和紙の使い道を考え抜いた「土佐和紙プロダクツ」100のアイデア
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想像してみる。
こだわりの品が取り揃えられた素敵なショップで買い物をして領収書をもらう時、それがコンビニで売られているような一般的な領収書ではなく、活版印刷が施された手漉きの和紙の領収書だったら。
和紙ならではの手触りや風合いにほっこりした気持ちになりそうだし、領収書にまでこだわるショップの心遣いに驚くだろう。一方のショップからすれば、お客さんに感謝の意を表すための印象的なツールになるに違いない。
日本三大和紙・土佐和紙づかいの製品に
「伝える」ということをテーマに、実際にこの手漉き和紙と活版印刷を組み合わせた領収書を作っている人たちがいる。
高知市内のデザイン事務所「タケムラデザインアンドプランニング」、「d.d.office」、活版印刷を手掛ける「竹村活版室」が組むプロジェクトチーム「土佐和紙プロダクツ」だ。
土佐和紙の職人や土佐和紙の産地であるいの町・土佐市などの機械漉き工場から仕入れた和紙を使って、領収書、カレンダー、ご祝儀袋など日常で使う様々なものを企画、製作している。
土佐和紙の用途の変遷
土佐和紙プロダクツが誕生した経緯は、土佐和紙の歴史と紐づいている。平安時代から高知の一部地域で作られてきた土佐和紙は、越前和紙や美濃和紙と並んで日本三大和紙のひとつとされる。
破れにくく、軽く、柔らいなどの特徴を持ち、江戸時代から明治にかけては、土佐藩の下級武士が着用した「紙衣」、和紙を重ねて漆を塗った弁当箱、髪を結ぶ「元結」など幅広い用途で使われてきた。
しかし、時代の流れとともに手漉きの工房も減り、現在は高知県のいの町と土佐市に数えるほどしか残っていない。現代の土佐和紙は主に美術品の修復、版画や水墨画の用紙、書道紙、ちぎり絵の材料などの用途に使われているが、需要が先細りするなかで新たな使い道を開拓しようと立ち上げられたのが、土佐和紙プロダクツ。タケムラデザインアンドプランニングのメンバーで、竹村活版室も主催する竹村愛さんは、このプロジェクトの成り立ちについてこう振り返る。
「土佐和紙は高級品で気軽に使いにくいものというイメージがありますよね。それで、いの町からもっと身近に使える方法を考えて展示してほしいと相談を受けました。
それから、日常生活のなかで気軽に使えるものを作ってみようということで、高知県内の作家やデザイナーに声をかけて、100案出そうというところから始まりました」
持ち寄られた100のアイデアを50に絞り、土佐和紙職人と組んで製作したものが展示されたのが、2009年にいの町の紙の博物館で開催された「使える和紙展」。この時に生まれたアイテムのひとつが、冒頭に記した領収書だ。
職人との微妙な距離感
50のアイテムは「使える和紙展」に向けて作られたもので、役割はあくまで土佐和紙の新たな可能性を世に提示することだった。しかし、この展示でタッグを組んだタケムラデザインアンドプランニングと「d.d.office」のメンバーは、商品化に向けて動き始めた。
「これまでも、同じようなイベントは何度も開かれていたと思います。一度きりのイベントだと、職人から『またか』という思われてしまうかもしれない。それは悔しいし、せっかくこれだけ案を出したのに、展示で終わらせてはもったいない。だから持続可能な方法で、商品化してみようということになったんです」
最初の一歩として、土佐和紙プロダクツのホームページを作り、ネットショップで販売を始めた。さらに、「紙漉き」の現場を知ろうと、デザインチームが職人のもとに出向き、定期的に紙漉きの体験をするようにした。
そうするうちに職人とデザインチームの距離が近づき、次第に「伝える」というプロジェクトの幹となるテーマが固まっていった。
このテーマに沿ってラインナップを絞り、現在は「真心を伝える」「言葉を伝える」「祝福を伝える」「伝統を伝える」という4つのカテゴリーで商品が販売されている。
例えば、「真心を伝える」のカテゴリーでは4種類の領収書、「言葉を伝える」ではレターセットや原稿用紙、「伝統を伝える」では、A4サイズで家庭用プリンターでも使用できる和紙などが並ぶ。
最近、新しく作られたのが「祝福を伝える」のカテゴリーにある、ご祝儀袋。シンプルながらも、手漉きの和紙ならではの温かみと品の良さが際立つ注目の逸品だ。
職人の変化
土佐和紙プロダクツの商品は少しずつ売れ始め、今では青森から九州までセレクトショップに商品を卸すほどになった。竹村さんは「課題は発信力」というが、宣伝などしなくてもネットショップのリピーターが増え続けており、外国からの注文も入る。
この変化によって、これまでどちらかといえば裏方だった職人自身にも光が当たるようになった。
「以前、ある職人さんは、自分が漉いた和紙が最終的にどう使われているのかわからないと言っていました。でも、土佐和紙プロダクツの商品は誰の、どの和紙を使っているのかわかるので、これだけ売れたよと伝えると喜んでくれます。
県内のセレクトショップなどにも置かれているので、あそこで見たよ、とか知り合いに声をかけられることも増えたそうで、それも嬉しいみたいですね」
職人にとっては、付き合いのある業者から注文をもらい、期限までに収める仕事と違い、土佐和紙プロダクツは顔と結果が見える仕事だ。
その分プレッシャーもあるだろうが、意気に感じているのだろう。当初は明らかに乗り気ではなかったという職人から「万年筆専用の和紙を作ったらどうかな?」など希望やアイデアが出てくるようになったそうだ。
海外からの観光客にもおすすめの土佐和紙プロダクツ
土佐和紙プロダクツの活動がきっかけとなり、東京の企業と新製品も開発した。
「2014年にプラチナプリントの写真を和紙に焼く方法ができて、東京のPGIというと企業から土佐和紙でプラチナプリント専用の和紙を作れないかという話がきました。普段お世話になっている職人に呼び掛けて、1年ぐらいかけて完成しました。これは職人とPGIで直接やり取りしてもらっていますが、今も定期的に注文があるそうです」
「使える和紙展」から9年。土佐和紙の魅力は確実に全国に広まっている。それはきっと、土佐和紙プロダクツのメンバーの想いも「伝わって」きたからだろう。
追い風も吹いている。
高知市では、高知新港を訪れるクルーズ船が急増しており、2015年度には8隻だった寄港数が2016年度に30隻、2017年度には40隻に増えた。これによって日によっては4000人の外国人旅行者が高知市の町を歩いているという。
竹村さんによると、彼らはアンテナショッや土産屋で土佐和紙を購入しているそうだ。そのなかで土佐和紙プロダクツが目指した「日常生活のなかで気軽に使える土佐和紙」も、続々と海を渡っている。
<取材協力>
土佐和紙プロダクツ
文・写真: 川内イオ