そろばんがなくなる?日本一の産地・兵庫県小野市に生まれた「新たな可能性」
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かつて、計算の道具として人々の生活に欠かせなかった「そろばん」。
最近では計算力や集中力を高める効果があると注目を集め、あらためて習い事としての価値も見直されているところです。
しかし、長く続いた需要の低迷を受けて、つくり手である職人の数も少なくなり、このままではそろばんづくりが続けられない、という危機的な状況も生まれています。
そんなそろばんの「今」を知る人を、生産量日本一の産地に訪ねました。
生産量日本一「播州そろばんの町」兵庫県小野市
そろばんの二大産地の一つ、兵庫県小野市。
ここで安土桃山時代から製造が始まったとされるのが、生産量で日本一を誇る「播州そろばん」です。
昭和35年の最盛期には、年間360万丁もつくられていた「播州そろばん」。
その現状について、明治時代に創業し、そろばんの製造販売を手がけてきた株式会社ダイイチの宮永 信秀社長に聞きました。
習い事としてのそろばん・珠算の可能性
「最近は、そろばんを習いはじめる子どもたちの年齢がどんどん下がってきています」
以前であれば、小学校3年生ごろに受ける珠算の授業が、そろばんに触れるはじめての機会という子どもがほとんどでした。
今は、年齢が小さいほど力を引き上げてやれる。と考える親が多いのか、3~4歳くらいからはじめる子どもが増えたんだそう。
「脳や学力への影響を実証するのは難しいですが、そろばん自体はさておき、珠算教育の効果は確かにあると個人的には考えています。
珠算では、問題を読み、読み上げた数字を指で弾き、出てきた答えを紙に記入する。これを決められた時間の中で完結させることが求められます。
一定時間、座ってしっかりと集中する。それが習慣となれば、そのほかの勉強の場面でも集中力が発揮できる。ということは実感しています」
電卓の登場。全国の珠算塾の減少。さらに子どもの数自体も少なくなっている。
こうした状況にありながら、そろばん・珠算教育の価値が見直されてきた関係で、再びそろばんの需要が増えている地域もあるとのこと。
「弊社の実績としても、わずかではありますが、増えつつあります。
ただし、子どもの数自体は少なくなっているので、大幅な増加は見込めないと思っています。
この技術をきちんと守りながら、海外輸出なども少しずつ始めているところです」
計算の道具から教育に欠かせない道具へ。
一度は役目を終えたかに思えたそろばんが、再び脚光を集めようとしています。
そろばんは、四分業制でつくられる工芸品
道具としての役目を変えつつあるそろばん。しかし熟練の職人が手作業でつくり上げる工芸品は今、存続の危機を迎えています。
「播州そろばんは、四分業制でつくっています。
そろばんの珠(たま)を削る職人。削られた珠に染色して竹ひごが通る穴をあける、珠仕上げの職人。竹ひご自体をつくる職人。そして最後に組み立てる職人。
それぞれ専門の職人の力が合わさってそろばんが完成します」
と宮永さんが言うように、一人だけでは完結しないのがそろばんづくりの難しいところ。
ダイイチも、社内にいるのは「組み立て」の職人のみで、その他の工程はそれぞれ外部の職人にお願いしてつくっています。
「各工程、使う道具や機械もことなり、それぞれ熟練した感覚と経験が必要です。
過去を遡っても、全工程をひとりでまかなった職人は、いないと思います」
たとえば、珠を仕上げる職人が担当する染色と穴あけ。
なんとなくシンプルで簡単そうにも思えますが、寸分違わず綺麗な穴をあけていくには相当の技量が必要。一朝一夕には身につきません。
そろばんは、珠が動き過ぎても、逆に動かなすぎても使い勝手が悪くなるもの。
播州そろばんでは、理想の使い勝手を追求した結果、珠の穴の直径は3.05ミリ、そこに通す竹ひごの直径は2.95ミリと明確な基準が定まっています。
「年間に360万丁をつくっていた時代には、四分野それぞれに何十軒と会社があり、競い合っていました。
