大切な人へ、秋の晩酌用に贈りたい。「錫の器」の製作現場

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清課堂

京都の洗練された技術が詰め込まれた工芸品。

数多ある金属のなかで、錆びない・朽ちない性質を持つことから縁起が良いとされ、繁栄を願う贈り物としても親しまれているものが、「錫(すず)」です。

また、錫は不純物を吸収し、水を浄化する性質があるとされ、錫の器はお酒の味わいを柔らかくまろやかにするといわれています。熱伝導も高く、燗が早くつき、冷酒も涼やかに引き立つそう。

聞いただけでも、ゴクリと喉が鳴ってきますね。

そんな錫のプロダクトを数多く取り扱っているのが、現存する日本で最も古い錫工房である「清課堂」です。今回は、天保九年(1838年)に創業以来、変わらず寺町通りに構える清課堂の工房を訪ねました。

「清課堂」外観。屋号は、明治時代に文人画家の富岡鉄斎が付けたのだそう

馴染みのない“錫”。いったいどんなもの?

1.宗教用品・神具

2.煎茶道の茶具

3.家庭の飲食器

錫は主に、これらの用途に使われてきました。

「神具とは神前にお酒、米、塩、野菜をお供えするための器です。特にお酒は錫性のもが多い。江戸時代の中頃、町人文化が華やいで豊かになった際、神社を崇敬している商人が商いが成功しているさまを誇示するために、錫製の神具を神社にお供えするというのが流行しました。

同時に、当時は神社が経済を握っていたので、信仰心の高さをアピールして神社の庇護を受けるために、競い合って奉納していたんですね。京都の工芸の本質は、宗教と経済が密接に関わっているんです」

古来から神仏器具・酒器として使われ、寺社仏閣では錫の御神酒徳利(おみきどくり)が使われた。御神酒徳利を「すず」とよび、宮中では今でもお酒を「おすず」と呼ぶことがあるのだそう

また中国茶葉を使った“煎茶道”に欠かせないのが錫の道具です。

「千利休が伝えた茶道には陶器がセットであるように、中国茶葉が奈良時代に伝わった際、錫製の器が日本に伝わったことから、煎茶道では錫の器が主に使われます」

そして、家庭用の器としては、滅菌性や耐食性の高さから重宝されたという側面があります。

「いまでいう、ステンレス、アルミニウムですね。それが昔は錫だった。錫は鉄、銅に比べて腐食に強い金属です。食べ物を扱う飲食器にとても適している金属なんです」

そんな錫を使った清課堂の人気製品は「タンブラー」。山中さん自身も、もっとも好きな製品のひとつだそうです。

早速、その「錫タンブラー」の製作工程を見せていただきました。

「清課堂」七代目の山中源兵衛さん

錫製品づくりの現場へ

清課堂の錫製品は、まず錫の板材をタンブラーの形に型取り、金属用のはさみで切り出すところから始まります。

切り出した錫を金鎚で打ち、丸めていきます。

清課堂の錫製品には、1%の銀を含む特殊な錫が使われています。柔らかい錫に硬さと弾み(もとに戻る性質)を出し、さらに時間が経っても色がくすまず、褪せない色合いを出すことができるのだそうです。

金属は空気に触れたところが必ず酸化するため、酸化した箇所を塩酸で取り除きます。

錫は鉄や銀などと比べ融点が低く、約240℃くらいで溶ける(鉄は約1800℃、銀は約800℃)

丸めた錫の板を接合します。

他の金属製品は接合する際に、使用する金属にロウやはんだなど、低融点の接合材を使うそうです。異なる不純物が混ざるため、溶接後の仕上げ時に若干の継ぎ目が出てしまいます。

