「TSBBQ ホットサンドメーカー」年間1万個を売り上げる大ヒット商品はいかにして生まれたか?

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漁具の金物卸商からのスタート

三条市の山谷産業は、大ヒット商品を持っている。2013年、カラフルなキャンプ用テントのペグ(杭)を企画・製造して自社のオンラインショップで販売。1本300円からするペグが文字通り飛ぶように売れて、一般販売だけで累計で180万本を出荷した。

山谷産業のペグ エリッゼステーク・エリッゼステークアルティメット

その歴史を振り返って見れば、1979年創業の同社は、もともと漁具の金物卸商だった。

初代社長は全国を渡り歩いて漁港の組合員さんに漁具を売り歩いていたが、ある時、妻が重い病気にかかってしまい、長期の出張に行けなくなってしまった。そこで、初代が「なんとかしなくては」と始めたのがオンラインショップだ。

しかも漁師の数が減り、卸売事業は売り上げが落ちていた。そこで初代がオンライン部門へのシフトチェンジを図り、2002年に自社オンラインショップ「村の鍛冶屋」を立ち上げ。とはいえノウハウはなく、最初は「ヤフーオークション」に出品するところから始まった。

その後、ヤフーショッピング、楽天市場、アマゾンと順次出店していくなかで、売り上げがどんどん伸びていった。

そこで人手が足りなくなり、「戻ってきて、手伝ってほしい」と呼び戻されたのが、東京で別の仕事に就いていた長男の山谷武範さん。

山谷産業 代表取締役社長 山谷武範さん
山谷産業 代表取締役社長 山谷武範さん

「村の鍛冶屋では、燕三条でつくられた製品を、伝統的な工芸品や鍛冶職人の刃物などを中心に仕入れて売るようになりました」

ヤフー、楽天、アマゾンと自社サイトで売り上げは伸び続け、それに伴って掲載する品数もどんどん増えていった。今では2万超の商品を取り扱っている。

山谷産業の製品

ヒット商品を出した後の危機感

2012年に跡を継いだ山谷さんは、先述したように翌年、同社初のプライベートブランドとしてペグを投入した。しかし、「満を持して」とか「悲願の」というわけではなかった。

「弟の専務が商品開発を行なっているんですが、たまたまアウトドア好きで、プライベートで使っていた他社製品の使い勝手が良くないということで作ってみたんです。ペグって黒いものが多いんですが、なくなりやすいのでわかりやすいように色を付けました」

山谷産業のペグ

これが、プレスリリースどころか広告も出していないにもかかわらず、3カ月で1万本を売るヒット商品になって、山谷さんは驚いたという。

ペグは消耗品なので、一度、色付きを買った人はまた同じものを買いにくる。気づけば同社の主力商品になり、「山谷産業」と検索すればペグがトップに出てくるほどだった。ペグを求めてサイトを訪れる人が大半なので、アウトドア用品の販売も始め、ペグを打つペグハンマーなども開発した。

2013年、山谷産業の売り上げは3億円程度だったが、2015年には4.6億円と右肩上がり。しかし、山谷さんは危機感を抱いていた。

山谷産業 代表取締役社長 山谷武範さん

「もともとアウトドアメーカーでもないのに、たまたまペグが売れたからアウトドアの商品を作っているという状態で、当時は特に戦略がなかったんです。でも、一般的なメーカーさんは作った商品をいろいろなお店に卸すのに、私たちはどこにどうやって卸すのかも知らなかった。

確かにネットに載せているだけで売れていくのですが、メーカーとしてひと通りの流れを知っておかないと、今後どこかで痛い目をみるだろうと思っていました」

「これからどうしようか」と思っていたところに、三条市から「コト・ミチ人材育成スクール 第1期」開校の知らせが届き、すぐに受講を決めた。

これまでなんとなく進めていた商品開発やブランディング、商品の販売に至るまで一気通貫で学べること、地元のデザイナーやアートディレクターと知り合うきっかけになるということが背中を押した。

敏腕デザイナーとの出会い

講義は全6回。1回目「会社を診断する」、2回目「ブランドを作る(1)」、3回目「ブランドを作る(2)」、4回目「商品を作る」、5回目「コミュニケーションを考える」、6回目「成果発表会」と続く。

実際に地元企業の参加者とクリエイティブディレクター、デザイナーがタッグを組んで新商品、新サービスを開発し、最終日にプレゼンするという流れだ。毎回、宿題もたくさん出るが、山谷さんにとって、半年間の授業は思いのほか楽しかったという。

「自社の弱点や特徴を書きだしたうえで、それをどうしていくかという授業だったので、自分の会社や事業に当てはめて考えられてすごく面白かったですね。

今まで自分の中でモヤモヤしていたことが言葉になって具現化されていって、こういうことをやればいいのか、などなるほどと思うことが多くて」

山谷さんが考えた強みは「この地域(燕三条)に会社があること」。ものづくりに特化した地域だから、作りたいものがあればだいたい作ることができる。弱みは「ネット以外の販売手段がないこと」。そこを出発点に授業のなかで新商品を考案していった。

強力なサポート役となったのが、同じく講座を受講していた「フレーム」のアートディレクター、石川竜太さんだ。三条市出身で、新潟に拠点を置きながらキリンビバレッジ「生茶」、ロッテ「紗々」など大手企業のデザインワークも手掛けており、受賞歴も多い。

「講座のなかでふたり組になってプレゼンをする機会があったのですが、たまたま石川さんから声をかけてくださって。2回打ち合わせをして、『最初のブランドコンセプトを作るまで』を完成させました。

