何はともあれ、牧野植物園へ行こう。“植物愛”が深まる高知の名所へ
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高知の旅は牧野植物園へ
こんにちは。BACH (バッハ) の幅允孝 (はば・よしたか) です。
さまざまな土地を旅し、そこでの発見や紐づく本を紹介する不定期連載、「気ままな旅に、本」。今回は高知の旅へ。
幅允孝 (はば・よしたか)
www.bach-inc.com
ブックディレクター。未知なる本を手にする機会をつくるため、本屋と異業種を結びつける売場やライブラリーの制作をしている。最近の仕事として「ワコールスタディホール京都」「ISETAN The Japan Store Kuala Lumpur」書籍フロアなど。著書に『本なんて読まなくたっていいのだけれど、』(晶文社)『幅書店の88冊』(マガジンハウス)、『つかう本』(ポプラ社)。
植物の愛人、牧野富太郎
人は観光というと、アミューズメントパークや動物園などに惹かれるようです。
比べて、植物園と聞けば「なんか地味?」と思ったあなたこそ行くべき場所があります。それは、高知県立牧野植物園。
高知の偉人といえば坂本龍馬や岩崎彌太郎、いやいや、アンパンマンのやなせたかしだって高知だぞという方もいるでしょう。
けれど、僕の個人的な高知の素敵な偉人ランキングでは、これまでもこれからもずっと牧野富太郎が不動の1位です。
彼の本を通して伝わって来る、人として、植物研究者としての魅力をぜひ誰かに伝えたいのです。
比較的裕福な造り酒屋の息子に生まれたものの小学校の授業に飽きて2年で自主退学。野山で草木に囲まれながら独力で植物学に取り組み、日本の植物分類学の基礎を築いた高知人、それが牧野富太郎です。
彼はのちに東京帝国大学植物学研究室に出入りするようになり、講師を務めながら論文を提出して植物学博士になりますが、「学位など無くて、学位のある人と同じ仕事をしながら、これと対抗して相撲をとるところにこそ愉快はある」 (『牧野富太郎自叙伝』より) と、のたまうところが既にユニークですよね。既成概念にとらわれない高知人気質とも言えます。
人が生涯追い求める社会的地位やお金になど目もくれず、学歴も勲章も金銭も持たず丸腰で悠々と94歳まで生きたのが彼でした。
そんな生き方がなぜ可能だったのか?という問いの答えは簡単で、彼には植物があったからです。
74歳のとき書いたエッセイには「私は植物の愛人としてこの世に生まれてきたように感じます。あるいは草木の精かも知れんと自分で自分を疑います。ハヽヽヽ。」 (『植物と心中する男』より) と記しています。
「飯より女より好きなものは植物」と断言し、寝ても覚めても夢中になれるものが傍らにあること。結局、仕事は朝起きる理由づくりだと僕は思っているのですが、彼の場合、生涯を通して植物を学び遊んだという生き方がとても素敵だと思うのです。
そんな牧野富太郎の植物の見方を感じるために、牧野植物園に行きましょう。
いざ、牧野植物園へ
1958年に高知市の五台山に開園したこの場所は、約6haの園内に3000種類もの野生植物が四季を飾っています。常設展だけでなく企画展も充実し、フラワーショウや音楽イベントなども催されている国内でも有数の植物園です。
今回も含め何度も僕は牧野植物園を訪れたことがあるのですが、その魅力は園内に漂うきもちよい空気感と、ゆったり流れる時間の心地よさが他のアミューズメント施設とは明らかに違うことです。
大きい昆虫に受粉をしてもらいたいチューリップやバラは花が大きく、小さな昆虫に花粉を運んでもらいたい桜や梅は花が小さい。
ツツジの花が横を向いているのは虫が入りやすくするためで、上側の花弁の中央に胡麻をまいたような印があるのは、蜜の位置をしらせるため。
僕が知っている何気ない植物の美しさや性質 (牧野風にいうなら生き様でしょうか) は、ぜんぶ彼の書物から教えてもらったことです。
しかも、彼の文章は本当にわかりやすい。
例えば、松や杉など風で花粉を飛ばす植物のことを「きれいな色や匂いで花の存在を広告する必要がないのです」(『なぜ花は匂うか』より)と語り、松や杉の花が人目に触れないわけを伝えてくれます。
生粋の植物狂で先鋭の研究者なのに、誰にでもわかる姿勢を決してなくさないのが、牧野の本当に偉大なところだと僕は思います。
そして、そんな彼の視線に誘われるよう、すべての植物に様々な面白さや意味を感じることができるので、この植物園ではあっという間に時間が過ぎてしまうのです。
小学校を辞めたあとに野山にいた牧野も、きっと同じ時間体験をしていたのかもしれません。
また、牧野植物園で見逃してはならないのが、彼が描いた「牧野式」植物図です。
牧野富太郎記念館展示館で何枚も鑑賞できる彼の作品は、植物分類の研究用に描かれたものです。が、芸術の域に達していると僕は思います。
鉛筆と筆で陰影をつけ、丁寧に描かれた植物たち。花弁の先端の柔らかさまで再現するような筆さばきによるニュアンスは、写真では表現できないものです。
また、植物画というのは、1つの画面の中に植物の全体とパーツをかき分け、成長過程などの差異も記さないといけないのですが、牧野はその辺りのエディトリアルデザインのセンスが抜群です。
植物研究誌の表紙レタリングも自ら手掛け、特製の名刺をつくるなど、研究内容の伝達までしっかりと吟味した現代型クリエイターの感覚を持ち合わせていたと思います。
疑いなく牧野は実地調査の鬼 (生涯40万枚の植物標本を作り、蒐集しました) でしたが、その差し出し方にも考えを巡らせていたのですね。
ちなみに牧野が植物採集に出るときはいつも三つ揃えのスーツを着て、特製の胴乱 (植物採集用のカバン) を持ち歩く洒落者だったようです。
また、今回の訪問では特別に牧野文庫の閉架図書 (通常非公開) をみせてもらい、牧野が実際に持っていた書物を何冊か拝見しました。
そのコレクションの中でも、1603年に中国で発行された季時珍の『本草綱目 (ほんぞうこうもく) 』(世界記録遺産にも登録されています)という自然界に存在するあらゆる漢方の素材を記した薬学本や、杉田玄白の翻訳した『解体新書』を見て、手描きの視覚表現を用いながら専門的な内容をわかりやすく伝える「牧野式」植物図の原点を垣間みたような気持ちになりました。
自由闊達な精神を持ちながら、自身の研究の届け方にも気を配る牧野富太郎。「1枚の葉も無駄にくっついてはいないのです」とわかりやすく植物を教える彼の名を冠した植物園は、いつも眺め通り過ぎてしまう草花の奥行きを伝えてくれる場所でした。
《まずはこの1冊》
『牧野富太郎 なぜ花は匂うか』(平凡社)
『牧野富太郎 蔵書の世界』(高知県立牧野植物園)
<取材協力>
高知県立牧野植物園
高知県高知市五台山4200-6
088-882-2601
http://www.makino.or.jp/index.html
文 : 幅允孝
写真 : 菅井俊之
*こちらは、2018年6月1日公開の記事を再編集して掲載しました。身近な植物でも知らないことがたくさん。散策しながら発見を楽しみたいですね。