ハロー、松葉ガニ & 永楽歌舞伎

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こんにちは、BACHの幅允孝です。
さまざまな土地を旅し、そこでの発見や紐づく本を紹介する「気ままな旅に、本」のコーナー。前回は「奈良にうまいものはない」と言い放った志賀直哉の呪い(?)を取りあげたが、今回は兵庫県豊岡市への旅である。そう、そこは志賀直哉が『城の崎にて』を書いた城崎温泉などがある町。あまり彼ばかりを引っ張るので、読者の皆さんには「どれだけ好きなん?」と思われているかもしれない。(実際、志賀直哉はいいんですよ。特に短編が本当に。)けれど、この時期に豊岡を訪れる理由はたくさんあるのだ。
まずは、11月7日に解禁となる松葉ガニ。これは関西圏の人にはおなじみだろう。毎年、「かにカニ日帰りエクスプレス」という謎の臨時特急列車が増発し、温泉に浸かり新鮮な蟹を食べる悦楽に身を委ねる方が多いという。そして、もうひとつは毎年この時期に豊岡市出石にある永楽館で開催される「永楽歌舞伎」である。片岡愛之助を座頭として9年前から始まったこの定期公演。2016年は11月4日から11日までの公演だったのだが、蟹も食べられ、歌舞伎も見られる11月7、8、9、10、11の5日間のみが、豊岡で味わえる贅を凝縮した究極の数日といえるだろう。というわけで、煩悩と食欲を否定しない我々は行ってまいりました。究極の豊岡を味わいに。  

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東京 羽田空港を7時半に出発する便に乗り、伊丹空港で乗り換え。そこから日本エアコミューターの小さな機体に30分ほど揺られ、9時40分に但馬空港へと到着した。関東圏からは、断然列車よりも飛行機の方が早いのである。空港からJR豊岡駅まで車で20分ほど走り、奈良からやってきた中川政七氏をピックアップ。さらにそこから20分ほど運転し、出石の町に到着した。

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室町時代は山名宗全らが治めていたというこの周辺。豊臣秀吉の弟・秀長によって山名が滅ぼされた後は木下昌利、青木甚兵衛などが城主を務めたが、結局、播州竜野にルーツを持つ小出吉英が平山城を新しくつくり、いまの出石の前身となる城下町づくりが行われたという。「但馬の小京都」といわれる町並みは実に風情があり、ぶらぶら目的もなく歩いていても愉しいのだが、せっかくだから何軒か訪れるべきお店を紹介しよう。

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まずは、町を歩いていてもひときわ目に入る、赤土でできた土蔵。これは、1708年(宝永5年)に創業した「出石酒造」の酒蔵だという。ここではお酒の販売だけでなく、気軽に試飲もできるとのことなので、蔵を代表する「楽々鶴」(ささづる)の上撰原酒をちびりいただく。アルコール度数は高めだが、案外するりと喉を通る。ほんのりとした甘みは透明感もあり、なんだか急に気分もあがってくるではないか。やはり、いい旅に地元の酒は欠かせませんな。

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と、昼から呑んでいる言い訳もほどほどに、次に紹介したいのが「出石皿そば」である。この蕎麦、小さな出石焼きの小皿に盛り付けられ、それを何枚も食べる独特のスタイルなのだが、薬味が実にユニーク。ねぎ、大根おろし、わさびは定番だが、ここに玉子ととろろが加わるのが出石皿そばである。

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訪れた「たくみや」は若き蕎麦職人 宮下拓己さんが営むお店で古民家を改装した町家風の内装が心地よい。僕たちは、いろりを囲んでゆったりしていたのだが、なによりも蕎麦が美味で驚いた。なんでも、麺棒一本で延ばす「丸延し」や「手ごま」で蕎麦を切るなど、出石皿そばの伝統をしっかりと守った丁寧な蕎麦づくりを心掛けているそうだ。そんな蕎麦に、これまた出汁にこだわったつゆをつけて、ちびりと一口。鼻腔を蕎麦の薫りが駆けのぼる。さらに、ねぎやわさびに始まり、玉子やとろろなど多様すぎる薬味をどんどん加えていけば、自分ならではの蕎麦を味わえるというわけだ。ちなみに、僕は愛知の出身。「ひつまぶし」文化に慣れ親しんでいた者としては、この「自分で味を創っていく」出石皿そばは、なんとも愉快な蕎麦だと思えた。

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他にも、出石には見所と思える場所がたくさんある。コリヤナギで編んだ豊岡杞柳(きりゅう)細工の「たくみ工芸」では、伝統的な柳行季(やなぎごおり)のトランクを物色。驚くべき技術と忍耐で、コリヤナギの栽培から加工、製作まですべて手作業で行う職人の気概に触れ、大きなものだと1年以上待ちという人気の理由を知る。

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また、「永澤兄弟製陶所」では、透き通るような磁肌の出石焼を拝見。柿谷陶石という純白の原料からつくられる静謐な磁器は、出石蕎麦の小皿もいいが、緊張感のある花器や大きめの皿だと特性がより生きるように感じた。窯元五代目永澤仁さんは、出石焼の伝統を守りながらそれをどう越えていくのかを日々考えているそうだ。

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