日本酒と相性のいい酒器の選び方。和酒バーのマスター・下木さんに教わった「器のタイプ」の奥深さ

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石川県加賀市の山中温泉・ゆげ街道から細い道に入った場所、長谷部神社のすぐ前にある『和酒BAR 縁がわ』。

日本酒専門のバーで、マスターの下木雄介さんは利酒師の上級資格である「酒匠」の資格保持者です。

石川県の日本酒にこだわって仕入れ、その味を最も美味しく感じさせる酒器で飲ませてくれます。

柔らかな加賀ことばで熱心に説明してくれる下木さん

本当に酒器で味が変わるの?とお思いの方、下木さんのお話を聞くと目からウロコが落ちるはず。実際に自宅でも実践できる酒器の選び方をお聞きしました。

お酒と酒器にも「相性」がある。

下木さんは山代温泉の出身。さまざまな職業を経てお酒の道へ進み、2014年にこのバーを開くのですが、そのユニークな経緯については以前の記事で

ここで扱うのは加賀、能登など地元で造られた日本酒が中心。種類はその日によって変わり、常時30銘柄をその時最高の飲み頃を見計らってメニューに載せています。

また県外ではあまり口にすることのできない、鶴野酒造の「谷泉 特純無濾過生原あらばしり」や農口酒造の「農口 山廃純米 無濾過生原酒」など、蔵元が近いからこそ仕入れられるフレッシュで珍しい銘柄も登場します。

こだわりはお酒だけではありません。「これ綺麗でしょう、お酒入れたらまた表情変わるんですよ」と愛おしそうに見せてくれたのは、漆黒の盃に金色の蛇が走る、シックで重厚感のある酒器。

漆器は、山中温泉在住の木地師の作品

こちらは漆器の盃にヒビが入ったため、蒔絵師に「蒔絵継ぎ」していただいたものだそう。

下木さんが大事にしているのは、酒器の「美しさ」だけでなく、日本酒との相性。口径の大きさやカーブの角度で香味が変わるといいます。

お店の酒器は作家や職人にオーダーするものも多く、その理由は「既製品では理想の形と、ちょうど良い容量のものがないからです」

そもそも、日本酒は古来から「楽しく飲んで酔う」ことを良しとされた文化で、酒器に関しても深い研究がされていないと言います。したがって、片口や盃の容量なども厳格な規定がないのだそうです。

しかしお店で提供するからには、然るべき原価率になるよう、どの酒器でも一定量を守って注がなければなりません。

大量生産の既製品であれば容量も一定ですが、下木さんの思う形状とは違う。一方、作家ものは形状が優れているが、どのくらい入るかが分からず、一定でもない。

となると「この容量で、この形状で」とオーダーメイドするのが、下木さんの想いを「具現化」する最良の方法なのだそうです。

では、日本酒の香味は酒器の形状によってどう変わるのでしょう。早速、その関係性についてお聞きしてみました。

大切なのは「底」と「天面」

酒器にはガラス、漆器、陶器、錫などさまざまな素材がありますが、「大事なのは素材よりも形状だと考えています」と下木さん。酒器において大切な要素は「天面」と「底」なのだとか。

天面とは飲み口の2〜10mmの部分で、唇に当たる部分。底はその名の通り、内側の底部分です。

「天面の形状で人間が日本酒をどう感じるかが変わり、底の形状で日本酒自体の味が変わります」

日本酒の「香り」おいて大事な要素は、口に含んで広がる「含み香」(口内香とも言います)。

天面が外に向いていたら含み香が広がり、内側にすぼまっていたら含み香が柔らかくなるのだそうです。

また、底の形状は、大きく分けると「鋭角」「小さな曲線」「大きな曲線」「下ぶくれ」に分けられます。

下木さんが大切に持っている日本酒の官能評価のテキスト。細かな容量や寸法で酒器の形状と味の変化が解説されている

鋭角は日本酒の香りを高め、小さな曲線は味をすっきりさせます。大きな曲線は熟成感を際立たせ、下ぶくれは旨味を強調するのだそう。

左から、「小さい曲線」「鋭角」「下ぶくれ」「大きい曲線」

それぞれの酒器の形状に合った日本酒のタイプを聞きました。

<天面>
・外に向いているもの‥‥含み香が広がりやすい
石川県の吟醸酒の中で、シャープで香りの高いもの。「手取川」の純米吟醸など

・内に向いているもの‥‥含み香が柔らかくなる
旨味、酸味のあるもの。「菊姫」の山廃純米など

<底>
・小さな曲線‥‥味をすっきりさせる
淡麗辛口タイプ

・鋭角‥‥日本酒の含み香を高める
フルーティータイプ

・下ぶくれ‥‥旨味を強調させる
旨口タイプ

・大きな曲線‥‥熟成感を際立たせる
熟成タイプ

自然に合わせ、自然に倣うことも大事。

下木さんが作家や職人に酒器をオーダーで作ってもらう際には、容量や形状の他にも、「自然の造形をイメージすること」を大事にしています。

例えば、九谷焼職人の前田昇吾さんに作ってもらったという花の蕾をモチーフにした熱燗用の酒器。1年前からこの酒器をオーダーし、何度も試作を重ねて、ようやく完成しました。

なぜ熱燗で蕾なのかというと、「花が開こうとする時に帯びる熱、生命のエネルギーが熱燗のぬくもりに通じるから」と下木さん。

自然を倣うこと。それもお酒を美味しくする重要な要素です。これは前編で触れていますが、下木さんはあるお客様からの一言で「季節感」の大切さに気づき、以来お酒にも酒器にも、自然との融和性を心がけているそうです。

実際にこの器で菊姫の「特撰純米」を温めの燗でいただきました。

この日本酒はじっくり熟成させた濃醇旨口タイプ。酒器は下ぶくれで天面が外に向いている形状なので、これを飲むのにぴったりです。

味わってみると、天面が唇に触れ、お酒が口に入った瞬間に香りが鼻に抜け、一気に広がりました。

舌で転がすと、お酒のなんとまろやかなこと!

思わず、「お酒ってお米の糖分でできているんですね」という言葉が出てしまったほど、濃厚な甘みです。

下木さんのトークを聞いていると、どんどんお酒の世界に引き込まれていきます。

燗酒も、数度単位で変えてつける

皆さんも、自宅でお酒と酒器の相性を試してみるのもいいですが、『和酒BAR 縁がわ』に足を運んで、そのトークを聞きながら飲み比べてみてください。

唇に触れる飲み口や底のカーブの形状でこんなにも香りが広がり、あるいは爽味がキリッと際立ち、燗酒が舌にすっと馴染み‥‥と次々に新しい味覚を発見できます。

「お酒はどの器で飲んでも味が一緒」と思っていた方は、その価値観が覆されるはずです!

<取材協力>
和酒BAR 縁がわ
石川県加賀市山中温泉南町ロ82
0761-71-0059
14時~24時
木曜休
https://www.facebook.com/washubarengawa/

文:猫田しげる
写真:長谷川賢人

*こちらは2019年2月28日の記事を再編集して公開しました。自宅のうつわで飲み比べをしてみるのも楽しそうですね。

 

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