長崎特産「べっ甲細工」の工房で、水と熱の芸術を見る

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べっ甲の彫刻

長崎を代表する工芸品のひとつ、べっ甲細工。

べっ甲細工は、もともとは中国の技術でした。万里の長城で名高い秦の始皇帝がかぶる王冠の一部が、べっ甲で装飾されていたといわれています。

日本におけるべっ甲製作の歴史は、幕府の鎖国政策によって、オランダと中国による長崎一港での貿易となった江戸時代に始まります。貿易で原料を入手できた長崎でべっ甲細工は発達し、花街丸山の装髪具にも用いられるように。その後、京都・江戸へと流行していきました。

耳にしたことはあるけれど、そもそも「べっ甲」とはどんなもので、どのように作られていくのでしょう。300年以上に渡って長崎でべっ甲細工を作り続ける老舗、「江崎べっ甲店」を訪れました。

1709年 (宝永6年) 創業の江崎べっ甲店。和洋折衷の建物は、国の登録有形文化財に指定されています
1709年 (宝永6年) 創業の江崎べっ甲店。和洋折衷の建物は、国の登録有形文化財に指定されています

迎えてくださったのは、現当主の江崎淑夫 (えざき よしお) さん。店内に展示された資料を見ながら、べっ甲細工について教えていただきました。

江崎べっ甲店9代目当主、江崎淑夫さん
江崎べっ甲店9代目当主、江崎淑夫さん

「べっ甲」ってどんなもの?

「べっ甲は、玳瑁 (たいまい) という海亀の甲羅を使って作られています。その美しさから『海の宝石』とも呼ばれます。

背甲は黄色に茶や黒の斑点模様が特徴ですが、黄色部分の多いものほど上物とされています。腹甲と、ツメ (体の縁の部分) の腹側からとれる黄色 (アメ色) 1色の製品は、量が少ないため珍重されています」

甲羅の背中側「背甲」
甲羅の背中側「背甲」。斑点模様が特徴
甲羅の腹側「腹甲」
甲羅の腹側「腹甲」。厚み数ミリメートルの薄さで、希少価値があります

「さて、背甲は斑点模様、腹甲は黄色1色とお伝えしましたが、こちらの製品を見てみてください。

手前の3つめと4つめは、どの部分で作られているかお分かりになりますか?」

4種類のブローチ。1番上は斑点模様の背甲、2番目は黄色1色の腹甲。3番目と4番目は‥‥混ざっている?! 
4種類のブローチ。1番上は斑点模様の背甲、2番目は黄色1色の腹甲。3番目と4番目は‥‥混ざっている?!

「実はこれ、異なる甲羅を合わせているのです。べっ甲細工は『水と熱の芸術』とも呼ばれますが、接着剤を一切使わずに水と熱と圧縮によって甲羅を接着していきます」

こちらのマスクも、異なる色の箇所はそれぞれ別の部分から切り出したもので作られています
こちらのマスクも、異なる色の箇所はそれぞれ別の部分から切り出したもので作られています

削って、重ねて、熱して、接着して‥‥細工が始まるまでの道のり

異なる甲羅を合わせて接着する、どういうことなのでしょう。

「実際に作っている様子をご覧になるとよくわかりますよ」という江崎さんに案内されて工房の中へ。

工房の様子
工房の様子。静かな空間に、ガリガリ、シャリシャリとべっ甲を削る音が響いていました

「べっ甲細工は、図案を元に生地選びをすることから始まります。製品に見合う色や斑点模様の甲羅を選び型を当てて切り出していきます。

数枚重ねて厚みを出すときには、表面をなめらかにして重ね合わせ、熱を加えて接着します」

生地の表面を削り、なめらかにする「きさぎ」と呼ばれる工程
生地の表面を削り、なめらかにする「きさぎ」と呼ばれる工程
薄い甲羅を何枚も重ね合わせて接着し、厚みを出します
薄い甲羅を何枚も重ね合わせて接着し、厚みを出します

「ブローチなど板状の物を作る際は万力を使います。熱した鉄板の間に重ねた甲羅を挟んでプレス。焦げないように柳の木の板を挟んで行います。

万力で圧をかけた時、重ねた甲羅がズレてしまわないように、熱した火ばしを使って先に『仮付け』をしておきます」

仮付けに使う「火ばし」
「仮付け」に使う、火ばし
熱した火ばしで挟んで接着する
熱した火ばしで挟んで接着する
熱が加わった部分は色濃く、透明になります。ミルキーな黄色から、オレンジ味のある透明で濃い色へ。べっ甲らしくなってきますね
熱が加わった部分は透明になります。不透明な原料が少しずつべっ甲らしくなってきますね