大量につくりながら、品質も高めていくには、分業が理にかなったやり方だったのだと思います」
需要の高まりを受けて確立されていった分業制。専門の職人の技能は向上しましたが、今では後継者不足という大きなリスクを抱えることになりました。
竹ひご職人はあと一人。危機的な状況
四分野の職人は、どれくらい残っているのでしょうか。
「珠削りは60代と80代が1名ずつ。珠仕上げも同じく60代と80代が1名ずつ。竹ひごづくりは70代の職人があと1名だけ残っています。
組み立ての職人は12〜13軒前後と、比較的多く残っていますが、法人として運営しているのは弊社のみで、あとは個人でやられている方たち。正直、危機的な状況です」
どこかひとつでも倒れてしまうと、製品自体がつくれなくなってしまう分業制。
播州そろばんにおいては、四分野のうち、三つの分野がいつ無くなってもおかしくない状況となっています。
なお、もう一つのそろばん産地である島根の「雲州そろばん」に関しては、すでに「組み立て」以外の職人が断絶しており、材料を播州から供給している状態なんだそう。
前例はないものの、いずれは自社で四分野すべてをまかなう必要があると、宮永さんは考えています。
「私自身、36歳で小さい子どももいます。まだまだそろばんで飯を食べていかないといけない。当然、先祖代々つないでくれたものを次の世代に残していきたい気持ちもあります」
引退された珠削りや珠仕上げの職人さんから機械を譲り受けるなどして、自社でできる範囲を広げていこうと挑戦している最中とのことでした。
つくったものに名前が残る仕組み
従来のそろばんは、組み立てた職人の名前だけが枠に彫られて商品となっていました。
「作者として、一人の名前しか入っていないので、すべてその職人だけでつくっていると思われがちです。
四分業でやっていることをもっと知っていただきたいし、全員の名前を出すことで、自分の仕事に誇りと責任がうまれるのではないかと思っています」
ダイイチでは、左端の珠に四分野の職人すべての名前を彫った商品を発売しています。
やはり自分の名前が残る分野に人が集まりやすく、それが、組み立ての職人が多く残っている要因のひとつ。
現状では後継者不足の解消に直接つながることは難しいかもしれませんが、少なくとも今残っている職人たちのモチベーション向上につながる取り組みです。
使わない人が買うそろばん
その他、ダイイチでは本来のそろばんだけでなく、そろばんの技術や素材をいかした商品の開発・販売も積極的におこなっています。
ストラップや時計、知育玩具にアクセサリーまで。社内の意見を吸い上げつつ、まずは形にしてみることを大事にしているそう。
「そろばんの珠、竹ひごなど、そろばんのパーツを使う前提ですが、なにかそろばん以外の可能性があるんじゃないかと考えています。
売れる商品が増えれば職人の仕事も増やせますし、後継者育成にもつながるかもしれません」
「使わない人がそろばんを買う時代がくる」
宮永さんの父で、ダイイチの現会長はよくこんな風におっしゃっていたそう。
計算の道具としての役目が終わっても、きっとそろばんを必要とする人、魅力に思う人が出てくるはずと、考えられていたのかもしれません。
播州そろばんのこれから
喫緊の課題である後継者不足の問題は非常に大きく、その解決は一筋縄ではいきません。
それでも、少しずつ糸口は見えてきています。
ダイイチには、20代と10代の職人が一人ずつ入社しました。
今は「組み立て」を学んでいる彼らが、いずれはほかの工程にも習熟していけるかもしれない。
「仕事が楽しい」と話す彼らの後に続く若者がまだまだいるかもしれない。
若い職人がいきいきと働く姿を見ていると、そんな明るい可能性を感じずにはいられませんでした。
<取材協力>
株式会社ダイイチ
兵庫県小野市垂井町734
http://daiichi-j.com/
文:白石雄太
写真:直江泰治
*こちらは、2019年3月1日の記事を再編集して公開しました。そろばんに長けた人は、10桁以上の暗算もできるそうです。絶やしたくない道具ですね。