3年ぶり開催「大地の芸術祭」を先取り取材。「四畳半」アートに世界から28の回答
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里山のアートの祭典、開幕。
3年に一度のアートの祭典、「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2018」がいよいよ今週末、7月29日 (日) から開幕します!
新潟県・越後妻有エリアの里山の風景の中に、世界各国のアーティストによる作品が展示される51日間。376点もの作品が、東京23区より広いエリアに一斉に現れます。
近年、街なかや自然の中でアート作品に触れるイベントを国内各地でよく耳にしますが、大地の芸術祭は日本におけるその元祖。
7回目の開催となる今年の見どころのひとつが、企画展「2018年の〈方丈記私記〉」展です。
「さんち」ではひと足早く、制作進行中の現地を独自取材。「工芸と探訪」視点で企画展の見どころや注目の作品をご紹介します!
開催場所は越後妻有里山現代美術館[キナーレ]
JR十日町駅から徒歩10分ほど、企画展が開催される、越後妻有里山現代美術館[キナーレ]に到着。
期間中はインフォメーションセンターの役割も担う、芸術祭の中心的な施設です。
「芸術祭が始まると、ここの中庭にレアンドロ・エルリッヒの新作が出現します」
「今年の春まで東京の森美術館でやっていた個展が大反響だったので、名前を知っている人も多いかもしれませんね。
この作品は1階からではその全容がわかりません。お客さんは階段を上って、2階から中庭の作品の姿を『目撃』するでしょう。
そうすると、中庭を囲む回廊に企画展の作品がびっしりと並んで賑わう様子が、自然と目に飛び込むはずです」
「下に降りて他の作品も見てみよう、と引き寄せられたらなと思っています」
そう会場の「仕掛け」を語るのは大地の芸術祭の運営に携わる、株式会社アートフロントギャラリーの浅川雄太さん。
いまはまだがらんとしている、キナーレの回廊部分。
ここに、応募総数248点の中から選び抜かれた世界各国28の作品が、あるテーマを元に並びます。
四畳半で何ができるか?28の回答。
企画展タイトルにある「方丈」とは、一丈(約3メートル)四方の空間のこと。
作品応募にあたり、アーティストに課された課題は、ひとつでした。
「越後妻有を背景に、四畳半の空間でできる人間の営みを提案してください」
その28の「回答」が、企画展で一堂に会します。屋台もあればオフィスに小さな家、スナックもある。様々な機能を持った方丈が並んで、キナーレの回廊がまるでひとつの集落のようになる、という仕掛けです。
さんちは「ものづくり」の視点から4つの作品に注目して浅川さんにインタビュー。アーティストが提出した作品の提案書も見せていただきながら、作品の魅力や制作秘話を伺うことができました。
世界的建築家、ドミニク・ペロー×十日町の織物産業=「DRAPE HOUSE」
華やかなビジュアルの作品は、フランス国立図書館の設計も手がける世界的建築家、ドミニク・ペローによるもの。
開催地・十日町の織物メーカーとともに作り上げる「DRAPE HOUSE」です。
「この枠に下がっている布のようなもの、実は全部金属なんですよ。ドミニク・ペローは、金属メッシュという素材に強い関心を持った建築家です。
作品案をもらった時に、このテキスタイルのような素材が舞台である十日町とうまくリンクするんじゃないかなと思いました」
越後妻有エリアは、十日町市、津南町という二つの町から成り立ちます。中でも十日町は古くからその名を知られる着物の町。
作品のコンセプトと舞台となる町のエッセンスが自然と結びついたそうです。
とはいえ、伺った際は企画はまだまだ「絶賛調整中」の段階。
地元の織物メーカーとどのように手を組み、実際にどんな姿が完成するのか。見ごたえのある作品になりそうです。
菊地悠子×鍬のスペシャリスト、燕三条の相田合同=「つくも神の家」
展示作品の中でもひときわ不思議な形をしている「つくも神の家」。外見からは一体なんなのか全く想像がつきません。
菊地悠子さんが作るこの家に「住む」鍬を提供しているのが、新潟・燕三条にある株式会社相田合同工場さん。
