紀州備長炭と一般的な木炭との違いは?炭焼き職人に作り方から聞いてみた
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最高品質の木炭。紀州備長炭をつくる若き職人たち
炭といえば備長炭。そう連想するほどに聞き馴染みのあるものですが、実は、備長炭にもいくつかの産地があり、その産地名を冠して「紀州備長炭(和歌山)」「土佐備長炭(高知)」「日向備長炭(宮崎)」などと分類されています。
中でも最高品質として知られるのが、備長炭発祥の地、和歌山で作られる「紀州備長炭」。
火力の強さや燃焼時間の長さなどに優れており、全国の料亭や炭火を使用する飲食店を中心に広く使われています。
備長炭の中でもっとも高価とされ、すなわち、世界一高価な木炭です。
そんな紀州備長炭の生産量で国内一を誇る和歌山県日高川町で、製炭を生業とする炭焼き職人さんに話を聞きました。
大阪市内から車で約2時間。和歌山県中部の山あい、少し開けた道路沿いにある炭焼き窯。
そこで迎えてくれたのは、3名の若者でした。
曽祖父の代から続く製炭業の四代目、湯上彰浩さん(31)。その実弟で、この道すでに10年以上の炭焼き職人である湯上彰太さん(30)。そして彰浩さんの幼馴染で、昨年末から働いている藤本直紀さん(31)。
町内に50人ほどいる炭焼き職人の中でも、かなり若いこの3名は、町営の製炭研修所も兼ねたこの炭焼き窯を拠点に、日々、備長炭づくりをおこなっています。
当日はちょうど窯の補修作業中だった湯上さん。少しの間手を止めて、こちらの質問に答えてくれました。
窯の良し悪しが備長炭の品質を左右する
「炭焼きというと、とにかく毎日木を焼いていると思われがちです。でも実際は、窯に原木を入れてから備長炭に仕上がるまで、うちの場合でだいたい2週間かかる。月に2回焼き上がるサイクルです。
まず、入り口で薪を焚いて窯の温度を上げていきますが、この時点では原木に直接火はつけない。蒸し焼き状態にして、1週間ほどかけて水分を飛ばします。
焚き火をイメージしてもらうと分かりやすいのですが、いきなり火をつけて燃やしてしまうと、ぼろぼろの燃えかすしか残らず、商品になりません」
水分を飛ばすのになんと1週間。その間も、ただ薪を焚き続けていればよいかというと、そうではありません。
「1週間に1度か2度、薪の火を消して入口を閉じ、温度を上げすぎずに水分を飛ばす時間を取るようにしています。
当然、休みなく焚き続けた方が炭になるのは早いのですが、どうしても品質が悪くなる。
ちょうどよく水分が抜けて、そしてちょうどよく原木に火が付く、そのタイミングを見極める必要があります」
微妙に水分が残ってしまうだけで、見た目には分からなくても、手に持った時に「軽い」と感じる低品質の仕上がりになるとのこと。
「窯の中の温度が一定以上になると、原木の上の方から自然に火がつきます。
そこからは、酸素穴を開けて空気の量を調整し、また1週間ほどかけて炭化させていく。
酸素の量をどんどん増やして、少しずつ炎を立たせて、炭の燃え具合や締まり具合を見ながら、今!というタイミングで取り出します」
取り出す際、真っ赤に燃えた状態の炭に灰をかけて急激に消火し、白い灰を被った「白炭(しろずみ)」の状態で完成させます。備長炭と呼ばれるものは基本的にすべてこの白炭なんだとか。
これに対して、バーベキューで使用するような、軽くてすぐに燃える炭は「黒炭(くろずみ)」。
実際に出来上がった備長炭(白炭)を手にとってみましたが、ずしりと重く、断面はまるでクリスタルのようで黒炭とはまったく別物だとわかります。
特徴として、火力と燃焼時間が非常に優れている紀州備長炭。
「高い品質が出せるから、今の価格帯で購入してもらえる」と、炭の仕上がりには自信を持つ湯上さん。
およそ2週間、酸素量の微調整や細やかな温度管理を経て、ようやく紀州備長炭として世に出せる品質の炭が仕上がります。
「気密性・保温力が高くないと、こちらの意図とはずれたところで酸素が入ってしまい、品質に影響が出てしまう。なので傷んだ部分を少しずつ補修しながら使っています。
窯の良し悪しと、焼いている際の技術、紀州備長炭をつくるにはこの2つが欠かせません」
今回補修中だった窯を見せてもらうと、下から上まで赤土と瓦が緻密に積み上げられている最中でした。この後さらに外側にも赤土を敷き詰めて、気密性と保温力を高めていきます。
紀州備長炭をつくる際、大筋の工程は共通としてあるものの、細かい窯の作り方や空気量の調整方法は、人によって異なるらしく、職人としての工夫のしどころでもあるといいます。
