土佐ジローは生きて死ぬ

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こんにちは。BACHの幅允孝です。

さまざまな土地を旅し、そこでの発見や紐づく本を紹介する不定期連載、「気ままな旅に、本」。高知の旅もいよいよ最終回、5話目になりました。

幻の地鶏を食し、谷川俊太郎の詩を噛み締める

谷川俊太郎さんの絵本に『しんでくれた』という1冊があります。

うし
しんでくれた ぼくのために
そいではんばーぐになった
ありがとう うし

という文章から始まる短いストーリー。

「うし」や「ぶた」や「にわとり」や「いわし」は(それを食べる)人のために死んでくれるけれど、「ぼくはしんでやれない」から、屠った生き物の分も生きる!という少年の表情が印象的な絵本です(「そいで」の使い方なども絶妙ですね)。

高知の旅では美味しい食べ物にたくさん出会いましたが、僕は幻の地鶏といわれる「土佐ジロー」を食した時に上記の『しんでくれた』を急に噛み締めたくなりました。

幻の鶏「土佐ジロー」を育てている「はたやま憩の家」

高知が生んだ幻の地鶏、「土佐ジロー」

「土佐ジロー」と呼ばれる地鶏は、一般的な養鶏とはまったく違った育て方をしているそうです。

通常の養鶏は鳥の増体率を増やすことが最優先。24時間光を浴びせ続け、屠殺するまでの40-50日間に急激に大きくするそう。けれど、「土佐ジロー」の飼育はまず鳥の健康を考えます。そして、肉の旨みを引き出す育て方を追求し、ゆっくりと究極の鶏肉をつくっているのです。

高知龍馬空港から車で90分。なんども「この先に集落なんてあるの?」と同行スタッフに問い続けるくらい細い山道を抜けた先に「土佐ジロー」を育てる「はたやま憩の家」はありました。

はたやま憩の家
細い山道を抜けた先にある「はたやま憩の家」
テストテスト
「土佐ジロー」を紹介した雑誌や新聞記事
「土佐ジロー」は多くの雑誌や新聞記事で紹介されています

遥かなる山道の先に。「はたやま憩の家」で幻の地鶏と対面

なんでもこの場所、以前は800人程いた集落が今では40人以下になっており、何か産業を興こさない限り村は消滅してしまうという危機に瀕していたそうです。


だから、「土佐ジロー」の養鶏を中心に、それが食べられる食堂や宿泊設備といった複合的な「地場」をつくり、トライ&エラーを繰り返して現在に至ります。

「土佐ジロー」は通販でも買えますが、せっかく遥かなる山道を登ってきた僕たちは、ここ「はたやま憩の家」ならではの食べ方で鶏をいただきます。強めの炭火で肉を転がしながら焼くのです。

養鶏場だからこそ味わえる食べ方で「土佐ジロー」を食す
炭火でいただく幻の地鶏「土佐ジロー」
「はたやま憩の家」を切り盛りする小松圭子さん自ら焼いてくれる
「はたやま憩の家」を切り盛りする小松圭子さん自ら焼いてくれる

正直、ひとくち目を口に入れて肉を噛むまで、普通の鶏肉とそんなに違うものだろうかと訝しく思っていたことをここに告白しておきます。


ところが、ひと噛み、ふた噛みして、これはすごいものを頬張っているのだと確信しました。鶏肉特有のゴムっぽい食感など皆無。溢れる肉汁も口の中での広がり方が尋常ではありません。

もも肉、胸肉、首皮と続いてゆき、僕らはだんだん無口になりました。皆、目の前の鶏肉を味わうことに集中してしまうのです。

土の上で育てる鶏の砂肝の弾力と瑞々しさ。通常の養鶏では生える前に出荷してしまうトサカを僕は初めて食べましたが、なんですかこれは。コラーゲンの塊です。ハツも印象的で血の味はしっかりするのに臭みがない。心臓を捧げてもらっている味がします。

なんでも急激に太った動物は人間であれ、鶏であれ臭くなるそうです。ほかにも育ちきった「土佐ジロー」だからこそ食べることができる鶏のシラコや卵焼き、親子丼などなど「土佐ジロー」の隅から隅までの滋養をいただきました。満腹です。

土佐ジローの白子焼き
「土佐ジロー」だからこそ食べられる鶏のシラコ
新鮮な「土佐ジロー」の卵
「土佐ジロー」の親子丼

年一回、土佐ジローを食べることができれば。

谷川さんの絵本では、死んでいった動物たちがどんな飼育をされたのかまで描いていませんが、少なくとも「はたやま憩の家」で食べた「土佐ジロー」は、存分に生きたあとで「しんでくれた」鶏たちだったと思いました。

もちろん、土佐ジローは皆が毎日食べるほど出荷できないし、値段も少しだけ高い(ブランド牛肉と比較したら随分値打ちだと思いますが…)。けれど、山道を登った先にある鶏肉体験が、その人の鶏肉のモノサシを変えることが大事だと思いました。

この良い定点を思い出し、年一回でも「土佐ジロー」を食べることができれば、(社会構造の中で)必要に迫られ追求した通常の養鶏と、こういった地鶏の違いを体感することができます。それが分かれば、時と場合に応じてちゃんと自分で選ぶこともできますものね。

「土佐ジロー」たち、「しんでくれて」ありがとう!

《まずはこの1冊》

『しんでくれた』 (佼成出版社)

谷川俊太郎「しんでくれた」

〈 合わせて読みたい : BACH幅允孝の高知旅 〉

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<取材協力>
はたやま憩の家
高知県安芸市畑山甲982-1
0887-34-8141
http://tosajiro.com/


幅允孝 (はば・よしたか)
www.bach-inc.com
有限会社BACH(バッハ)代表。ブックディレクター。未知なる本を手にする機会をつくるため、本屋と異業種を結びつける売場やライブラリーの制作をしている。最近の仕事として「神戸市立神戸アイセンター」「JAPAN HOUSE LOS ANGELES」など。その活動範囲は本の居場所と共に多岐にわたり、編集、執筆も手掛けている。著書に『本なんて読まなくたっていいのだけれど、』(晶文社)、監修した『私の一冊』(弘文堂)など。早稲田大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。


文 : 幅允孝
写真 : 菅井俊之

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