飛騨高山の純喫茶「飛騨版画喫茶ばれん」 春慶塗の器で味わう一口サイズの贅沢
エリア
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こんにちは。ライターの岩本恵美です。
旅の途中でちょっと一息つきたい時、みなさんはどこに行きますか?私が選ぶのは、どんな地方にも必ずある老舗の喫茶店。
お店の中だけ時間が止まったようなレトロな店内に、煙草がもくもくしていたり。懐かしのメニューと味のある店主が迎えてくれる純喫茶は密かな旅の楽しみです。
旅の途中で訪れた、思わず愛おしくなってしまう純喫茶を紹介する「愛しの純喫茶」。今回は、飛騨高山の版画文化に触れられる「飛騨版画喫茶ばれん」を訪ねます。
歴史ある町家で、版画に囲まれてひと休み
JR高山駅から徒歩10分。古い町並みの一つ、三町伝統的建造物群保存地区の目抜き通りに「飛騨版画喫茶ばれん」はあります。
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ここは約400年前の商家の面影を残す、この町で最も古い建物なんだとか。明治8年の大火で燃えてしまった家屋が多い中、この町家には天保6年と記された柱も残っているといいます。
「このあたりの家は軒先が低くて、家の奥へ行くほど天井が高くなっているの。軒の高さを陣屋(昔のお役所)より高くしてはいけなかったからなんです」と、店主の中村隆夫さんが教えてくれました。
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どの席にしようかなと見渡すと、店内の壁には版画作品がいっぱい。どれも地元の作家の方々による作品です。
展示されている作品のほとんどは購入できるというので、ギャラリーの中に喫茶店があるかのようです。
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飛騨高山のモノクロームな美意識
「でも、そもそもなぜ版画?」
この疑問を中村さんにぶつけてみると、「木の国でもある飛騨高山では版画美術がさかんで、学校でも熱心に教えるほど。この土地に根付いているものなんです」とのこと。
さらに、木材の黒と漆喰壁の白から成る飛騨高山の家屋、木造家屋の黒と雪の白が織りなす冬の景色が、白黒版画の美的感覚に通じるものがあるといいます。
「版画は飛騨高山の伝統的な町並みを邪魔しないもの。しかも、こうして店内に飾れば作家さんを応援することもできますよね」
店内の版画作品を見つつ、このあたりに並ぶ町家で2階に上がれるチャンスはめったにないので、階段を進みます。
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「ちょっとずつ」が贅沢な楪子甘味
腰を下ろしてひと息ついたら、小腹も空いてきた様子。メニューをながめていると、ちょっと変わったものを発見しました。その名も「楪子 (ちゃつ) 甘味」。
「ちゃつ」とは、精進料理やお茶席で使われる漆塗りの木皿とのこと。高山では、お祭りのときに客人に料理をふるまうために使われ、昔はどの家にも50~100枚ほど木箱入りで必ずあったのだとか。
一度に何軒も挨拶に回るお客さんのために、小さいお皿に赤飯やお刺身、天ぷらなどをのせて出していたといいます。ほどよい食べ切りサイズのご馳走なんて、粋なおもてなしです。
今ではそうした文化は廃れてしまったものの、中村家で代々使っていた春慶塗の楪子を再活用して生まれたのが、甘味を少しずつ盛った「楪子甘味」だそう。
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北海道産の大納言小豆を使用したぜんざいに、白玉、栗の甘露煮、きな粉と抹茶のわらび餅が少しずつ楪子にのせられて運ばれてきました。
甘すぎない小豆に、もちっとした白玉をほお張ったら、「次はぷるんとしてそうなわらび餅にしようかな。きな粉と抹茶どっちにしよう?」なんて迷えるのも「楪子甘味」ならではの贅沢です。
ゆっくりとした時間の流れに身を任せて、緑茶をすすりながらボーっとするのも至福のひとときです。あともう少しだけ休んだら、もうひと歩き。飛騨高山の版画文化や町家のこと、楪子のことを知ったら、古い町並みがまた違った姿に見えてきそうです。
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飛騨版画喫茶ばれん
岐阜県高山市上三之町107
TEL:0577-33-9201
営業時間:8:30~17:00(12月~3月は9:00~16:30)
定休日:不定休
文・写真:岩本恵美