木を立てて入れる。紀州備長炭づくりの秘訣
ほかの備長炭と異なる、紀州備長炭づくりの大きな特徴として挙げられるのが、窯にくべる際の原木の入れ方。
他の地域では原木を横に倒して積み上げていくそうですが、紀州では、1本1本を奥から立てて並べていきます。
すると、原木が焼き締まって縮んだ時にも均等に空気が流れるため、焼きムラが少なくなり品質の高い備長炭に仕上がるとのこと。
その反面、横に倒して積み上げる方法と比べると、一度に焼ける量が約半分に。生産量を犠牲にしても、品質にこだわっていることが、紀州備長炭ブランドが支持されているひとつの要素でもあるようです。
まっすぐに窯の中に立てていくにはもう一手間、「木ごしらえ」と呼ばれる工程も必要になります。
「伐採してきた原木(ウバメガシ)は、そのままでは使えません。太すぎるものは半分に割ったり、曲がっていれば切り込みをいれて伸ばしたり、できるだけまっすぐにしてから、窯にくべていきます」
一度に窯に入れる原木は、およそ6トン。この量の原木を伐採して窯まで運ぶのに、3人がかりで3日かかるそう。
ちなみに、伐採された原木の丸太を触らせてもらったのですが、非常に硬くて重い木でした。これを山中で伐採し、余分な枝を払って運搬し、また伐採し‥‥考えただけでもつらい。
そこから、すべての木を「木ごしらえ」するため、さらに3日ほどかかり、ようやく木を焼くための準備が完了します。
炭焼き職人の伐採が、森を再生させる
ここまで、想像以上にハードな炭焼きの仕事を見てきましたが、一番体力的にきついのは、やはり原木の伐採作業。
湯上さん曰く「原木を窯まで運び終わった瞬間が一番嬉しい」と感じるほどだそう。
しかし、この先も備長炭づくりを続けていくために、この工程は省けないのだとか。
「ウバメガシには再生能力があり、適齢で伐採すればその切り株から芽を出してまた成長していきます。しかし、成長しすぎた場合には再生能力が弱ってしまい、その後に伐採されると切り株は枯れてしまう。
なので、適切なタイミングで必要な量の木を伐採して使うことが、備長炭をつくる上でも必須になってきます」
なお、当然ながら、原木は勝手に切っていいわけではありません。良さそうなウバメガシの群生地を見つけたら、まずは役所に連絡が必要です。
そこから所有者の連絡先を照会してもらい、交渉し、伐採権を購入。そして、再生を見越してこれだけ切りますという申請を役所に通してはじめて、切ることができます。
嬉しい悲鳴と気になること。紀州備長炭の現状
決して軽い気持ちでできる仕事ではありませんが、紀州備長炭の需要自体は年々増加しており、炭の価格も以前より高値で取引されるようになっています。
「ありがたい話ですが、供給が追いついていない状況です。
昨年末から3人体制になりましたし、窯の修復が終わったら、月に3回は焼けるようにしたいなと考えています。
炭焼きは、季節の影響をあまり受けず、年間を通して生産できる。ほかの農業などと比べると恵まれている部分かなと思います」
生産体制の見直しのほか、炭焼きの仕事を知ってもらうための体験教室の開催や、炭と相性の良いアウトドア事業への進出なども考えている湯上さん。
嬉しい悲鳴が上がる反面、気になることも。
「備長炭の価格が安定してきたことで、新たに炭焼き職人を始める人も増えてきました。
それ自体は歓迎すべきことなのですが、紀州備長炭の品質にバラツキが出てしまう可能性もあり、産地全体で連携してコントロールする必要があると感じています」
紀州備長炭は、特定の職人の名前が前に出るのではなく、あくまで「紀州備長炭」として、一括りに出荷されていくそう。
つまり、仮に品質のバラツキがあるまま紀州備長炭として流通してしまうと、ブランド全体の価値が下がる危険性をはらんでいます。
以前は、新たに炭焼き職人を志した人は、研修所や信頼できる師匠の元で最低1年は修行をし、そこから独立の道へと進んでいったそうです。
今は、そうした修行をせずに、炭焼きを始める人も多いのだとか。
「今、備長炭の生産量では負けている地域もありますが、品質は間違いなく紀州備長炭が世界一だと思っています。それは誰かに認められるものでもなく、自分たちでそう確信しています。
せっかく築いたこの価値を失わないために、職人だけでなく問屋さんや行政とも連携して、品質・ブランド力の維持をはかっていきたいです」
若き炭職人たちは、ブランドと産地の未来を真剣に考えながら、新たな備長炭の可能性も模索しています。
<取材協力>
B-STYLE(湯上 彰浩)
文:白石雄太
写真:直江泰治
※こちらは、2019年2月19日の記事を再編集して公開いたしました。