京都の夜を照らす「京提灯」とは。老舗「小嶋商店」で知る、かたちの理由
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「京都はずるい!」
この街を訪れるたびに、そう口にしてしまいます。
古くから残る寺や街並み、京料理、器、四季折々の景色。色濃く残る日本文化が今もなお紡がれる京都の街並みは、歩くだけで心踊ります。
そんな京都を歩くときに、必ず目にするのが「提灯」です。和紙に包まれた京提灯の温かい光は、この街の文化を形づくるものでもあります。
京都のことを思い出せば、かならずあの温かい灯が旅の記憶を彩っています。神社に奉納されたもの、料亭の軒先、何気なく通る小路で足元を照らしてくれるあかりにも、京都の職人たちの技術が込められています。
今回は、江戸・寛政(1789〜1801年)から続く、京提灯の老舗工房「小嶋商店」を伺い、京提灯の制作現場を見せていただきました。京都の夜をほのかに照らす美は、どのように生み出されているのでしょうか。
京提灯の老舗、小嶋商店の工房へ
京都市東山区、今熊野椥ノ森町にある「小嶋商店」。
「さぁさぁ、入ってください」
と、小嶋商店10代目の小嶋俊さん、諒さん兄弟が迎え入れてくれました。
暖簾をくぐり工房へ入ると、竹やのり、和紙の香りをふわっと感じたと思えば、目の前に巨大な提灯が。
「いま、『南座』の大提灯の制作の佳境なんです」と小嶋俊さん。
日本最古の劇場「京都四條南座」の大提灯は、多くのかたが目にしたことがあるのではないでしょうか。南座が年の瀬に行う「まねきあげ」の日に合わせた、「年に一度の、年を締めくくる大仕事」なのだそう。
お伺いしたときは、まさに最後の一枚の和紙を大提灯に貼り付ける最中でした。
小さな工房が作り続ける、「京・地張り提灯」とは?
提灯には大きく分けて2種類の提灯があります。
竹ひごを螺旋状に巻く「巻骨式提灯」と、竹ひごを一本ずつ輪にして平行に組む「京・地張り提灯」です。
「巻骨式」は催事用や装飾に多く、提灯づくりで有名な岐阜県の「岐阜提灯」に多く見られる作り方です。彫刻家・デザイナーであるイサム・ノグチの代表作「AKARI」も、岐阜提灯から着想を得ていることで知られています。
一方、京都の提灯は「地張り式」が特徴。社寺仏閣や花街、料亭など、屋内外で提灯を使用することの多い京都では、丈夫で長持ちする地張り式が多く作られています。
しかし、職人が手作業で作る地張り式はとても手がかかるため、京都市内で地張り式提灯を作製する京提灯の工房は,いまではわずか数件まで減ってしまいました。そのうちの一軒が小嶋商店です。
職人がひとつひとつ丁寧に作り上げる京提灯ができるまでを見せていただきました。まず、竹をそれぞれの提灯に合わせて細く切っていく【竹割り】です。
よくしなって折れない、皮付きのほうを使うそう。
「産地にはこだわっていませんが、強くて、しなやかな竹を使います。いい竹がないときは作れませんし、竹の質はもっとも重要な要素です」と俊さん。
竹に細かく切れ目を入れ、あっという間に提灯の骨となります。
年季の入った定規に骨をあて、提灯用の長さに切る【骨切り】。よく見ると一段一段ミリ単位で長さが異なり、1mm違うだけでも全く合わなくなるのだそうです。
切った骨を、輪っかにし、和紙で固定する【骨巻き】を行ったのち、【骨ため】という骨を真円にする作業を行います。
真円にした骨を提灯の木型にはめ込む【骨かけ】を行い、ようやく提灯の形になってきました。
京提灯の強度を左右する【糸釣り】。一本一本丁寧に糸を竹にかぐらせ、骨と骨を繋いでいきます。
骨組ができると、和紙を糊で貼り付ける【紙張り】の作業。今回は製作中の南座大提灯、最後の1枚を貼るところを見せていただきました。
最後に【字入れ】【塗り】の作業。提灯に魂を吹き込む作業です。
近年ではモダンなロゴなどを書くこともありますが、一般的な提灯には家紋を描きます。
昔はどの家庭にもそれぞれ家紋があったそうですが、「10人聞いて1、2人わかるかわからないかでしょう。年配の方でも知らない方が多いですよ」と、字入れを担当する9代目の小嶋護さん。
家紋ーー。僕も自分の家紋はどんなものか、見たことがありません。しかし、知っているだけで誇らしい気分になれる気がしませんか。すぐに自分の家紋を調べることにしました。
驚いたのは、絵だけでなく、プリントしたかと思うほどに正確で、さらに力強い文字を、護さんが手で描かれていること。
「提灯づくりを息子たちに教えたのが私なんですが、竹割りはもう私の倍の速さでやりますし、次男にクレームつけられるくらいです。ありがたいことですね。
でも字とか絵を描くのはね、息子たちには任せられない。まだまだ私がやりますよ」
護さんは嬉しそうに話します。
実は、提灯の形は綺麗な丸ではないのだそう。
「提灯って、下の方が尻すぼみに作ってあるんです。提灯って見上げることが多いので、上と下で同じ膨らみにしてしまうと、下が膨れてぼてっと見えてしまうんです。綺麗なまるっとした見栄えを出すために、わざと必ず下が細くなっていってるんですよ」
と、護さん。もちろん、字を書くときもそれを考慮して描くのだそう。
最後に提灯の上下に枠をはめ、完成です。
「巻骨式と、地張り式には両方にいい部分があって、弱い部分があります。ある程度量産がきく巻骨式と比べ、僕らの地貼り式はびっくりするくらい効率が悪いものなんです。100個作ってくださいと言われるとかなり厳しいですし、それが課題でもあります」と俊さんは話します。
「親父も、小さい頃からそれを見ていた兄弟も、ただ地張り式が好きだったんですね。だからいまは、それをどうかっこよく見せるかを常に考えています。その方が楽しくてやりがいがありますよね」
京都の足元を照らす、京提灯。力強さが持ち味の地張り式の提灯をひとつ作るにはこれだけの手間がかかっていました。ひとつひとつの灯に作り手の思いがあり、それが京都の道を彩っているとわかると、京都の夜を歩くのがより一層楽しくなります。
何気なく通る小路の灯に京都の温かさと力強さを感じるのは、そのせいかもしれません。
<取材協力>
小嶋商店
〒605-0971 京都府京都市東山区今熊野椥ノ森町11-24
075-561-3546
http://kojima-shouten.jp/
取材・文:和田拓也
写真:牛久保賢二
こちらは、2018年11月2日の記事を再編集して掲載しました。