老舗の八百屋がつくったドレッシング。新ブランド「半吾兵衛」の誕生秘話

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漬物屋さんの危機感

新潟で生まれた甘みたっぷりのイチゴ「越後姫」、雪の下で越冬して甘みを増した魚沼産のにんじん、新潟ですべて消費されて県外に出回らない梅「越の梅」‥‥。

厳選した新潟県産の野菜と果物を惜しみなく使用した「八百屋のドレッシング」は、素材本来の味を保つために化学調味料、合成保存料、合成着色料無添加で、非加熱製法を採用している。

野島食品「八百屋のドレッシング」

フレッシュでジューシーな野菜と果物の風味そのままに、赤ちゃんからお年寄りまで楽しめる安心、安全なドレッシングを実現したのは、新潟県三条市の野島食品。

創業は江戸時代の1811年(文化8年)。200年以上の歴史を持つ老舗の漬物屋さんだ。なぜ漬物屋さんが、ドレッシング?そこには危機感があったと社長の野島謙輔さん。

野島食品 社長の野島謙輔さん
野島食品 野島謙輔社長

「漬物は、トレンド的には右肩下がりの状態です。将来的にどうしようかというところで、弟と何度も会議をしていましたが答えが見えず、七転八倒していました」

実は野島食品では一度、新規事業としてドレッシングをつくったことがあった。「八百屋のドレッシング」でも使っている「越の梅」と魚沼産の雪の下にんじんを素材にして、合成保存料、合成着色料無添加で、油は身体にいい紅花オイルを使用。

これに乳酸菌を添加した「乳酸菌ドレッシング」として500円の値段をつけた。これを売りに出したものの、手ごたえがなかった。それで、地元銀行の支店の社員に試食してもらい、アンケートをとったところ散々な結果が出た。

「返ってきたアンケートを見て驚愕したのは、何も伝わっていないというところでした。美味しかったという声は多かったんですが、アンケートのなかで7割、8割を超えていたのは、乳酸菌が伝わらない、雪下ニンジンが伝わらない、こだわりが伝わらない、ということでした。ショックでしたね」(謙輔さん)

「商品を作るのではなくてブランドを作る」

漬物だけじゃ、先行き不安。新商品で勝負したいけど、手ごたえなし。これからどうしたものかと悩んでいたところ、相談に乗ってもらっていた銀行員から「面白いから読んでみてください」と書籍を2冊、渡された。

それは、中川政七商店 代表の中川政七の著書だったが、当初は「いいことばかり書いてあるけど本当かな?銀行から借りたらコメントもしないといけないし、面倒くさいな」と思っていたという。

野島食品 社員インタビュー風景

しかし、しばらくして三条市から「コト・ミチ人材育成スクール 第2期」開校の知らせが届いた。そこに、塾長として中川政七の名前があることに気づいた謙輔さんは、三条市役所の知り合いに問い合わせた。

そこで太鼓判を押されたので、弟の優輔さんとふたりで説明会に参加。第1期の卒業生のケーススタディなどをみた後で、優輔さんが参加を決めた。

「僕も中川さんの本を読みましたが、頭では理解したつもりでも、いざ行動に移すとなると少し引いてしまうところがありました。こういった機会がないと、日々の仕事をしながらではなかなか取り組めないと感じていたので、参加してみようと思ったんです。

中川さんの本に『商品を作るのではなくてブランドを作る』と書いてあって、そのあたりをしっかり学びたいと思いました」

野島食品 社員インタビュー風景
弟の野島優輔さん

スクールの2期生は16名で、半数は地元企業の社長や社員、半数はデザイナーやクリエイティブディレクターだった。食品会社から参加しているのは優輔さんのみ。知り合いもいなかったが、授業後の飲み会に顔を出して少しずつ言葉を交わすようになっていった。

必死で考えた強みと弱み

講義は全6回。1回目「会社を診断する」、2回目「ブランドを作る(1)」、3回目「ブランドを作る(2)」、4回目「商品を作る」、5回目「コミュニケーションを考える」、6回目「成果発表会」と続く。

実際に地元企業の参加者とクリエイティブディレクター、デザイナーがタッグを組んで新商品、新サービスを開発し、最終日に成果を発表するという流れだ。

野島食品では、優輔さんが講座で学んできたことを毎回、幹部会議でアウトプット。宿題にも共に取り組んだ。謙輔さんは「自社の弱みや強みを考えることがつらかった」と振り返る。

「弱みは山のように出てきますが、強みがなかなか見当たらないんですよね。弱みも悲しくなるようなものばかりで(苦笑)。普段の生活では全 く意識できていませんし、やれと言われないとできないことですよね」

野島食品 分析資料

現実を見つめなくては、新しいことをスタートできない。ふたりは頭を悩ませながらも、自社の分析を進めた。そうすることで、「1811年創業の歴史」「漬物業で培った野菜の仕入れルート」が強みだと自覚できた。

