なんとも可愛い猫つぐら。雪国生まれの買える手仕事
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冬本番。雪の降り積もっている地域もあるのではないでしょうか。
日本有数の豪雪地帯といわれる、長野県栄村。
ここでは、稲刈りが終わると冬支度をはじめ、遅い時は5月の連休頃にようやく農作業が始められるということもあるくらい、長い冬を過ごします。
そんな栄村では、古くから冬の間の手仕事として稲藁を使った民具などが作られてきました。
籠状に編む「つぐら」もそのひとつ。
赤ちゃんを入れて寝かせておく「ぼぼ(赤ちゃん)つぐら」、おひつを入れる「飯つぐら」など、「栄村つぐら」として長野県の伝統工芸品に指定されています。
本日ご紹介するのは、つぐらの中でも猫のために作られた「猫つぐら」です。
保温性に優れ、暖かくて狭いところが好きな猫にぴったり。
雪国らしい、かまくらにも似たころんとした形が可愛らしく、愛猫家の方にも人気のようです。
どんな方たちが作っているのか、栄村を訪ね、その手仕事を見せていただきました。
冬の楽しみだった生活民具作り
長野県北端、新潟県との県境にある栄村。山々に囲まれ、冬は雪に閉ざされます。
「冬は何もできなくなるので、昔からみんなで蓑(みの)やつぐら、草履、米俵なんかを作っていました」
そう話すのは栄村公民館の島崎佳美さん。
「雪かき以外にやることがないので、冬の楽しみでもあったようです」
公民館の2階には、昔の民具が展示されています。
これは大根つぐら。
冬の間、大根を入れておくと、いい湿度と温度で新鮮なまま保存できます。
これは大正時代に作られた猫つぐら。
今のものより大胆に編まれています。
「“つぐら”は栄村だけでなく、雪の多いところでは似たようなものがどこにもあるようです。生活民具ですね」
自慢の民具を見せ合う「田舎百貨店」の始まり
農家の手仕事として作られていた「猫つぐら」が商品となったのは30年ほど前のこと。
「新潟県の関川村で商品化しているという話を聞いて、栄村でも作りたいと視察に行ったのがきっかけです」
多くの村民が猫つぐら作りに携わるようになり、品評会として「田舎百貨店」を開催することに。
「3月の終わり、畑が始まる前に冬の仕事の集大成を発表する場になっていました」
猫つぐらだけでなく、自分の発想で作った作品が村民会館の廊下に並べられ、優秀な作品には「田舎大賞」が贈られたそうです。
「たぶん、村民に自分たちの技術や文化に誇りを持って欲しいという、当時の村長の想いがあったんだと思います。
村民も張り合いになってたんでしょうね。田舎百貨店に向けて、今年は何作るかなって」
村外からもお客さんが来るほどの賑わいとなり、10年ほど続きましたが、村の体制が変わったことで現在は開催されていないそうです。
藁の確保が一仕事
では、猫つぐらはどのように作られるのでしょうか。
まずは材料となる「藁づくり」から始まります。
稲を刈ったら「はぜ掛け」をして、1週間から10日ほど天日で乾燥させます。
その後、脱穀して籾(もみ)を落とし、表面についている「すべ(皮)」を取り除きます。
次に、きれいに編めるよう干した藁を叩いて、茎を柔らかくして完成です。
藁にも良し悪しがあり、9月の彼岸頃までに籾落としをした藁でないと色が悪いのだそう。
今年は稲刈り時期に雨が続き、いいタイミングで日干しができた藁が少なく、いい藁ができなかったといいます。
また、栄村は米どころですが、藁を干さずに粉砕している農家が多く、藁を確保するのが年々大変になっているそうです。
いよいよ、猫つぐらを編んでいきます
藁の準備ができると、ようやく編み始めます。
まずは底編み。藁で輪を作り、1本ずつ藁を差し込み、目を増やしながら渦巻き状に編んでいきます。
底が出来上がったら、胴編み。底から真っ直ぐに立ち上げて、側面と出入り口部分を作ります。
次に、天井部分。目を減らしながらドーム状に編んでいきます。
最後に持ち手をつけて完成。
すべて手作りのため、ひとつ作るのに10日間ちかくかかり、冬の間に作れる数も限られてきます。
