琵琶湖の北西で100余年。和ろうそく工房と跡取り息子の挑戦

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大阪のクリエイティブ集団、grafはデザインをし、家具をつくり、おいしいごはんと素敵なものを届けるちょっと変わった会社です。その代表を務める服部滋樹(はっとりしげき)さんは、ソーシャルデザインの視点から滋賀の魅力を見出すプロジェクト「MUSUBU SHIGA」のブランディングディレクターを務めていました。そんな服部さんに、プロジェクトを通じて調査(リサーチ)・再発見した滋賀のあたらしい価値、魅力を教えてもらいました。

琵琶湖を中心にして、西にいる人たちと東の人、北と南の人ではずいぶんと思想や性格も違うのでは?

滋賀県といえばまっ先に思い浮かぶのが琵琶湖。「滋賀のおもしろいところは、琵琶湖を中心にして東西南北でその風土もその土地にくらす人々も違う表情を見せるところ。西にいる人たちと東の人、北と南の人ではずいぶん思想や性格もちがうのでは?」と仮説を立てる服部さん。西側の人は朝日の美しい光がうつる琵琶湖を、東側の人は夕日がうつる湖面を、南側には南側の、北側には北側のそれぞれの表情の琵琶湖があり、それがその土地で育つ人のアイデンティティに、暮らす人の気分に影響しているのではないか…そんな仮説が出てくるほど、滋賀県にとって琵琶湖の存在は大きいようです。

虹の架かる、町から
虹の架かる、町から

今回は、そんな琵琶湖の北西で出会った、創業100余年の和ろうそく工房、和ろうそく大與(だいよ)とその跡取り息子だった大西巧(さとし)さんについてお話をうかがいました。

和ろうそく大與のはぜろうそく
和ろうそく大與のはぜろうそく

琵琶湖の西側、比叡山から北に登る高島の土地で

琵琶湖の西側に存在していて、しかも比叡山から北に登っていく高島エリアは、琵琶湖と山に挟まれていて平地が少ない土地です。産業としても多様な表情があり、農業だけではなく、林業や木地師などの山の仕事や琵琶湖の仕事があるそうです。朽木(くつき)(*)までいくと山奥にブナの原生林があり、そこから流れて安曇川へと、山の恵みと水の恵みをあらゆる角度から感じる場所。その山の恵みと水の恵みのちょうど間で生まれたのが、和ろうそく大與です。

* 朽木(くつき)村は、滋賀県西部(湖西)の高島郡に存在した村。 2005年に同郡の高島町、安曇川町、新旭町、今津町、マキノ町と合併するまでは永らく滋賀県唯一の「村」だった。

陸が広く、代々続く大規模農業が発達した東側と違い、西側は外からのひとを受け入れやすいと思うと語る服部さん。IターンやUターンなどが多く、新しい活動を試みる若いひとたちが多いのもこの土地の魅力です。

琵琶湖の西、山を越える夕陽
琵琶湖の西、山を越える夕陽
高島の燃える夕陽
高島の燃える夕陽

100年続く和ろうそく工房とその跡取り息子との出会い

服部さんと和ろうそく大與の大西巧さんとの出会いは今から15年ほど前。当時、大西さんは服部さんの友人がクリエイティブディレクターをしていた京都のお線香屋さんで修行をしていました。大西さんが「実家が和ろうそくをつくっていて…」と服部さんに相談したのが最初の出会いです。その後、正式に跡を継がれてから再会。大西さんは現代の和ろうそくのアウトプットを模索していたところでした。

白髭神社の沖島を拝む鳥居
白髭神社の沖島を拝む鳥居

くらしを見直し、ろうそくを灯せる時間に意識を見出す

そもそも現代は電気が通っている、その上で和ろうそくをどう現代社会に伝えるか。それが課題でした。再会した大西さんは、作ること、流通すること以上にどうやって和ろうそくをくらしのシーンに落とし込むかを考えていました。

