飛騨高山の版画文化が生んだ、真工藝の木版手染ぬいぐるみ
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こんにちは。ライターの岩本恵美です。
私は毎年、その年の干支の置物や人形を玄関に飾っているのですが(風水的にいいらしいんです)、飛騨高山でとっても可愛らしい干支のぬいぐるみを見つけました。
見てください、このぬいぐるみたちを。
コロンとした丸みのある形、どこかぬくもりを感じる色合い、そして動物たちの何ともいえない素朴な表情。これを「可愛い」と言わずして、何を「可愛い」と言うのでしょう。
飛騨高山と版画のカンケイ
これらのぬいぐるみを作っているのは、飛騨高山にある「真工藝 (しんこうげい) 」。木版画を基調とした工芸品を製作する工房です。つまり、このぬいぐるみたちも実は版画の技術を応用して作られているんです。
ここ飛騨高山は、昔から木材の産地として知られ、人々の暮らしの中に版画がありました。雪深い冬、余暇の楽しみとして版画をしたり、大正時代以降は版画を教育に取り入れたりするなど、版画は飛騨高山の人々にとても身近なものです。
武田由平 (たけだ・よしへい) や守洞春 (もり・どうしゅん) ら数多くの版画家を輩出し、今でも木版画の国際公募展が行われているほど。
版画文化から生まれた新たな技法
「飛騨高山では子どものころから版画をよくやるんです。小学校でも図工の時間に必ずやりますね」と教えてくれたのは、真工藝の田中博子さん。
1972 (昭和47) 年に先代が創業した真工藝。その始まりは、版画皿だったそう。市内で民芸品を扱う土産物屋の記念品として考案されたのだとか。版画で何かを作ろうというのは、ごく自然な流れだったといいます。
そして、先代の奥さまが絵更紗をたしなむ染色家であったことから、版画を何とか布に摺れないかと試行錯誤。その結果生まれたのが、ぬいぐるみにも施されている「木版手染」という独自の染めつけ技法でした。
一つの版木に彩りを宿す
木版手染は、布を版木の上に置いてばれんで摺るという、まさに版画の要領で行われます。版画では、多色刷りの場合、仕上がりの色ごとに版木を製作して紙に色を重ねていきますが、木版手染の版木はただ一つ。
というのも、布はタテヨコ斜めに伸縮するため、摺っているうちに版がずれてしまう恐れがあるからです。そこで、一つの版木に一度に全部の色をのせて摺っていきます。
「色が混ざらないように、通常の版画よりも版木を深く彫らないといけないのが難しいところ」と田中さん。深く彫ることで、余分な染料が溝に逃げていくのだそうです。
摺りあがったら、高温で蒸して色止めします。摺った直後と蒸した後の発色は違うので、色の調整も必要とのこと。
染料も市販のものをそのまま使用せず、色を合わせて微妙な色合いを作っているので、まったく同じ彩りが出ないのも木版手染の面白いところです。
「染料も生きているんですよね。状態が悪いと変色してしまうので、特に夏場はこまめに少しずつ作るようにしています」
最後にもみ殻をつめて、縫い上げたら出来上がり。全て手作業で行われ、一つひとつ表情や形が異なるのも魅力です。
飛騨高山を感じさせる「物語」のあるデザイン
ぬいぐるみのデザインは、自分たちの生活の中にあるものをモチーフにするところから始まったといいます。先代も当代も狩猟や釣りが好き。雉や馬、山鳥、魚など、自然豊かな飛騨高山を彷彿とさせるものが多いのも納得です。
初期に製作した馬のぬいぐるみは、飛騨高山に伝わる名匠・左甚五郎 (ひだり・じんごろう) 作の木彫「稲喰馬 (いなくいうま) 」をモチーフにしたもの。この馬のぬいぐるみが午年に人気を博したことから、毎年干支のぬいぐるみを作るようになったといいます。
ただし、いわゆる干支っぽいものでなく、一つひとつに物語を込めてデザインしているのだそう。
たとえば、ねずみは飛騨の赤かぶを抱いた白鼠。「立派な赤かぶを拝借してきて嬉しいのかも」なんて想像が膨らみます。
和風すぎないデザインが、日本家屋だけでなく、現代の部屋にもなじむ真工藝の木版手染ぬいぐるみ。毎年一つずつ集めてみたくなりました。一年の始まりに飾るたびに、その物語や飛騨高山に思いを馳せることができそうです。
<取材協力>
真工藝
岐阜県高山市八軒町1-86
TEL:0577-32-1750
営業時間:10:00~18:00
定休日:火曜日
文・写真:岩本恵美