カッコよさにこだわって30年
第4回と第10回に「田舎大賞」を受賞した、猫つぐら名人の藤木金寿(ふじき・かねとし)さんに、作業を見せていただきました。
胴編みが終わって、天井部分を編んでいるところです。
現在91歳、猫つぐらを作り始めて30年以上になる金寿さん。
名人ならではのこだわりがたくさんあります。
例えば藁作り。日干しして皮を取り除いた後、もう一度日干し。
それを叩いて、取り残した皮をとってきれいにします。
さらに、藁の中でも状態のいいものを選り分け、出入り口のある正面部分を作るときに使うのもこだわり。
編み込むときも「藁を平ら一律に差さないと、ぼさぼさのができちゃう」のだそう。
どこを作るのが一番大変なのでしょうか。
「どこっていうか、縁のところがなかなか覚えらんねぇでさ」
「前はこうしてなかったんだけど、誰かが作ってるの見てさ、これカッコいいなって。教わったわけじゃなくて、うちの亡くなったばあさんが蓑を作るときにそんなのをやってたのを思い出して、こうやるんでないかなって。
はじめはわからんでなぁ。覚えちまえばなるほど簡単なんだけど、覚えるまではなかなかうまくできなくて」
カッコよく作りたい。
「まぁ、そういうことだよね。そういう気持ちでなければ上達はしねぇやな。よし、こんだおれもって。上手な人のを見てさ、“おぉ、これいいな”とかさ、いろいろ見てさ、そうすると研究になるわけだ」
カッコよさにこだわりぬいて作った猫つぐらがこちら。
金寿さんの猫つぐらは、形がとても美しいのが最大の特徴。真上から見ても中心がずれることなく、きれいなドーム型になっています。
これほどきれいにつくるのはとても難しいといいます。
底からの立ち上げも真っ直ぐで、みんなが難しいという出入り口も歪むことなく、ほぼ同じ採寸で作れるのは金寿さんだけだそうです。
「なかなか満足いくものができない」と言う金寿さんですが、出来栄えにこだわり、一つひとつ丁寧な仕事をすることで、美しいものができるのだと実感しました。
文化財レスキューで保護された暮らしの歴史
2011年3月11日に起こった東日本大震災の翌日、栄村は震度6の地震に見舞われました。
10日間の避難所生活を強いられ、多くの古民家が全壊し、取り壊されることに。
そんな中、栄村の暮らしの歴史を守ろうと「文化財レスキュー」が行われました。
「全壊になった古民家の屋根裏に古い民具がたくさん残されていたんです。栄村がお世話になっていた大学の先生が、民具を保存しておかないと、栄村の暮らしの歴史が失われてしまうと、文化財保護の活動をしてくださったんです」と話す島崎さん。
公民館に展示されていた民具はその時に保護されたものだそうです。
「民具を展示して、いろんな方に見ていただくことで、栄村の昔からの営みにもう一度光を当てて、村の技術や文化、郷土料理とかをしっかり伝えていこうと思っています」
手間がかかることから継承する人が増えない現状もあり、自分たちの文化を見直すことで、新しい可能性も見えてくるのではと、後継者育成のため猫つぐら教室を開いたり、蓑づくり、米俵づくりなどを開催しているそうです。
猫つぐらと一緒に栄村の風景を
現在、栄村の猫つぐらは委託販売のほか、栄村の直売所でも販売しています。
「ここに来ないと買えないようにしていけたらベストなんですけど」と島崎さんは言います。
「猫つぐらは、作る人によって形も違うので、実際に見て納得して買っていただくのが一番いいなと思って」
なんでもネットで買えてしまう時代には、そこに行かないと買えないことは大きな付加価値になる。
初めて猫つぐらを見た時、かまくらに似ていて、雪国ならではの形なのかなと思いました。
「かまくらを見慣れているから、そんなイメージもあるかもしれないですね。猫つぐらと一緒にこの風景を見てもらった方がより深みも出ると思います」
一年の半分近くが雪に覆われる栄村。
この土地だからこそ生まれた「つぐら文化」。
ぜひ一度訪れて、冬の手仕事に触れてみてはいかがでしょうか。
<取材協力>
藤木金寿さん
栄村公民館
長野県下水内郡栄村大字堺9214-1
0269-87-2100
文・写真 : 坂田未希子