甲子園球場のツタの壁「完成度まだ3割」育てる阪神園芸の隠れたプロ仕事
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高校球児たちの夢の舞台、甲子園球場。
毎夏、熱戦が繰り広げられる2週間のあいだ、球児たちや観客が去った夕方からひっそりと仕事を始める人の姿が、甲子園球場にあります。
阪神園芸株式会社の松本匡司 (まつもと・まさし) さん。
阪神園芸といえばその卓越したグラウンド整備が有名ですが、実際の仕事はもっと幅広いものです。
グラウンド整備で知られる阪神園芸の、別の顔
商業施設や集合住宅などの緑地づくり、公園の管理、そして甲子園球場をはじめとした運動施設の維持管理など。
中でも「園芸」の名にふさわしく、なおかつ甲子園球場らしい仕事が、風物詩となっている「ツタの壁」の管理です。
1924 (大正13) 年冬、球場の設立から半年ほど遅れて植栽が始まったツタの壁は、平成に入るまで80年以上成長しつづけ、広げた葉の面積はなんとタタミ8000畳分。
2006年、球場リニューアルに伴って伐採されたのち、2009年に再びツタの植栽がスタートしました。
ツタの壁の育て方
「実はリニューアル前と後では、ツタの管理の仕方も、道具も違うんですよ」
松本さんは2004年、大阪府立園芸高等学校を卒業と同時に阪神園芸に入社。ツタの管理には新人の頃から携わってきました。
再植栽が始まってから1年後の2010年より「ツタの壁」の管理責任者に就任。リニューアル前と後、両方の姿を見てきた一人です。
日々の主な仕事は剪定と水やり。松本さんの指示のもと、社内で当番を組み作業に当たります。
改装前のツタは二層三層に壁を覆っていたため、成長させるよりも現状を保つことが仕事のメインだったそう。いまは、まだか細いツタをより太く、より遠くへ伸ばし「成長させる」ことが一番の課題です。
同じ剪定と水やりでも、勝手が違うと言います。
「リニューアル前は腕くらいの太さの茎もあって、看板や窓枠に絡みついていくものを思いっきり剪定していく感じだったんですが、今はまだ茎も細くて繊細なんです。前より優しく手入れしてやる感じですね」
立ち会った剪定作業の説明をしながら、松本さんは素早く不要な葉を摘み、手を休めません。
ツタの成長とともに、球場の安全も守る
「こういうところは注意が要るんですよ」と示されたのは、場内アナウンスを流すスピーカーや電気系統の操作盤が設置されている壁。
ツタはスピーカーや操作盤にも絡みつきます。漏電などを引き起こさないよう、細かく取り除いていかなければなりません。
細やかな点検がツタの成長と球場の安全を守っています。
生やしてみてわかった、ツタの壁の思わぬ効果
そもそも、なぜツタは球場を覆っているのでしょう。
「以前の球場はコンクリート壁でした。それだと殺風景だからという理由でツタの植栽を始めたようです。ですがリニューアルにあたって剥がしてみたら、壁がとてもきれいな状態で。ツタが壁面を守ってくれていたのだとわかりました」
試合終了とともに始まる仕事
ツタは夏蔦といって、4月から成長をはじめて夏いっぱい葉を伸ばし、秋には落葉します。
「本当なら春から夏は、水をいっぱい与える時期。ただ、ちょうどそのころは、プロ野球や高校野球のオンシーズンに当たるんですね」
水やりには給水タンクやポンプを積み込んだトラックで球場をまわります。多くのお客さんで賑わう試合前やゲーム中は、「せっかく楽しみにきてくれているので」雰囲気を壊してしまわないよう、作業は控えるそうです。
必然的に、手入れができるのは試合のない日や、試合後の時間帯。
連日試合の続く高校野球の場合は、その日の最終試合のゲームセットが、松本さんの仕事開始の合図です。
試合が延長戦ともなれば、作業は夜遅くに及ぶことも。しかしどんなにスタートが遅くなっても、「明日にしよう」はないと言います。
「必要な時に十分に栄養を与えてあげないと。成長中のツタは繊細なので、一箇所でも具合が悪いと、あっという間にそのツタ丸ごと枯れてしまうこともあるんです」
球場一周でツタは300株以上。それぞれの状態に合わせた手入れは想像するだけで気の遠くなるような作業ですが、成長期間が限られるからこそ、一日一日の手入れが真剣勝負です。
ツタの見守り365日
仕事は季節ごとに少しずつ変わります。
春はカラスが天敵。巣作りのためなのか、ツタをついばみに来るのだそうです。
市販されている鳥よけのネットを使えば話は早いのですが、球場の顔とも言えるツタの壁、せっかくの景観を損ねてしまうので、細かく見回りをして防ぐしかないとのこと。
また、夏から秋にかけての台風シーズンは、大雨や強風でツタが壁から剥がれてしまわないよう、細いワイヤーを壁に巡らすなど事前の手当が欠かせません。
そして成長の止まる冬には、葉がまんべんなく球場を覆っていくようツタが伸びる方向を整えて、春を待ちます。
完成まで30年。成長を続ける甲子園の風物詩
「成長度合いはこの9年で3割くらいでしょうか。僕が定年するころに、やっと球場全面を覆うようになります。それが楽しみで仕方ないですね」
プライベートでは先日お子さんが生まれたばかり。大きくなった時に誇れる仕事をし続けたいと語ります。
「壁の保護とか、緑地管理と言っても子どもには難しいでしょうから、『あのツタは球場を守っているんだよ』と説明しようかなと」
もし球場でこんな後ろ姿を見かけたら、それは、そんなツタの壁を日夜守る、松本さんの後ろ姿です。
<取材協力>
阪神園芸株式会社
http://www.hanshinengei.co.jp/
文・写真:尾島可奈子
こちらは、2018年9月5日の記事を再編集して掲載しました。いよいよ今日から始まる甲子園。球場ではぜひツタにも注目です。