フィリップ・ワイズベッカーが旅する 唯一の職人がつくる「赤坂人形の戌」を求めて
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日本全国の郷土玩具のつくり手を、フランス人アーティスト、フィリップ・ワイズベッカーがめぐる連載「フィリップ・ワイズベッカーの郷土玩具十二支めぐり」。
連載11回目は戌年にちなんで「赤坂人形の戌」を求め、福岡県筑後市の赤坂飴本舗を訪ねました。それでは早速、ワイズベッカーさんのエッセイを、どうぞ。
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福岡市の郊外、戌の笛人形をつくる野口さんのところに着いた。
今回の取材も驚きが待っているに違いない。
ガレージが制作の場となって、私たちを待っていてくれた。
舞台は整った。もうすぐスペクタクルが始まる。
クッションに腰かけ、素朴な道具に囲まれている後ろ姿は、まるでモロッコのスーク(市場)での光景のようだ。
前から見ても、やっぱりそうだ。
ダンボール紙の上につつましく構えた彼の前には、粘りけがあり良い具合の土の塊がある。
楽しくなりそうだ。
道具自らが語る。イメージ通りなのだ。
意表をつき、親しみやすく、感じがいい。
彼の脇には、記憶に満たされた木箱がある。
野口さんが父親から引き継いだ型たちが、休息している。
型がひとつでも壊れたら、残念ながらその型の人形は滅びてしまう。
いつか、この小さな戌の型が壊れるときもくるだろう。
手遅れになる前に、急がねば!
型から出たばかり。
余分な端がまだ残っている。きれいに整えてもらうときを待っているのだ。
これで今日の作業は終了。一度に五個しかつくることができない。
何度も抜いて型が湿ってしまうと、土を外せなくなるからだ。
この制作ペースでは、家業として生活費を稼ぐには程遠い。
だから、同じく父親から受け継いだ機械で、飴をつくっている。
百メートル先の販売店では、飴も玩具もガラスケースに一緒に並んでいる。
野口さんが「戌の笛」を出してくれる。
想像していた通りだった。
のんびりして、陽気で、まだらの戌。大好きだ。
お店を出る時、写真を撮らずにはいられなかった‥‥。面白い!
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文・デッサン:フィリップ・ワイズベッカー
写真:フィリップ・ワイズベッカー
翻訳:貴田奈津子
Philippe WEISBECKER (フィリップ・ワイズベッカー)
1942年生まれ。パリとバルセロナを拠点にするアーティスト。JR東日本、とらやなどの日本の広告や書籍の挿画も数多く手がける。2016年には、中川政七商店の「motta」コラボハンカチで奈良モチーフのデッサンを手がけた。作品集に『HAND TOOLS』ほか多数。