さらに「野菜の生産者と一緒に頑張って、みんなで喜びあえるような商品をつくりたい」という想いも明確になった。そうして、新潟ならではの野菜に焦点を当てて、こだわりの味を消費者に届けるというコンセプトができ上がった。

野島食品のHP
野島食品のHPには、地元の生産者さん達の声が載っている

新ブランド「八百屋 半吾兵衛」立ち上げ

この時、ふたりの頭にあったのは、試食した人の7、8割から「良さが伝わらない」と酷評されてお蔵入りになったドレッシングだった。そこで優輔さんは、講座でチームを組んだ女性デザイナーに相談。やはり以前のドレッシングは情報を詰め込みすぎていると指摘を受けて、チームでいちからブランディング、デザインを進めることになった。

野島食品 インタビュー風景

「私はもともと、三条市にデザイナーがいるということすら知らなかったんですよ。いつもは印刷会社にデザインもお願いしていたんですが、特にコンセプトを伝えることもなく、でき上がってきたいくつかのデザインのなかから選んでいました。今回は事前にコンセプトを共有したことで、内容を理解したうえでデザインしていただけたと思います」

野島食品 八百屋のドレッシング チラシ

最も強調したかったのは「老舗の八百屋がつくった」という点。ほかに、野菜や果物の鮮やかな色が際立つこと、スーパーだけじゃなくおしゃれな雑貨屋などでも扱ってもらいたいという希望などを伝えたうえで、デザイナーと何度もやり取りを重ねた。

こうして初めてのデザイナーとの共同作業で完成したのが新ブランド「八百屋 半吾兵衛」の「八百屋のドレッシング」。

「八百屋 半吾兵衛」の「八百屋のドレッシング」

冒頭に記したいちご、にんじん、梅のほかに、枝豆、わさび、西洋梨の「ル・レクチェ」の計6種類だ。パッケージだけでなく、ロゴやホームページも新調した。ホームページでは、生産者のもとで取材と撮影をして、思いやこだわりを伝えている。これもデザイナーがいたからこそのアイデアだ。

「デザイナーの意見とぶつかることもあって、すり合わせをしていく作業は正直、大変でした。でも最終的に出来上がったデザインは、ロゴも含めて落ち着きがあっていいなと。本当に気に入っています」(謙輔さん)

野島食品 半吾兵衛 ホームページ
野島食品 半吾兵衛 ロゴのエプロン

社内に起きた変化

野島食品では、この新作ドレッシングの売り上げ目標を6,000本に設定。非加熱製法で要冷蔵のため、現在の販路は新潟県内の高速道路のサービスエリア、空港、JRの一部、雑貨屋と限られるなか、発売から1年ほどで目標を達成した。

優輔さんは「目標が低すぎた」と謙遜するが、漬物屋さんが新ブランドで大手ひしめくドレッシング市場に参入して、1本540円と800円という高価格帯で6,000本を売り上げたのは立派な数字だろう。講座に参加したことで、社内にも変化が現れているという。

「中川会長がよく共通言語と言っていますが、彼(優輔さん)が講座で学んできたことを社内でアウトプットしたことで、物事を順序立てて、論理的に考えるような仕組みが少しずつでき上がっている気がします。

あと、ドレッシングの販促でおしゃれな商品が集まる展示会に出展するようになって、女子社員がいきいきしています」(謙輔さん)

さらに、新事業を始めたのがきっかけで、社内の人材発掘にもつながった。野島食品では漬物やドレッシングに使う野菜を確保するために自社農場を始めたのだが、カメラが趣味でセミプロレベルの腕前を持つ男性の営業マンが農作業の様子や商品の撮影をして、フォトショップを扱える事務の女性社員がレイアウトするようになったそうだ。外注せずにすむからコストダウンにつながるし、なにより社員ふたりの表情が変わったという。

野島食品 社内で制作したチラシ

謙輔さん、優輔さんも変化した。なにかをやらなければと焦って会議ばかりしていた頃が嘘のように、今はアイデアが尽きず、新商品の開発にも積極的だ。

「新潟の野菜を美味しく食べるというコンセプトで、素材にこだわったぬか漬けの素をつくりました。地元の野菜や果物を使ったジャムやご当地グミもつくりたいですね」

コト・ミチ人材育成スクールで、塾長の中川政七が説いていることのひとつは「頭でいくら考えても仕方ない。とにかくやってみることが大切」。老舗の伝統、生産者との信頼関係を強みにした野島食品の挑戦は、まだ始まったばかりだ。

野島謙輔さん、優輔さん
野島食品 社員のみなさん
「八百屋 半吾兵衛」の「八百屋のドレッシング」

<取材協力>
野島食品
新潟県三条市興野1-2-46
http://hangobei.jp/

文:川内イオ
写真:菅井俊之

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