隈研吾が獺祭のためにつくった「夢のような」照明、発売へ。
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建築家、隈研吾。
新国立競技場の設計に携わるなど国内外で活躍する建築家が、ある日本の酒造のために設計した照明が今年、特別に一般販売されます。手がけた建築の照明を販売することは、数々のプロジェクトの中でも初の試みです。
照明の名は「酒吊りライト」。
山口県東部、岩国市の「獺祭 (だっさい) ストア 本社蔵」のためにつくられました。
ここは、お米を磨き抜いた味わいで一躍、世界的人気となった銘酒「獺祭」の製造元である、旭酒造の本社兼店舗。
獺祭の試飲・購入ができる場所として、2016年に隈研吾建築都市設計事務所 (以下、隈研吾建築事務所) が設計しました。
しかし、わずか2年後の2018年夏、西日本を襲った集中豪雨で被災。
店舗は一時腰の高さまで浸水し、営業中止を余儀なくされます。
「設計した建築が被災するのは、僕にとっても初めての経験でした」
隈研吾建築事務所は店舗の復旧に全面協力するとともに、製造元である旭酒造にひとつの提案をします。
「酒吊りライトを販売して、その売り上げを義捐金として復興活動に寄付するのはどうでしょうか」
こうして始まった酒吊りライトプロジェクト。
なぜシンプルに義捐金を送るのではなく、ライトの販売を通じた支援の形をとったのか。
支援の象徴として選んだ「酒吊りライト」とは、一体どんなものなのか。
隈研吾さんご本人と、獺祭ストア設計のプロジェクト担当で支援の発起人の一人である隈研吾建築事務所の堀木俊さんに、お話を伺いました。
夢のような家を目指して
まず、もともとの店舗はどのような経緯で作られたのでしょうか。
「獺祭ストアは昔、旭酒造の会長一家のご自宅だった建物です。築100年以上になる古民家で、獺祭の製造工場が隣接しています。
山をずっと登った先にあって、そばをきれいな川が流れていて」
「そういう美しい谷あいにたつ『夢のような家』のイメージがはじめに浮かんで、設計がはじまりました」
清らかな環境の中、米粒を徹底的に磨き上げることで生まれる、今までにない味わいの日本酒。
そんな獺祭の澄んだ世界観を体現するべく、外装は木、内装は和紙という、たった2つの素材だけで構成するストアが誕生しました。
照明は、建築の「ハート」
ストアの中でもひときわ目を引くのが、やわらかに室内を照らす酒吊りライトです。この店舗のためだけに、ゼロから構想して作られました。
そもそも設計する建築の照明まで手がけることは、よくあるのでしょうか。
「そうですね。僕らにとって『光』はその空間の世界観を決定づける、とても大事なものです。
そういう意味で照明は、建築のハートみたいな部分。出来るだけ自分たちで作るようにしています」
では、どんな思いで獺祭ストアの「ハート」は作られたのか。お話を伺うと、素材、形、技術、3つのポイントが浮かび上がってきました。
【素材:和紙】そこにあるだけで光の質を変えるもの
「酒吊りライト」の素材には内壁と同じく和紙が使われています。手がける建築は常に「形からでなく、マテリアルから発想する」という隈さん。和紙の選択には、どんな狙いがあるのでしょうか。
「和紙は不思議な素材で、ただ乳白な膜というだけではないんですね。
トランスルーセント (半透明) な素材って他にもすりガラスとか色々あるけれども、和紙はなぜかそこに置いただけで、光の質を変える力があります」
「なぜそういう作用を僕らに及ぼすかと言えば、やっぱり僕らの中に、和紙と暮らしてきた記憶が埋め込まれているからなんじゃないかなと思います。
「最初にイメージした夢のような家、その内装を繭のような空間にしたいと思ったときに、和紙はぴったりの素材だったんです」
【形:袋吊り】製造プロセスに宿る、削ぎ落とされたデザイン
もう一つ特徴的なのが、何と言ってもこのしずくのような形状です。
「酒吊り」という名前の由来にもなっているこの形は、古い日本酒づくりの工程にヒントを得たそう。
「『袋吊り』という工程で使う、もろみを入れてお酒を絞り出す袋をモチーフにしているのですが、僕らはそうしたものづくりのプロセスに普段からとても興味を持っています」
「例えば何かを貯蔵するための樽や加工のための道具など、プロセスの中にあるデザインってとてもかっこいいんですね。