それまで、デザイナーと言えばチラシを頼むぐらいだったんですが、石川さんと話をすると、いろいろ腑に落ちるんですよ。力がある人と一緒に組むとこんなに楽なんだなと思いましたね」

お客さんのDMから生まれた商品

コトミチの授業、石川さんとの出会いを経て山谷さんが新たに立ち上げたのが新ブランド「TSBBQ」。2つの意味合いがあり、『Tsubame Sanjo BBQ』の頭文字と、かっこよくBBQやろう!という意味の『Try Stylish BBQ』からとったものだ。

TSBBQのロゴ

2017年5月には、最初の商品として、塊肉を刺してくるくる回しながら焼いてローストビーフをつくるローストスタンドをリリースした。シュラスコ、バウムクーヘンも焼けるとはいえ、実際に所有している人はレアなローストスタンドは、なぜ生まれたのだろうか?

「たまたま、村の鍛冶屋のお客さんからTwitterで『肉をぐるぐる回して焼くものが欲しいけど、日本で買うには高いから村の鍛冶屋さんで安く作ってもらえませんか?』とDMが送られてきたんです(笑)。それは面白いと思って石川さんに話したら、2時間ぐらいでブランドロゴを作ってくれました」

TSBBQ ローストスタンド

さらに、山谷さんはコトミチの1期生のプロダクトデザイナー、高橋悠さんに「こういう商品を作りたいので、デザインを考えてもらえないですか?」と相談。高橋さんの快諾を得て、商品作りがスタートした。

山谷さんの役割は、高橋さんがデザインしたプロダクトをどう具現化するか。そこは、村の鍛冶屋で培った地元企業とのつながりを活かし、最終的に地元企業4社の協力を経てローストスタンドは完成した。

販売開始にあたっては、石川さんがホームページやプレスリリースもデザイン。プレスリリースを出すことで、雑誌、新聞、テレビなどから注目を集めた。これは、山谷さんにとって驚くべきことだった。

「ペグのようにヒット商品としてメディアに載ることはありました。でも、この時は商品を出したばかりで売れる前のタイミングです。それでも面白いことを考えて発表すればメディアに取り上げてもらえるんだと知りました。露出が増えたことで、ほかの商品の売り上げも伸びましたね」

山谷産業 代表取締役社長 山谷武範さん

ペグに次ぐヒット商品の誕生

この勢いに乗って、半年後の12月には「TSBBQ」シリーズの第2弾をリリース。「ドリッパースタンド」、「ホーローマグ」、「ホットサンドメーカー」の3商品を投入した。

すると、リリース直後からホットサンドメーカーがさまざまなメディアに掲載され、どんどん売れ始めた。その勢いはすさまじく、1年間で1万1千個を超えた。ペグに次ぐ大ヒット商品の誕生だ。

2017年10月期のオンラインショップ売上高は5億8000万円で過去最高を記録したが、18年10月期は7億円弱に達した。人気が衰えないペグに次いで、ホットサンドメーカーも売り上げ増に大きく貢献した。

TSBBQ ホットサンドメーカー

ホットサンドメーカーは他社製品もあるが、「TSBBQ」の商品の特徴は焼き上がるとパンの表面に「TSBBQ」の燕のロゴと「Try Stylish BBQ」という焦げ目がつくところ。

ユーザーがこれをSNSにアップするたびに、ブランドロゴとメッセージが広まる。その宣伝効果は計り知れない。これも、アートディレクターを務めた石川さんの手腕だろう。

山谷さんは同時進行で、2017年10月、「燕三条 工場の祭典」開催に合わせて実店舗「村の鍛冶屋SHOP」をオープンさせた。

村の鍛冶屋SHOP 店内

これは「燕三条 工場の祭典」を監修しているmethodの山田遊さんに商品セレクトや店舗デザインの全体監修を依頼。ブランドの世界観を伝え、お客さんと直接コミュニケーションできる場を作ることで、山谷さんが弱みとして挙げていた「ネット以外の販売手段がないこと」からも脱却した。

山谷さんはコトミチで得た縁と知識をフル活用している。

2018年8月には、コトミチを受講していたプリンス工業の神子島未紗子さん、2期生でアートディレクターの「NISHIMURA DESIGN」の西村隆行さん、同じく1期生のライター丸山智子さんと組み、コトミチの手法を使って、60年前からある商品「Z缶切り」のリブランディングも始めた。

Z缶切り

形状はそのままに、従来2色だったZ缶切りを5色(赤・桜・黄・青・白)に広げたもので、これは「第29回 ニイガタIDSデザインコンペティション」で、大賞、準大賞に次ぐIDS賞を受賞している。

山谷産業

山谷さんは最初、コトミチの15万円という受講料を見た時に「高い」と感じたそうだが、今はこう言っている。

「コトミチでの出会いは本当に大きかったですね。15万円は本当に安いと思います」

山谷産業 代表取締役社長 山谷武範さん

<取材協力>
株式会社 山谷産業
代表取締役社長 山谷武範さん

山谷産業HP http://www.yamac.co.jp/
村の鍛冶屋 http://www.muranokajiya.jp/

TSBBQ ホーローマグ

文:川内イオ
写真:菅井俊之

*こちらは、2019年3月11日公開の記事を再編集して掲載しました。ビジネスの視点から見る、大ヒット商品の裏側にある偶然と戦略はとても興味深いです!

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