くらしを見直し、ろうそくを灯せる時間に意識を見出すシーンを想像すること。大西さんがやろうとしているそれは新たな作法を生み出すことだと、服部さんは強く興味を惹かれたそうです。単にろうそくをつくることは技術であって、手法でしかない。作法が生まれないことにはつくる以上に伝えることができない。そうやって言語化できたことは服部さんにとっても大きな発見でした。

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手で採り、手でつくり、テーブルの上にあがるまで手で持っていく

和ろうそくは、はぜ(ウルシ科の植物)の実からつくられています。はぜは九州が原産で、大西さんのお父さんも、自ら採りにいくこともあるのだとか。素材がはっきりしているので、つくりかたがしっかりしていて、曲げるところがひとつもない。そのことがダイレクトに伝わるプロダクトだと服部さんは語ります。それも、和ろうそくはひとつひとつ手で成形してつくられている。「陶芸やガラスも手でつくるけれど、最後に一度火を通すよね。手で触ったまま完成させられる工芸品ってあまりないんじゃないかな」と服部さん。手で採り、手でつくり、テーブルの上にあがるまで手で持っていく。その先に大西さんが描くくらしのシーンがあります。

パラフィンを使わずに、はぜやお米などの天然素材だけでつくっているから匂いがしないのが和ろうそくの特徴。それはすなわちお食事のじゃまをしないということ。京料理のような繊細な料理とも一緒に楽しむことができて、キャンドル(洋ろうそく)でもなく、電気の照明でもなく、和ろうそくが選んでもらえる特別なシーン。機能性とシーンの裏付けが出会った瞬間でした。

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そもそも現代のくらしの中から火が消えていっていることを意識してほしいんです

「僕は滋賀という山と湖という自然に囲まれた環境に育ちました。特に湖西と呼ばれる琵琶湖の西側は山と湖の距離がいっそう近い地域です。自然の循環の中に人間がいる環境だからこそ、自然と人のあり方、付き合い方に関して、意識が向きやすい。和ろうそくや自分たちの活動を通じて、火と人の付き合い方をもう一度考えるきっかけになればと思っています」。そう力強く語る大西さんに、はじめの出会いから15年が経ちすっかり頼もしくなったと、服部さんも顔をほころばせました。

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服部滋樹(graf
1970年生まれ、大阪府出身。graf代表、クリエイティブディレクター、デザイナー。美大で彫刻を学んだ後、インテリアショップ、デザイン会社勤務を経て、1998年にインテリアショップで出会った友人たちとgrafを立ち上げる。建築、インテリアなどに関わるデザインや、ブランディングディレクションなどを手掛け、近年では地域再生などの社会活動にもその能力を発揮している。京都造形芸術大学芸術学部情報デザイン学科教授。

和ろうそく大與
1914年、大西與一郎が滋賀県高島郡(現高島市)今津町にて創業以来、四代に渡って百余年、和ろうそく一筋の専門店。宗教用(お仏壇用やご寺院さま用)のろうそくをはじめ、茶の湯の席で用いられるろうそく、ご進物用や贈答用のろうそく、お部屋用のろうそくなど、素材と技術に裏付けされた最高品質の和ろうそくを取り扱う。

MUSUBU SHIGA
2014年、滋賀県の魅力をより県外へ、世界へと発信し、ブランド力を高めていく為に発足された(2017年に終了)。ブランディングディレクターには、graf代表・デザイナーの服部滋樹が就任。くらしている人々が”これまで”培ってきた魅力を分野やフィールドを超えた国内外の新たな視点をもったデザイナーやアーティストとともに調査(リサーチ)・再発見し、出会ってきたモノを繋ぎ合わせて実践しながら、あたらしい滋賀県の価値をデザインし、そして滋賀の”これから”を考えている。

文・和ろうそく写真:井上麻那巳
風景写真:服部滋樹
撮影協力:UGUiSU the little shoppe
*こちらは、2017年1月24日の記事を再編集して公開しました

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