「人を呼ぶ」雪山生まれのそうめん。奈良・坂利製麺所が冬にしか麺をつくらない理由
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夏の定番食、そうめん。
お中元にも喜ばれるアイテムですが、実は暑い季節のイメージとは裏腹に、寒さ厳しい冬こそが製造のハイシーズンであるのをご存知でしょうか。
今日はそうめん発祥の地といわれる奈良で、山奥に「人を呼ぶ」そうめんのお話です。
奈良県東吉野村へ
「ここから先に、民家はありません」
そこは2月の吉野。
春はお花見でにぎわう奈良の一大観光地も、真冬は一面が銀世界です。
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車中で履き替えるのは長靴でなくスノーブーツ。どれほどの雪深さかが推し量られます。
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車を降りて案内された道を進むと、一筋の滝が静かに流れていました。
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弘法大師の伝説が残る傍らの「衣掛 (きぬがけ) 杉」 には、樹齢千年の看板。
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どうどうという水の音以外は何も聞こえてきません。
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人の住む世界との境目のような神聖な空気。そんな滝のそばに、今日のお話の舞台であるお宅があります。
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坂口家。
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古くからこの地で林業に携わり、8代目。しかし今は林業とは別に、もうひとつの事業でもその名を知られます。
手延べそうめん・うどんの製造会社、坂利 (さかり) 製麺所。1984年創業。
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国内に先駆けて素材に国産小麦を導入。地元吉野の葛をつかったそうめん、業界初のフリーズドライ製法を生かしたマグカップそうめんなど、アイディア商品も人気です。
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山深い東吉野村で何百年と続く材木屋さんがこの地で作り出すそうめんが、今日のお話の主役。実はこの坂利製麺所が始めたのは、「人を呼ぶ」そうめんなのです。
そうめんで過疎を食い止める
「ここ東吉野村は多くの家が林業をなりわいとしています。しかし林業は夏の仕事です。雪が降れば山に入れず、仕事ができません。
安定した収入にならないため、高度経済成長期に都会に出て行く人が急増し、過疎が一気に進みました」
なんとか冬の仕事を作りたい。
現代表である坂口利勝さんの母で当時専業主婦だった良子さんは、従業員たちが次々と自分の子どもを都会へ出す姿をみて、思案しました。
飛び込んだのが、そうめんの発祥と呼ばれる「三輪そうめん」の製麺所。
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当時、規制緩和により製造した麺を「三輪そうめん」と名乗れるエリアが拡大され、周囲の人たちが次々とそうめん作りを習いに行っていました。
そうめんなら保管がきくので冬につくって夏に売ることが出来る。そこに可能性を感じたそうです。
「おしん」が後押ししたそうめん起業
「最初は楽しかったんですけどね、だんだん、これは難しいかなぁと思い始めたころでした。NHKの取材がはいったんです。
研修に来ている動機を尋ねられて、この村の実情を話して『地域の産業にしたい』と語りました。
そうしたら、放映された直後から『私も手伝いたい』って人からどんどん連絡がきて。
ちょうど『おしん』が大ヒットしている年で、ドラマが始まる直前の時間帯にそのニュースが流れたから、地域の人がみんな見ていたみたいなんです (笑) 」
無理ですよ、失敗しますよと当人の弱気をよそに、冬の収入源に困っていた地域の人は大喜び。周りに後押しされる格好で坂利製麺所はスタートしました。
冬季限定の理由
起業の動機が「冬の仕事をつくること」だったので、坂利さんの工場に年間稼働率という言葉は存在しません。そうめんをつくるのは、10月から4月の7ヶ月間だけ。
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それ以外の期間は商品を包装する仕事がありますが、夏に山仕事を持っている人は、冬場の麺づくりだけ働きにやってきます。
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人によって勤務形態もさまざま。良子さん自身が3人のお子さんを育てながらはじめた事業だったので、子育て世代の短時間勤務も歓迎しているそうです。
「一般的な食品メーカーだったら年間稼働率などをまず考えるでしょうから、うちは珍しいケースだと思います。
でも昔から、暑い時期よりも冬につくるそうめんのほうがおいしいと言われているんですよ。価格もはっきり違うくらいです」
実は、夏麺冬麺 (なつめんふゆめん) といって、冬場につくることは地域にとって良いだけでなく、おいしさの理にかなっているのだそうです。
夏麺冬麺
「麺は気温が高いほど早く熟成します。夏は人の作業スピードに熟成をあわせるため、粘りを遅くする塩を多く投入するんです。
すると、ゆがいたときに塩分が流出して、麺の密度がスカスカになる。冬につくった麺は塩分が少なくすむので、その分ゆがいた後も密度を落とさず、コシの強い麺を味わえるんです」
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そうめんの主成分は小麦粉と水、塩。東吉野には、それらをじっくり熟成させる寒さ厳しい冬と、山からの清らかな水がすでに揃っていました。
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「原材料表示にこそ載りませんが、この冬山の澄んだ空気と水が製品を支えていると思います」
良子さんから事業を受け継いだ利勝さんはそう語ります。
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過疎を食い止めるためのそうめんづくり。まだ、続きがあります。
最近は人を留まらせるだけでなく、新たに「呼ぶ」礎にもなっているようです。
林業とそうめんの町のこれから
「実はこの地域で木工をやりたいという若い子がいて、うちで空いていたそうめん工場を工房に使ってもらっているんです。住まいはうちの寮を提供しています」
元そうめん工場にずらりと並ぶのは木の椅子。ここは家具を製作する「維鶴 (いずる) 木工」の工房です。
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維鶴木工のお二人は、2017年の年末に工房をこの東吉野に移したばかり。
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「昔から林業が盛んで資源も豊富なこの土地をものづくりの拠点にしようと思った時に、坂口さんに『うちを使ったら』と声をかけてもらいました。元は色々な素材を使っていたのですが、この土地に来て吉野ひのきの面白さを知って、今では吉野ひのきだけを使って椅子を作っているんです」
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林業の産地の未来を想って始まったそうめんづくり。そのバトンは少しずつ、次世代に受け継がれようとしています。
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<取材協力> *登場順
坂利製麺所
https://sakariseimensyo.bsj.jp/
維鶴木工
http://izr.jp/
文・写真:尾島可奈子
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