「打出の小槌や宝船など、立体的で曲線のある置き物を作る場合は、押し鏝 (おしごて) を使います。

打ち出の小槌の太鼓部分のように、木の上にべっ甲を貼るときは、甲羅と木の間に卵白を使用して接着し、その上から甲羅を貼り合わせていきます」

炭火で押し鏝を熱して使います
炭火で押し鏝を熱して使います
宝船
べっ甲細工の宝船

「かんざしなど、板状だけれども少し反っている製品がありますよね。こういった形状にする場合には、お湯を使うんですよ」

べっ甲を熱湯で煮て柔らかくし、カーブのついた木型に入れてプレスすると、かんざしのカーブができ上がる
べっ甲を熱湯で煮て柔らかくし、カーブのついた木型に入れてプレスすると、かんざしの曲線ができ上がる

「べっ甲細工において、この熱処理が肝心になります。それぞれ大事な行程ですが、職人が一番習得しないといけないのは『熱加減』。

炭火で熱くなった鏝も、使っていると徐々に温度が下がります。熱いうちは短く、冷めてきたら長く当てるなど、体験に基づいた勘で的確な判断をしながら加工していきます」

精巧さと立体感を生み出す彫刻、独特の艶を出す仕上げ

こうして地型ができたところで、彫刻、そして最後の仕上げである磨きをおこないます。

「ブローチなどのレリーフは立体感が大切です。全てフリーハンドで少しずつ彫って、凹凸を作りあげていきます」

べっ甲の彫刻
削りすぎると後戻りできません。小さく精巧なデザインも多いので、少しずつ、少しずつ削っていきます
立体感の出た彫刻

彫刻を終えると、目の細かいサンドペーパーで表面を整え、最後の仕上げに移ります。バフ (木綿の布を百枚ほど重ねて回転させる機械) による摩擦で磨き上げていきます。

木綿の布を数十枚重ねて回転させるバフ。最終仕上げの磨きを行う
最終仕上げの磨き
磨くと、独特の艶が出る (右側)
磨くと、独特の美しい艶が出ます (右側がバフをかけた部分)

「王」が付く漢字の意味

「現在は『べっ甲細工』という呼び名が一般的ですが、本来は原料の名前を取って『玳瑁細工』と呼ばれていました。

『王偏の漢字』と聞いて、どんなものを思い浮かべますか?

珊瑚、琥珀、瑠璃 (=ラピスラズリ)など、王の付く漢字は古来より中国では宝物として珍重されてきたものを示しています。

玳瑁も貴重な贅沢品です。日本最古のものは、約1400年前に遣隋使の小野妹子らが持ち帰った帝への貢物でした。『玳瑁杖 (たいまいのつえ) 』『玳瑁如意 (たいまいにょい) 』『螺鈿紫檀五弦琵琶 (らでんしたんのごげんびわ) 』など。東大寺正倉院の宝物庫で今も大切に保管されています」

べっ甲の歴史を辿る資料の展示
店内に展示されたべっ甲の歴史を辿る資料

「『玳瑁細工』が『べっ甲』と呼ばれるようになった時期は、定かではないものの、江戸時代に贅沢を禁じた『奢侈 (しゃし) 禁止令』が出された頃と考えるのが一般的です。

玳瑁製の櫛 (くし) やかんざし類を、価値の低いべっ甲製 (スッポンなどで作った製品) と言い逃れたためと言われています。役人の目をかいくぐって着飾りたいという人々のおしゃれ心と知恵から生まれた言葉でした」

「べっ甲」という呼び名が一般的になった現在も、献上品等の場合には「玳瑁製」という正式な表現が用いられているのだそう。

昭和天皇御成婚時の献上品目録。「玳瑁装身具」とあります
昭和天皇御成婚時の献上品目録。「玳瑁装身具」とあります

日本のべっ甲を世界に認めさせた長崎の職人

1000年以上の長い歴史を持つべっ甲細工。日本に入ってきてからはまだ300年余りですが、世界にその魅力を知らしめた人が長崎にいました。

江崎べっ甲店6代目当主で、べっ甲業界で唯一の無形文化財に指定された江崎栄造 (えざき えいぞう) 氏。江崎淑夫さんのおじいさまです。

栄造氏は、1937年にパリで開催された万国博覧会に「鯉の置き物」を出品し、グランプリを受賞。その後も数々の賞を獲得するなど、長崎のべっ甲技術を世界に広めました。

パリ万博でグランプリを受賞した「鯉の置き物」
パリ万博でグランプリを受賞した「鯉の置き物」

栄造氏の作品も数多く展示されている江崎べっ甲店の店内。べっ甲細工の歴史や製作工程を辿りながら作品を間近に見られる、今昔のべっ甲の魅力を存分に楽しめる場所でした。

<取材協力>
江崎べっ甲店
長崎県長崎市魚の町7-13
095-821-0328

文・写真 : 小俣荘子

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