家具好き必見。住みたくなる「まるも旅館」で130年前の日本を体感
エリア
「ここに寄ると松本に来た実感がある」
そう常連客が口を揃える旅館があります。
まるも旅館。
「日本らしい宿泊体験ができる宿」として海外旅行者からも人気を集めています。事実、宿泊客の3割は海外からのお客さんだそうです。
国籍を問わず130年以上も支持され続ける秘密はどこにあるのか。以前から憧れていた宿に、念願叶って行ってきました。
まるも旅館と珈琲まるも
まるも旅館の創業は1868年。時代がまさに江戸から明治へと移り変わる激動の時代に誕生しました。
川沿いに建つその建物は、明治中期に起きた松本の大火後に建築されたもの。
蔵の街・松本らしい蔵造りの佇まいは、市内の観光名所、旧開智小学校を設計施工した立石清重氏の作だそうです。
手前にたつ併設の「珈琲まるも」とともに「松本民芸家具」を贅沢に使った空間が、旅館の人気の理由のひとつです。
「珈琲まるも」を訪ねた様子はこちら:「松本の朝は『珈琲まるも』 から。柳宗悦も愛した名物喫茶店へ」
松本民芸家具とは?
もともと和家具の一大産地だった松本。そんな和家具職人たちの高度な技術を駆使して生まれた和風洋家具が、松本民芸家具です。昭和の民芸運動の中で考案されました。
宿に伺う前に4代目オーナーの三浦史博さんにその見どころを伺うと、
「個人的な感想ですが、最初は塗りも強く迫力があり、重厚で優美な印象が、長く使い込んでいくと柔らかな色合いになって角が取れて優しい風合いになっていくのが、とても魅力的です」
「宿では玄関から食堂、箱庭に続く空間に、狭いながらに当時の民芸運動の志が凝縮されているように感じられて、気に入っています。
よかったらご覧になってみてください」
との答えが。
ワクワクしながらおもての戸を入ると、玄関脇にさっそく松本民芸家具らしい椅子がずらりと並んでいます。
中に入ると、秋にだけ掛けるというほおずきの暖簾が出迎えてくれました。
暖かな雰囲気にほっと一息ついて、奥の食堂でチェックイン。
もちろんこの椅子やテーブルも全て、松本民芸家具で統一されています。
食堂から箱庭に沿って奥へ続く廊下部分は、ちょっとした休憩スペース。
実はこのソファの後ろ側が喫茶店。漏れ聞こえてくる音楽や談笑に、不思議とくつろいだ気分になります。
宿は二間続きの部屋が1部屋と8畳、6畳部屋の合計8室。一番大きな部屋には乃木将軍など、歴史上の有名人も数々泊まってきたそうです。
今日、案内いただいたのはちょうど喫茶店の真上の角部屋。
小津安二郎の映画に出てきそうな雰囲気の純和室です。
海外の旅行者からも人気の理由を、三浦さんはこんな風に語っていました。
「やはり、重ねてきた歴史を体感していただけることかなと思います。
130年以上前と同じ建物、間取りで、現代人には正直、不便に感じる部分もあると思います。
けれども同時に、130年以上前に宿泊された方と同じ体験をしていただけることこそが、大きな旅の楽しみになっているのではないでしょうか」
まるも旅館ができた当時は、宿といえば他人と雑魚寝が当たり前だった時代。
個室で、しかも宿全体が民芸で構成されている旅館は、当時の人の眼にどれほど新鮮でユニークに映ったかわかりません。
「手前味噌ですが、そんな130年前のユニークさを今も感じていただけることが、ご支持いただいている大きな理由の一つではないかと思います」
宿のなかは廊下にさりげなく飾られた書やオブジェ、タペストリーに至るまで、歴代オーナーの審美眼にかなったものが惜しみなく飾られていました。創業当時から今に続く、心意気を感じます。
一方で部屋には手作りの英語版観光マップが設置されていたり、お風呂も家族風呂以外にシャワー室が確保されているなど、海外の旅行者も快適に過ごせるような心配りが。
国境を超えた人気の理由は、こんなところにもあるような気がします。
さて、晩御飯を街なかで済ませてその日は就寝。迎えた翌朝、もう一つの大きな楽しみが待っていました。まるも旅館の名物朝ごはんです。
目にも舌にも贅沢な、まるも旅館の朝ごはん
まるも旅館の朝食は魚定食。
「魚はいつも長野の姫鮎をお出ししています。連泊される方は2日目はシャケなんですよ」
地のもの、季節のものを取り入れた朝ごはんはボリューム満点。デザートの果物は、さすがフルーツ大国長野、これでもかとふんだんに盛り付けてあります。
さらに食器には国宝である沖縄の陶芸家、金城次郎氏の器が使われています。
目にも舌にも贅沢な朝ごはんです。
まるも旅館が愛される理由
食事を終えて部屋へ戻る途中、木の廊下にちらちらとカーテン越しの光が揺れているのがとてもきれいでした。
ちょっとした光の加減すら絵になるのはきっと、よく使い込まれ、大事に手入れされてきた場所だからこそ。松本民芸家具の魅力を尋ねた際の、三浦さんの言葉が思い出されました。
「物には古くなっていくと消耗品として新しいものと換えなければならない性質のものと、不具合の出た部分を修理して愛着が湧いていくものの二つに分かれると思います。
ここの家具たちは後者のいい見本だと思います」
まるも旅館の魅力は、ただ「立派な家具や調度品がある」ことではなく、それらをじっくり使うことで熟成されてきた、空間そのものの心地よさにあるように感じました。
さて、チェックアウトまではもう少し時間があります。
せっかくなのでこれからお隣の喫茶で、食後のコーヒーをいただきながら旅の余韻に浸ろうと思います。
<取材協力>
まるも旅館
長野県松本市中央3-3-10
0263-32-0115
http://www.avis.ne.jp/~marumo/index-j.html
文・写真:尾島可奈子
*こちらは、2018年11月14日公開の記事を再編集して掲載しました。洋式の暮らしが定着している今日でも、昔ながらの日本の雰囲気は心をほっとさせてくれますね。