しかし、錫の場合はもともと融点が低いため、はんだやろうなどの異素材を使わずに接合でき、継ぎ目のまったくない綺麗な溶接ができるのだそう。

先端だけ3000度の火力が出る特殊なバーナー

溶接によって盛り上がった「肉盛り」を金鎚で潰し、やすりで削り取ります。

表面を横挽きろくろを使って薄く削り、より密度の高い金属にして土台を作ります。「金属を締める」という表現をするそう。すこしずつ、タンブラーの形に近づいてきました。

金鎚で打ち付け、「鎚目(つちめ)」といわれる模様を入れていきます。この金鎚でのテクスチャー作りが、山中さんが製品を作る中でもっとも大事にしている表現のひとつです。

「職人が何年か修行すれば、ひとりで製品を作れるようにはなりますが、このテイストをどの職人がやっても出すことが重要です。出来にばらつきがあってはどうしようもありません。

例えば、お店にいったら同じ味の料理が食べられますよね。料理長が決めたお吸い物の味を、新人であろうがなんだろうがその味を出さなければいけない。ただ、そこが一番難しい。職人それぞれ手の癖も、力加減も、体格も違うからです」

そのばらつきが出やすいのが、錫の器の真骨頂である鎚目なのだそうです。

ここでは、“規則的でもなく、ランダムでもないテクスチャー”を出していくのだそう。見えない部分でもありますが、個性がもっとも出る箇所ともいいます。

器の底にも、丁寧に鎚目を入れていきます。

底が出来たら、作品の魂ともいえる刻印を打ち込みます。

最後に底を接合し、美しい、銀色に輝く錫のタンブラーが完成します。

使い手に寄り添った、自由で美しい金属

錫製品には、ろくろで削り出した「挽きもの」が圧倒的に多いなかで、清課堂が作る錫製品は、金鎚を使って手作業で仕上げる「打ちもの」がメインです。純度の高い錫は柔らかく 機械仕上げに向かないため、職人が手で仕上げなければならないそう。

朝から晩まで何万回も叩く金鎚は、職人たちが自ら作ります。「金鎚を研ぐのも仕事のひとつ。毎日手入れをします」と山中さん

「素材の柔らかさは、錫の大きな特徴です。木と同じように削り出し、フリーハンドで思うがままに形を調整することができます。

一方で、型を使って製品を1000個作るといった、鋳物の量産品にできることは一切できません。どちらが正しいということではなく、大量生産のきく製造方法とはまったく異なります。沢山つくって全国のデパートで売る、ということがうちではできないんです」

「私たちの製品は、昔から料理人との密なお付き合いでつくるものがとても多い。料理人は癖や味付け、美意識がそれぞれ違います。私たちはそれにもっとも適したかたちで器を製作するんです。

例えば、お店によって提供するお酒の量がそれぞれ違いますよね。カウンター10席の小さいお店でも、他の店にないオリジナルな器を作りたい。亭主、料理長の思いを形にするために、重箱の隅をつつくような仕事ばかり。そういったものに、錫の柔軟さと、打ちものの製法が適しているんです」

“フルーティー”な?錫の香り

「金属って、実は固有の匂いがあるんですよ」。山中さんはそう話します。

「銅は少し甘い香りだったり。錫にも鉄や銅とはまた違う、個性的な香りや味があります。個人的にはフルーティーで、お酒との相性がすごくいいんです。お酒が好きなかたはぐい呑みを買っていかれることが多いですね。燗に使うのもいいでしょう」

朽ちず、錆びない、美しい錫の製品。その裏側には、職人が地道に培った確かな技術と、使い手に寄り添うことができる錫の柔らかさがありました。

柔らかいということは、傷付きやすく、へこんで形も変わりやすいということでもあります。

しかし、形を変えながら使い手の記憶を刻み、時を経てその器の味となる。その「変化する」ことが錫の魅力かもしれません。

家のベランダで、縁側で、月を眺めながら晩酌。そんな夜が気持ちの良い季節になってきました。

季節の変わり目の晩酌用に、大切なひとへの贈り物に。ぜひ錫の器を手にとってみてはいかがでしょうか。

<取材協力>

清課堂

〒604-0932 京都府京都市中京区 寺町通り二条下る妙満寺前町462

075-231-3661

文:和田拓也

写真:牛久保賢二

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