作っているものの臨場感や、削ぎ落とされたいいデザインがそこに宿っている。これまでの案件でも設計のヒントになったことがありました。
今回もそうした素材がないか調べる中で出会ったのが、この袋吊りです」
「実は特殊な作り方をしているのですが、今見ても、やっぱりすごい技術だなと思いますね。本当にシームレスに作られているもの」
隈さんが改めて感心するように、このライト、照明に詳しい人から見てもとても珍しい構造をしているそうです。
立体を支えるために通常入っているはずの骨組みが、一切使われていないのです。
【技術:立体漉和紙】時代を超えて長生きするものに
酒吊りライトに使われているのは「立体漉和紙」という技術。プロジェクト担当の堀木さんが全国から探し出したそうです。
「設計の初期段階では竹ひごを入れる案も出ていましたが、それだとライトにも空間にも影ができてしまいます」
「骨組みを入れずに作れる方法がないかとあちこちに当たっていったら、偶然にもお隣の鳥取県にあったんですね。しかも隈が以前に仕事で訪れたことのあった、青谷 (あおや) という土地のメーカーさんでした」
全国でも珍しいという「立体漉和紙」の技術を持っていたのは、谷口・青谷和紙さん。
鳥取で1000年以上前から受け継がれる「因州和紙」の産地、青谷町の和紙メーカーです。
「フレームがないほうが和紙の暖かみが一番表せます。三次元のものづくりができる谷口さんの技術が活かせれば、それが実現できる。
谷口さんもとても親身に相談に乗ってくれて、製造できる最大のサイズに挑戦して作ってくれました」
こうした現代の技術を駆使した新しいものづくりを、隈さんは大切にしていると言います。
「和紙はずっと昔からある、いわば人間の友達みたいな素材。そこに現代だからこそのテイストを与えると、そのものは時代を超えて長生きするものになるんじゃないかなと思っています」
「単にノスタルジックにものを作るのではなく、現代の我々だからこそできることを埋め込みたいという思いはいつも持っていますね」
記憶に残り続ける、復興の明かりに
こうして完成した酒吊りライトの灯る空間はしかし、わずか2年で自然の脅威の前に、失われることに。
なぜ、義捐金を送るのでなく、ライトの売り上げを寄付する、という支援の形をとったのでしょうか。
「もちろんシンプルにお金を渡すという支援の形もできますが、ものを介することで獺祭ストアや今年あった災害のことが、ライトと一緒に世の中の人の記憶に、残り続けるのではないかと考えたからです」
「思い出すきっかけになれば、例えば今再開している獺祭ストアに、今度行ってみようという人が現れるかもしれない。
あの美しい風景や復興の取組みが、食卓やリビングに灯る酒吊りライトの明かりとともに人の記憶の中に刻印されていけば、それは素晴らしいことだなと思っています。
建築というのはその場の人をハッピーにするだけでなく、遠くの場所や人とも絆が築けたら本懐ですから」
この取組みを旭酒造も快諾し、支援プロジェクトが始動。ライトは注文が入ってから、谷口・青谷和紙さんが一点ずつ生産することになりました。
流通は、日本の工芸をベースにした生活雑貨メーカーの中川政七商店に依頼。同社のオンラインショップでの限定販売が決まりました。
全国の家々に灯る明かりはたとえ離れていても、被災地域の復興を照らします。
<酒吊りライト 限定販売>
■取り扱い:中川政七商店 公式オンラインショップ (サイズ大・小の2種類あり)
サイズ大 商品ページ
サイズ小 商品ページ
*売上金から実費 (ライト制作にかかる材料・加工費とお客様への送料) を引いたものが平成30年7月豪雨災害義援金として赤十字に寄付されます。
<取材協力> *掲載順
隈研吾建築都市設計事務所
http://kkaa.co.jp/
旭酒造株式会社 「獺祭ストア 本社蔵」
山口県岩国市周東町獺越2128
0827-86-0800
https://www.asahishuzo.ne.jp/
※「獺祭ストア 本社蔵」は9月より営業を再開しています。
谷口・青谷和紙株式会社
http://www.aoyawashi.co.jp/
文:尾島可奈子
写真:mitsugu uehara、Mitsumasa Fujitsuka、隈研吾建築都市設計事務所、谷口・青谷和紙株式会社