細萱久美が選ぶ、生活と工芸を知る本棚『柳宗理 エッセイ』
こんにちは。中川政七商店バイヤーの細萱久美です。
生活と工芸にまつわる本を紹介する連載の七冊目です。今回は日本を代表するインダストリアルデザイナー、柳宗理さんの本をご紹介します。
柳宗理さんのことは、よく知っているという方から、名前は聞いたことがあるという方まで、比較的広く知られているデザイナーの1人だと思います。
20世紀に活躍し、戦後日本のインダストリアルデザインの確立と発展における功労者であり、代表作のバタフライスツールは海外でも有名です。
テーブルウェアや調理道具など、今でも入手しやすいプロダクトは多数あり、定番となっているモノも少なくないので、もしかしたら柳宗理デザインと知らずに使っていることもあるかもしれません。
プロダクト以外の作品は本を読むまで知りませんでしたが、自動車、歩道橋、そしてオリンピックの聖火台のような大掛かりなものに至るまで、活躍の幅が広かったそうです。
横浜市営地下鉄の仕事も興味深く、水飲み場、ベンチ、あると何気に嬉しい背もたれサポーターも宗理さんが生み出した公共の道具。横浜駅の「港の精」のようなレリーフも手がけられています。
2003年、88歳を迎えた年に宗理さんが初めて刊行したエッセイ選集である、そのタイトルも「エッセイ」は、日本のプロダクトデザインをリードしてきた重鎮が、軽妙な言葉でつづっているデザイン論です。
いつか読もうと本棚に長いことありつつも、ようやく読むに至った本なのですが、工芸と暮らしを知る本棚には必須だと改めて実感しました。
内容は、タイトルがエッセイというだけに、思いのままに編集されています。
それまで書き溜められたデザイン論から、雑誌「民藝」における伝説的連載「新しい工藝/生きている工藝」、日本と世界のアノニマス・デザイン、そしてお父さんであり、民藝運動の父と言われる柳宗悦さんのこと、民藝とモダンデザインの関係についてなど、柳宗理のデザインにまつわる発想や嗜好がじっくり理解できる本です。
著者のデザイン観が最も凝集されているのが冒頭の「アノニマス・デザイン」の項。アノニマスとは「無名の・匿名の」という意味で、デザイナーが関与せずに作られたモノを指します。
たとえば匿名の職人によって作られたジーパン、野球のボール、ピッケルなどにむしろ優れたデザイン性を見出しています。
ご自身もデザイナーでありながら、アノニマスとは如何に、とも思いましたが、決してデザイナー否定という発想ではなく、派手で奇抜な流行の使い捨てデザインの否定という考えです。本業ゆえに、デザインに対してはかなり手厳しい言葉が綴られています。
「本当の美は生み出すもので、作り出すものではない」というのが宗理さんの基本概念であり、柳デザインのプロダクトも、それと知らずに選ばれ、使い続けられることが理想なのかもしれません。
この概念は、「用の美」や「用即美」といった、柳宗悦さんが民藝運動の中で発した概念と通じています。ここで、用を実用とだけ捉える認識は間違いで、生活は物質的なものと心理的なもので成り立っており、用には物と心の調和があってこそ美となりえると言います。
「用の美」こそ、柳親子の共通にして最重要な概念と理解しました。これを成すデザイナーという職業はなかなかに難しい仕事で、自分はデザイナーではないですが、生活工芸の商品企画に携わっているので、「用の美」の意味を「機能美」と誤解していたことが分かり、府にも落ちたことは大きな収穫でした。
手仕事の民藝と、宗理さんのモダンデザインには用即美を始め、必然性のある「材料」「技術」を活かし、「量産」「廉価」を目指すなど共通項は多いのですが、そもそも宗理さんのプロダクトは、かなりの手仕事の末に生まれています。
デザイン考案時の幾多の模型は手で作られ、完成したプロダクトは人の手でしか作り出せないフォルムをしているモノが少なくありません。
実際に燕三条の金属工場でやかんの製造を見学したことがありますが、人間工学にも基づいた微妙なフォルムは、熟練の職人さんの手加減で慎重に仕上げられ、インダストリアルであると同時に「用と美と結ばれるもの、これが工芸である」と実感しました。
「健全な社会が健全なデザインを生む」という言葉もあり、1人のエンドユーザーという立場でも、良いものを長く使うことを心がけ、良い工芸品を生み出すデザイナーと作り手を応援していきたいと思わされた本です。
デザイナーはもちろんのこと、工芸や民藝、暮らしの道具に興味とこだわりのある方には一読をおすすめします。
<今回ご紹介した書籍>
『柳宗理 エッセイ』
柳宗理/平凡社ライブラリー
細萱久美 ほそがやくみ
東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、
美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。
文:細萱久美