垂木、二層と三層は扇垂木です
下から見上げると、木の部材の細かさに目がくらみそう。初層は平行垂木、二層と三層は扇垂木です

一般的に、塔の屋根は茅葺や瓦葺などが多いのですが、西明寺のものは銅板葺。しかも1枚の面ではなく、何段かに分けて葺いた板屋根の塔は、日本で唯一この三重塔だけだそう。

急勾配の屋根は、初層と二層は2段、三層は3段に分かれています。
急勾配の屋根は、初層と二層は2段、三層は3段に分かれています

ところで、三重塔は3階建の建物なのだとばかり思っていたのですが、そうではないようです。

「塔の中には真ん中に心柱 (しんばしら) が立っているだけで、階段もありません。内部は下から上まで、がらんとしています」

見どころ其の三:秘仏が安置される、本堂内の厨子

楼門、三重塔をじっくりと拝観したら、秘仏が安置されている本堂へ。

西明寺本堂。手前の紐で囲われた部分は、 両手・両膝・額を地面につけて礼拝する「五体投地 (ごたいとうち) 」をおこなった場所
西明寺本堂。手前の紐で囲われた部分は、 両手・両膝・額を地面につけて礼拝する「五体投地 (ごたいとうち) 」をおこなった場所

「本堂の中にある建物が、3つめの国指定重要文化財である、厨子 (ずし) です。西明寺に残る建築物の中で最も古く、室町時代前期1394年のもの。こちらも楼門と同じく禅宗様の建築物です」

秘仏である本尊の十一面観音立像はこの厨子の中に安置されており、その姿を見ることは出来ません。厨子の周りには鎌倉時代に作られたという、たくさんの仏像が並んでいます。

建物の中に建物が。黒漆塗の厨子の周りを仏像が取り囲み、まるで厨子とその中の本尊を守っているかのよう
建物の中に建物が。黒漆塗の厨子の周りを仏像が取り囲み、まるで厨子とその中の本尊を守っているかのよう
小さな作りながら、中世の建築様式が見られ、堂々とした佇まい
小さな作りながら、中世の建築様式が見られ、堂々とした佇まい

「本尊の十一面観音立像は、1200年以上の西明寺の歴史の中で、火災や廃仏運動の難を逃れるために持ち出されたり隠されたりしたため、数十年前の修復を終えるまでは両手がない状態だったんですよ」

十一面観音立像は、12年に一度「午の年」に御開帳され、一般の人も見ることができるそう。次は2026年です。

地獄の大王、こわーい閻魔様が笑っている?

中世建築を堪能した後、もうひとつの見どころを教えてもらいました。

「西明寺には、世にも珍しい『笑い閻魔』がいらっしゃいますよ」

案内されたのは閻魔堂。普段は外から覗くことしかできないそうですが、特別に中に入らせてもらいました。

閻魔堂の中には、大きく口を開けて笑う閻魔大王の姿が
閻魔堂の中には、大きく口を開けて笑う閻魔大王の姿が

本当だ、笑ってる…!

「閻魔大王は、本来は地蔵菩薩、つまり、お地蔵様の化身なんです。お地蔵様はいつも笑っており、真言は『ハハハ』という笑い声。だから、この閻魔様も、真言を唱えて笑っているんです。

ちなみに正面から見て左側にいるのが悪童子 (あくどうし) 、右側にいるのが善童子 (ぜんどうし) です。閻魔大王に、死んだ人の生前の行いを報告しています」

閻魔大王には死んだ人が天国・地獄どちらに行くのかを審判する役割があります。悪童子はその人が生前犯した悪行を報告し、善童子は生前の善行を報告するそう
閻魔大王には死んだ人が天国・地獄どちらに行くのかを審判する役割があります。悪童子はその人が生前犯した悪行を報告し、善童子は生前の善行を報告するそう

地元の人からも、「西明寺といえば笑い閻魔」と親しまれているのだとか。

西明寺だけでなく、益子には他にもたくさんの中世建築が残されています。

残りの4つの国指定重要文化財の建築物も巡ってきましたので、後半ではその様子をお伝えします。

<取材協力>
西明寺
栃木県芳賀郡益子町益子4469
0285-72-2957
http://fumon.jp/
※本堂内は拝観料300円

文・写真:竹島千遥

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