昨年「さんち」でも特集した燕三条エリアは、日本有数の金属加工の町。包丁、やかんなど数あるメーカーの中で、相田合同さんは鍬のスペシャリストとして知られます。
「芸術祭の総合ディレクターである北川フラムが、たまたま人から相田さんのことを教えてもらったんですね。
実際に芸術祭の運営スタッフで工場にお邪魔したら、大変面白くて。土地によって土の質が違うから、鍬の形って地域によって全く違ったりするんですよ」
そこに、古いものに命が宿るという付喪神の土着的な信仰をコンセプトにした菊地さんの作品案が届いた。これはぴったりだとすぐに相田さんに協力依頼をしたそうです。
「どう展示するかは考えている最中なんですが、『鍬は土を“切る”ものだから』と、相田さんも展示の安全面を相当考えてくれています」
さて、鍬は一体どんな姿でつくも神の家に「住む」のでしょうか。楽しみです。
小川次郎×へぎそば=割り箸でつくる、食べられるアート。「そば処 割過亭」
「屋台が全部、蕎麦を食べる時に使う割り箸でできているんです。もちろん実際に蕎麦も出します。十日町のお蕎麦やさんに協力してもらう予定です」
いわば食べられるアート作品。
十日町の名物といえば「へぎそば」です。つなぎに布海苔(ふのり)という海藻を使ったお蕎麦で、ヘギといわれる器に盛り付けるのが名前の由来です。
「小川さんは以前から十日町の中でも鍬柄沢 (くわがらさわ) という、蕎麦にゆかりの深い集落でアート作品を展開しています」
「今回の企画展応募に当たっても、『蕎麦文化を紹介したい』と言って作品を考えてくれました」
実はこの「へぎそば」、この地域のものづくりと深いつながりがあるのです。さんちの別の記事でご紹介しているので、よかったら覗いてみてくださいね。
へぎそば記事はこちら:へぎそばの「へぎ」って何?その由来は着物文化にあった
KIGI×津南醸造=酔えるアート「スタンディング酒BAR 酔独楽・よいごま」
食があればお酒もあります。
さいころを振って、目の数によって大きさの異なる杯で地酒を提供するという、エンターテイメント要素たっぷりの方丈作品。
発想の元になっているのが、「可杯(べくはい)」という酒器。実は以前「さんち」の高知特集でも紹介していました。
可杯は、さいころの目によって飲む器が決まり、飲みほすまで下に置いてはいけないルール。器が天狗やおかめの形をしていて、いずれもまっすぐ卓上に置けない形状になっています。
KIGIさんは可杯を元に、独楽の形をした酒器を制作。酔ってクルクル回る「酔独楽 (よいごま) 」と名付けました。
さらに、今回は可杯にはないオリジナルの遊び方ルールも。
「飲むお酒の種類も、サイコロをふって決めるんです。人によって小さい器の純米大吟醸、大きい器で吟醸、みたいに。何をどれだけ味わえるかは、その人の運次第なんですよ」
さすが酒どころ新潟、これは盛り上がりそう。
「屋台はサイコロをふるスペースが必要なので、テーブルを広くとってあります。
屋台を作ってくれるところを探していたら、津南醸造さんと付き合いのある工務店さんが、うちで作るよと言ってくれて。本当に地元に根ざした作品になりました」
訪ねた当日、キナーレ内はまだひっそりとしていましたが、作品づくりは静かに、舞台の外で少しずつ、進んでいるようでした。
ここで、ひとつ気づいたことがあります。
それはアート作品が、応募の時点ではまだ決まっていない要素が多いということ。
例えば織物を題材にするとして、誰に制作を手伝ってもらうか。
蕎麦屋をやるとして、誰に蕎麦を打ってもらうか。
作品の安全面は?
「例えばKIGIさんが日本酒のBARをやることになった時は、実際に幾つかの酒造のお酒を試飲してもらったんです。一番KIGIさんが気に入ったところと組んでもらうのがいいだろうって」
そう、浅川さんら芸術祭の運営事務局こそ、アーティストと地域の間に入って紙の上のプランを本物の造形作品に仕上げる、芸術祭の隠れた要。
アーティストだけで完成しない、アート作品づくりの舞台裏を次回、お届けします。
<取材協力>
大地の芸術祭実行委員会
http://www.echigo-tsumari.jp/
文:尾島可奈子
写真:尾島可奈子、小俣荘子、廣田達也
作品画像・資料提供:大地の芸術祭実行委員会